妊婦へのストレスが及ばす赤ちゃんへの意外な影響
妊娠中のお母さんがモーツァルトの曲を聞くとお腹の中の胎児の脳が活性化する、という話を耳にしたことがある方は少なくないのではないでしょうか。巷で「妊教」と呼ばれるこうした説は、まだまだ科学的には立証されてはいないものがほとんどです。とはいえ、産前の母体が及ぼす胎児への影響に関する研究は発達科学や脳科学の分野においてとても盛んに行われており、日々驚くような研究結果が発表されています。今回は妊娠中のお母さんへのストレスがお腹の赤ちゃんへ及ぼす、少し意外な影響に関する研究を紹介いたします。
キーテーマ
発達科学・胎児・出産・ストレス
結論
産前の母親へのストレスは、胎児が産まれた後の発達可塑性(かそせい)を高める。
*発達可塑性(developmental plasticity)とは?
環境に応じて変化する傾向。
発達可塑性の高い幼児は周囲の変化に敏感で、負の感情(恐怖・悲しみ・いらいら)を比較的強く示す傾向があると考えられている。
可塑性の高い子供が貧困・ネグレクト・虐待などの不適切な環境の中で育てられると、知能の発達や社会適合性に悪影響を及ぼす傾向が見られる。
一方、可塑性の高い子供がより適切な環境の中で育てられた場合、知能の発達や社会適合性が通常より高くなる傾向がみられる。
幼児を周囲の環境の様子を反射する鏡に例えると、発達可塑性はその鏡の解像度のようなものかもしれません。
より具体的に言うと、適切な子育てを行う前提の下では、発達可塑性が高い子供の方が成長しやすいと言えるのです。
実験デザイン
2000~2018年にかけて、上記の仮説を支持する実験結果が数多く発表されています。
例1:妊婦へのストレスが及ぼす胎児の発達可塑性への影響
複数の妊婦において妊娠期間中のストレスを測り続けた結果、産まれてきた幼児の発達可塑性と妊娠期間中のストレスの程度の間に正の相関性が見られた。
例2:発達可塑性が子供の成長に及ぼす影響
発達可塑性が高い幼児と低い幼児に言葉を学ぶための同じ教材を与えた時、発達可塑性の高い幼児の方が高い言語能力の発達が見られた。
一方、教材を与えなかった通常時の場合においては、発達可塑性の高い幼児に比べて低い幼児の方が高い言語能力の傾向を示した。
留意点
妊婦への過度なストレスは胎児の発達に悪影響を与えることも知られています。
必要以上に妊婦にストレスをかけることを推奨する研究ではありません。
ストレスの感じ方はそもそも個人の性格や精神的状況によって異なるため、妊娠中の適切な行動は人によって大きく異なります。
エビデンスレベル:複数の研究の総括
まとめ
妊娠期間中の適度なストレスは、子供の発達可塑性を高める。
発達可塑性の高い子供は、適切な育児が行われる環境の下では、高い成長性を示す。
編集後記
「妊婦へのストレス=絶対悪」というイメージを持っていた自分にとっては、衝撃的な研究内容でした。とはいえ、妊娠中のストレスが望ましいというものでは当然なく、①「適度」なストレスであること、そしてなにより、②子供が生まれた後に適切な子育てができるということが大前提となっているんですね。
とすると、「適度」なストレスとはどの程度のものなのか、という疑問がでてきますよね・・・この点は論文でも触れられておらず、難しいところです。あくまで筆者の感想ですが、「安泰にすることは大前提とするものの、ストレスの元を徹底的に排除することに神経質になるぐらいであれば、多少のイレギュラーは受け入れる心構えでいる」ぐらいがちょうどいいのではないのかな、と思いました。リスクをゼロにすることは不可能ですし、ゼロにしようとする行為自体がストレスにつながりかねません。周囲がサポートしながら、お母さんとお腹の赤ちゃんがある程度流れに身を委ねることができるような環境を整えることが大切なのかもしれませんね。
文責:山根 寛
Hartman, S., & Belsky, J. (2018). Prenatal stress and enhanced developmental plasticity. Journal of Neural Transmission (Vienna, Austria: 1996), 125(12), 1759–1779. https://doi.org/10.1007/s00702-018-1926-9
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