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いじめと共感力の関係性

いじめは地域・世代を問わず、世界中で見られる深刻な問題です。いじめが良くないということに議論の余地はありませんが、いじめの原因は何か、いじめを防ぐためにはどのような措置が効果的なのか、という問いは簡単に答えられるものではありません。家庭環境や学校内での対人関係等、様々な要因が考えられる中で、心理学者の間ではいじめる側・いじめられる側の「社会性」と「情動性」がこれまで注目を集めてきました。相手に共感したり、気持ちを察する力を指す社会性と情動性。今回はこれらの概念といじめの傾向との関係性についての近年の研究結果を総括(メタ・アナリシス)した論文を今回は紹介します。

結論

①いじめる傾向と社会性・情動性の間には弱い負の関係性が見られる(統計的に有意)。
②いじめから他人を守る傾向と社会性・情動性の間には弱い正の関係性が見られる(統計的に有意)。
③いじめられる傾向と社会性・情動性の間には有意な関係性は見られない。
④特に①の「いじめる傾向と社会性・情動性の間に見られる負の関係性」は、他分野の研究でこれまで調べられてきたいじめに関する重要な因子(家庭環境・学校環境など)と同等の大きさの関係性が見られた。
⑤社会性・情動性を細分化して分析すると、いじめっ子は必ずしも他者の視点を想像することができないわけではないが、共感力が比較的低い傾向が見られる。

前提①:いじめという現象における役割

この研究の特徴として、いじめという現象が起きた時にその周囲の人が取りうる役割を細分化して取り扱っていることが挙げられます。具体的に言うと、以下7つの役割が挙げられています。
①いじめっ子(the bully):いじめを引き起こす当事者。いじめを自ら先導して行う者。
②いじめ補佐(the assistant):自らいじめを先導はしないが、いじめっ子と一緒にいじめを行う者。
③助長者(the reinforcer):自らいじめの行為に関わりはしないものの、笑ったりはやし立てるなどしていじめを助長する者。
④被害者(the victim):いじめで狙われる者。
⑤守護者(the defender):いじめを止めようとしたり、被害者を慰めようとする者。
⑥被害者兼いじめっ子(the bully-victim):いじめの被害者である一方で、状況によってはいじめに加勢することもある者。
⑦傍観者(the outsider):いじめについて認知はしているものの、関わらないようにする者。

研究ではこの7つの役割を挙げた上で、それぞれの役割と社会性・情動性の関係性に関して考察しています。

前提②:社会性・情動性とは?

社会性・情動性(social-emotional intelligence)は日常会話ではあまり耳にしない言葉ですよね。ソーシャルエモーショナルラーニング(Social Emotional Learning, SEL)が近年教育業界において注目を集めていますが、SELが育もうとする力の根幹がこの社会性・情動性です。社会性・情動性にはメタ認知能力や自己管理能力、社会認識力等、様々な要素が関わってくるため明確に定義付けることは難しいのですが、平たく言うと「社会の一員として他者と共存・協調していくための力」と考えて良いでしょう。

この研究では社会性・情動性の中に含まれる要素の中でも、特に「相手の気持ちを察する力」について考察しています。具体的には、以下2つの要素を挙げています。
①共感力(empathy):他者の感情を適切に判断し、適切に反応する事ができること。他者の感情を察することができること。
②心の理論(theory of mind、ToM):相手の心の状態(目的・意図・疑念等)を適切に推し量ることができること。
*厳密にいうと、論文の中ではこれらの要素をそれぞれさらに細分化して考察しているのですが、今回は簡略化してお伝えしています。

補足:共感力と心の理論の違いとは?

(この部分は筆者の解釈です)
共感力と心の理論はどう違うのでしょうか?定義を読む限り、大きく以下の二つの点が異なるようです。
①共感力は他者の「感情」を察する力を指しているのに対し、心の理論は「目的・意図」等、幅広い心理状態を察する力を指している。
②心の理論は相手の心理状態を推測する力のみを指しているが、共感力は相手の感情を察したうえで、「適切に反応する」力を含んでいる。

特に②の点については考察の余地があります。例えば、友達のペットが死んでしまい、友達が泣いているところに立ち会っているとしましょう。ここで、友達が悲しんでいる様子を見て自分も心が痛み、慰めてあげたり寄り添ってあげるのが共感力です。一方、「友達が泣いている。泣いているということは何か悲しんでいるということだ。何か悪いことでも起きたのだろう」、等と考察することができることが心の理論になります。

必要以上に理屈っぽいようにも感じますが、「いじめ」というテーマについて考えるうえでこの二つの要素を分けて考えることは欠かせません。なぜかというと、(結果から先に述べることになりますが)、いじめっ子は共感力は比較的低いものの、心の理論が低いとは限らないからです。いじめっ子は相手が嫌がると思うようなことをする、嫌がる様子を見ても心が痛まないという意味で共感力が低いと言えます。が、いじめっ子がいじめている相手の心の中を推測ができないか(心の理論が低いか)、というと必ずしもそうとは言えません。相手が嫌がっていることを百も承知の上でいじめているケースもありますからね。むしろ、いじめっ子が相手が嫌がる事を的確に予測していじめを行っている場合にいたっては、心の理論が高いとも論ずることもできます。

研究内容

いじめとその関係者に関して、過去128件の研究結果を統計的手法に基づいて総括した(メタ・アナリシス)。

結果:
①いじめっ子・いじめ補佐と社会性・情動性の間には弱い負の関係性が見られた(統計的に有意)。
②守護者と社会性・情動性の間には弱い正の関係性が見られた(統計的に有意)。
③被害者・被害者件いじめっ子・傍観者と社会性・情動性の間には有意な関係性は見られない。
④特に①の「いじめる傾向と社会性・情動性の間に見られる負の関係性」は、他分野の研究でこれまで調べられてきたいじめに関する重要な因子(家庭環境・学校環境など)と同等の大きさの関係性が見られた。
⑤細分化して分析すると、いじめっ子と共感力の間には負の関係性が見られたが、心の理論とは関係性は見られなかった。

留意点

「いじめっ子と社会性・情動性の間には負の関係性が見られた」ものの、この関係性は因果関係を示すものではありません。「社会性・情動性が低い人ほど他人をいじめる傾向がある」可能性もありますし、一方で、「(特に発達段階において)いじめを行う人ほど社会性・情動性の発達に支障が出る」等の仮説も考えられます。

エビデンスレベル:メタアナリシス

編集後記

いじめというテーマについて、心理学的切り口から考察したとても面白い研究だと思いました。特に社会性・情動性の関係性が家庭環境や学校環境との関係性と同等の大きさという結論は非常に重要です。「社会性・情動性が高まる->いじめが減る」という因果関係はこの研究だけでは結論付けられないものの、いじめ対策の有効な一手としても、ソーシャルエモーショナルラーニング等の取り組みに期待が高まる内容だといえるでしょう。

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文責:山根 寛

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Imuta, Kana & Song, Sumin & Henry, Julie & Ruffman, Ted & Peterson, Candida & Slaughter, Virginia. (2022). A meta-analytic review on the social–emotional intelligence correlates of the six bullying roles: Bullies, followers, victims, bully-victims, defenders, and outsiders.. Psychological Bulletin. 148. 199-226. 10.1037/bul0000364.

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