シューマンの献呈〜泣いてしまうラブソング〜
シューマンの歌曲集ミルテの花の1曲目である献呈を久しぶりに聴いて泣いてしまったので、この曲の泣いてしまうポイントを分析的に見ていこうというお話です
作曲背景
シューマンがピアニストとしても名高いクララと結婚する年に送ったミルテの花という曲集の第1曲目です
クララの父が交際に大反対で最終的に裁判さえも乗り越えての結婚ということでかなり強い想いがあったでしょう この曲集は26曲からなります
結婚する時に26曲のラブソングを送るという重さはちょっと面白いですね
献呈というとビジネスライクな響きがしますが、あなたに捧げる、ぐらいの意味で考えた方が多分イメージに近いです
ちなみに作詞はシューマン本人によるものではなく、他の詩人によるものを使っています
シューマンとほぼ同世代の大ピアニストにして作曲家のフランツ・リストによるピアノ編曲が有名で、ピアノを弾く人界隈では結婚式などでよく演奏されるのでそちらのイメージが強い方も多いかと思います
リスト編はカッコいい曲で原曲はカッコ悪いけど愛を隠しきれない男の曲という感じで、結構印象は違います
音源と歌詞
参考資料としてリンクを貼っておきます
2分ぐらいの短い曲です
分析
調はAs-durで3/2拍子
形式としてはA-B-A'といった感じの三部形式になります
まずは出だしから見ていきましょう
前奏は少しぎこちないリズムから始まり、なんと1小節しかありません
かなり食い気味で始まるのがまずすごくないですか
大切な人に贈る曲集の一番最初なんて普通はもっとカッコつけてもっとしっとりとした感じにしてしまうと思うのですが、それよりも溢れ出る想いを優先するところがまず最初に惹き込まれるポイントですね
さらにこの最初のメロディーですが、拍子に綺麗に収まっていなくて、1回目のdu meineが1拍目にあるのに対して2回目以降は3拍目に入っていて、次の小節で長い伸ばしが入るなどの流れがある
という風に均質な美しさよりも揺らぎが大きい、感情寄りの雰囲気です
歌詞と音楽の関係性もとても面白い出だしとなっていて
あなたは私の〇〇
という詩が続き
Wonn(歓び)の箇所では跳躍して高い音に行き、和声としてはIVで広がりのある展開なのですが
次にSchmerz(苦しみ)とくるとメロディーは順次進行で下がっていった先にあり、さらに伴奏を見るとFに♭が付いています
これはII7と取れますが、固有和音(ダイアトニックコード)ではなく、準固有和音と言われる短調から借りてきた暗い和音の響きになっています
続く箇所の分析は最後のA'と比較した方が面白いので今は細かくは触れませんが
du meine Grab(あなたはわたしの墓場)のGrabの部分で機能は違えどまた順次下降からの短調の響きで、音も先ほどと同じB♭となっているポイントにだけは触れておきます
高い音から順次下降してB♭にたどり着く時に暗い歌詞と暗い和音が当てられるというのは実は重要な伏線になっていますのでまた後ほど
ここでAが終わりBの部分、つまり曲の中間部に移ります
まず大きな転調がありAs-durからE-durに飛びます
調としては結構遠い関係への強めの転調です
ただ主旋律で共通音となっているA♭とG♯は実用上同じ音でかつ、Aパート終了時のメロディーとしては最も自然な音(Iの根音)であり、Bパートの開始音(Iの3rd音)としても最も自然な音のひとつなのでそこが軸となっていてそこまで気持ち悪いタイプの転調ではない仕上がりになっています
Bの前半部ですが
主旋律のリズム形としてもAの不均質なものからかなり落ち着いたものになっていて
伴奏も分散和音+主旋律のユニゾンだったAから和音+対旋律的なもの
とわかりやすく対比されて作られています
Bの後半では主旋律がAの後半部分のモチーフで構成されたものに入れかわり、まず第一段階Aに近づきます
次の段階としてC#をD♭に異名同音読み替えするという主旋律を軸にする方法でAs-durのドミナントに転調して戻ります
ここからの展開が一番泣けるポイントです
まず和音としてドッペルドミナント(Vに対するセカンダリードミナント)であるB♭7の響きが初めて曲中で出てきます
ドッペルドミナントの響きは一般的に用いられる和音の中では最も明るい(あるいは前向き?)な雰囲気を持っているので、クラシック音楽のシンプルめの曲においては旋律が最も盛り上がる箇所に使用されることが多い和音です
ただしバスは保続音という所もポイントで、進行感よりもふわっと湧き上がる音響効果になっているます
次に歌詞ですが、この箇所あたりは詩において最も重要な部分である
Mein guter Geist, mein bess'res Ich!
それまでの歌詞はあなたはいい意味でも悪い意味でも私そのものなのですという内容でしたが、あなたは私を高みに連れていってくれる存在であり私以上に私であるという旨の展開を迎えるすごくいい箇所です
そして主旋律がどうなっているかなのですが
高音で盛り上げるといった手法ではなく、Aパートで繰り返し使われていた、暗い歌詞に対して順次下降でB♭に達する動きが伏線として今度は順次上行でB♭に登っていきIch!に達する(ここで主調のドミナントに解決する)という動きをしています
不器用な出だしや強い転調を経てふわっと戻ってきた流れを経てのこの部分は何度聴いても泣いてしまいます
A'に戻ってきて最初の部分は前半の繰り返しですが後半になると歌詞はBの後半の部分と同じものに差し代わり、曲も少し雰囲気が変わります
Aの後半がこちら
A'の後半がこちら
AではIV度の調に対する部分転調でしたがA'ではII度の調に変わっていて、より選択肢が多いふわっとしたIVからドミナントにいくことがほぼ確約されているIIでは雰囲気が変わるのでより後半感が出るのですが、この際に主旋律の最高音に関してはどちらかというと下がっているところがまたいじらしくて泣いてしまいます
また、これは定石通りですがA,A'共に完全終止となっています
ちょっと説明ておくと
ドミナントの動きはV7においての各声部の動きとして3rd音が半音上昇し、7th音が半音下降することでIに向かうと旋律的に解決感があるという所にあるのですがさらに完全終止はもう一段階強い要素を持っていて
完全終止のポイントはV-Iが基本形で連結されていてバスがこの曲の調でのE♭→A♭の動きをするというのが強烈な所で、曲やパートが終わった感がすごく出てしまうので曲中では展開形を基本的に用いるようになっています
Aにおいては主旋律は装飾的な跳躍はしていても、D♭からA♭への順次下降が核となっている、滑らかな旋律的な終止でしたがA'においてはバスと共に主旋律もE♭→A♭の強い進行で終わっているのが印象的です
曲の出だしはあれほどぎこちなかったのに、最後は自信を持って愛を伝えられる、この短い曲のストーリーが素敵です
後奏としてシューベルトのアヴェ・マリア
を引用して緩やかに終わります
シューベルトのアヴェマリアは二人にとっての思い出の曲だったみたいな話を見たことがある気がしますがどうなんでしょうね
まとめ
とても短い曲ですがラブソングとして泣いてしまうストーリーが詰め込まれていて素敵やんって思いました(語彙力)
クラシック音楽の作曲技法は長い曲を構築していくのに有用なものが多いのでそもそも長い曲をフルで聴かないと魅力を見つけにくい節がありますが、このようなシンプルな曲から大作曲家の作曲技法をみていくのはいい入り口なのかなとも思ったりしました
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