グロースマインドセット理論を取り巻く批判と議論
以前スゴ論でも紹介したグロースマインドセット理論（Growth Mindset、成長思考）は、「自分の能力は変えることができる」「知能は不変のものではない」と信じているかどうかがその人の行動やモチベーションに対して大きな影響を与えるとしています。この理論はその親しみやすさとわかりやすさも相まって、現在教育やビジネスの中でも応用が積極的に進められています。現場での活用とともに、グロースマインドセットの効果を検証する数多くの実証実験も進められていますが、一方で専門家の間では近年この理論に関する証拠が不十分であるという意見が強まっています。生徒にグロースマインドセットを持たせるための指導は本当に学力向上につながるのでしょうか？2023年に発表された、最新の研究総括を紹介します。
結論
現在発表されているグロースマインドセットに関する実証実験の多くは、実験デザインに不十分な点が見られる。
実験デザインに問題点が比較的少ない研究の結果を総括すると、グロースマインドセットが生徒の学力向上につながるという仮説を実証する有意な証拠は得られない。
研究手法
過去に行われた、グロースマインドセットに関する研究（N=5104）のうち、実験デザインに関する一定の基準を満たす実証実験を含む研究（N=63）に関して結果の総括（メタアナリシス）が行われた。
既存の研究の課題
筆者らは既存のグロースマインドセットの研究には、以下を含む課題や問題点が散見されると指摘します。
これらの研究の中で検証されているグロースマインドセットが生徒の学力向上にもたらす直接的な効果に関して、統計的に有意なものが少ない。また、統計的に有意な場合でも効果の程度が小さいケースが多い。
研究内で使われている、「グロースマインドセットを伸ばすための指導や声掛け」がそもそも本当に生徒のグロースマインドセットを伸ばすことができるか充分立証されていない。加えて、これらの研究の中でこうした指導や声掛けを行った後、実際に生徒のグロースマインドセットが伸びているか確認を行った研究が少ない。
「グロースマインドセットを伸ばすための指導や声掛け」がグロースマインドセットを伸ばす以外の効果をもたらしている可能性がある。特に、研究で使われているこうした指導は「能力や知能は変動しうるものである」というグロースマインドセット本来の内容を超えて、「なので努力するべきだ」等の付随したメッセージが含まれていることが多い。そのため、研究の結果がグロースマインドセットの影響によるものなのか確定することが困難である。
これらの研究を行っている研究者は多くの場合グロースマインドセットに携わる商品や有料講演を行っており、バイアスがかかっている可能性が否定できない。
メタアナリシスの結果
筆者らは上記の課題点等を元に、科学的に見て問題点が比較的少ないグロースマインドセットに関する研究を選出し、メタアナリシスを試みた。
その結果、グロースマインドセットが生徒の学力を向上させるという仮説に対して、充分な証拠は認められないという結果に至った。
この結果は選出の基準を緩めた場合（問題点を多く含む研究を含める）でも、変わらなかった。
エビデンスレベル：メタアナリシス
編集後記
実社会の教育業界でも応用が進んでいるグロースマインドセットの効果が認められないというのは、なかなか衝撃の結果ではないでしょうか。「考え方を変えるだけで学力向上につながる」というグロースマインドセット理論はもし事実だとすると非常に魅力的ではありますが、その魅力に魅了されるあまり活用を先走ってしまうことには注意しなければいけません。
文責：山根 寛
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過去記事のまとめはこちら
Macnamara, B. N., & Burgoyne, A. P. (2023). Do growth mindset interventions impact students’ academic achievement? A systematic review and meta-analysis with recommendations for best practices. Psychological Bulletin, 149(3-4), 133–173. https://doi.org/10.1037/bul0000352