機構オペレーターのお仕事
「Fly Cueの1 緞帳UPスタンバイ」「スタンバイ」「GO!!」
今回は僕が劇場管理の中で一番楽しいと感じ、こだわりを持ってやっている《機構オペレーターのお仕事》についてあれこれ書きたいと思います。
そもそも舞台の機構オペレーターとは
劇場にもともと設備としてある吊物機構(バトンや点吊りなど)や床機構(迫りや盆)などを操作する人、または仮設で組んだそれらの舞台機構を操作する人などを指すのですが、簡単に人の生き死に直結するくらい実は大事な仕事なのです。
物を吊ってあげたり、床を動かしたり
イメージでいうと工事現場などのクレーンの運転手が想像しやすいかもしれません。
機構オペレーターにはさらにそこにクリエイティブなことが求められてきます。
本番ではスピード、タイミングなど演出効果によって操作の使い分けが必要になってくるし、劇場の機構のスペックやくせを把握していないと、どういうことが可能なのか、演出家や舞台監督の意図に一番近い表現に辿りつきづらいからです。
そして仕込む際には吊物の重量、吊り方、バランスなど技術的・知識的にも見極める目が必須となります。
そのため基本的に劇場の備え付けの機構については、必ず劇場の舞台機構の専門の人が操作を行います。
乗込みスタッフだったり劇団・カンパニーの人間が操作卓に触ることはまずありません。
照明や音響はもちろんカンパニーのオペレーターがそれぞれオペレートしますが、機構オペレーターだけは舞台監督にCue(キュー)をもらいそのタイミングに応じて劇場の人間が機構オペレートを行います。
「稽古場からついている演出部の方とかはできないんですか」との質問を受けたことがありますが、できない理由としては劇場によってスペックや操作方法などが全く違い、どの劇場もほぼ特注の機構操作システムになっているからです。
本当に動かすだけならできたとしてもトラブルや様々なケースに対応できるのは機構操作を専門とするその劇場のプロフェッショナルだけになります。
機構オペレーターはその分台本も必ずもらいますし、舞台上で行われていることなどを把握し、作品やカンパニーに寄り添うことが自然と求められます。
ちなみに仮設の機構の場合だと、仮設した機構に精通する人がやることが多く、カンパニーの舞台監督や演出部、仮設した業者などが操作を行います。
冒頭で人の生き死に直結すると書きましたが、吊り物の事故が起きた際は簡単に大事故になってしまいます。
“カーテンコールで、緞帳が降りている下にキャストがまだ残っている”
“動くセットがあって、パネルが飛んだらセットが前に出てきて、パネルがまたすぐ降りるはずだったのに、途中でセットが止まってしまった”
“吊ってある幕が風で煽られて照明機材に引っかかったまま動いちゃって破ける”
など本番中はもちろん仕込み中にも危険なことがたくさんあります。
そういうことを想像しながら、こうなったらどう対応するなどのトラブルシューティング含め本番を行なっています。
さてここまで機構オペレートの概要的なことツラツラと書きましたが
実際にどんな感じなのか?
世田谷パブリックシアターの機構システムは中々優秀じゃないかと思います。
(もちろんもっと良い機構システムが他の劇場にはあったりします)
実際に本番中にいる機構操作ブースはこんな感じです。
世田谷パブリックシアターでは下手袖中の上部(2階客席部分)に機構卓があり、
最前列上手部分の客席に座ったお客様は外側が見れることがありますw
何か宇宙船のコックピットみたいで格好良くないですか。
僕もこいつに出会った時は映画の世界に入り込んだみたいで、
自分がこれを操作できるんだ〜と興奮したのを覚えてます。
ここが本番中に機構を動かしている場所です。
どういうものがあるかというと。。。
・機構のメイン卓&メイン卓モニター2台
・機構のマニュアル操作卓(KAYABA製オペラリウス)
・有線インカム(2回線分:全体/照明)
・赤外線スイッチ&暗視モニタ
・正面カラーメインモニタ(ズーム、フォーカス、レンズシフト可)
・下手袖前側エリアモニタ(主に緞帳や暗転幕ライン)
・選択式モニタ(客席/搬入口/下手袖奥側からのバックステージ/ロビー)
・周知用のガナリ(マイクのことです)&カフ(ON/OFFする為のものです)
・ストップウォッチ(セイコーSVAX001 サウンドプロデューサー)
・作業用のMacBook Air (個人PC)
があります。こんな具合です。
ではこれらを使ってどう操作しているか。
本番ではCue(キュー)をシステムに組んで操作をしています。
どういうことかというと、動く順番で吊りものをあらかじめCueに登録しておき、Cue操作で登録していた機構を動かすことができるということです。
Cue1つにつき、1回分の機構の演出と思っていただけると分かりやすいかと思います。
劇場によっては毎回バトンを選択し、バトンごとに動かしたりしているのですが、Cueに登録しておけば、1つのボタンで何本も動かすことが可能になり、本番は順番に押していけば良いだけになり、バトンの選択間違いなどのヒューマンエラーもなくなります。
Cueには“どのバトンが、どのくらいのスピードで、どこまで動くか”を設定します。バトン2本で吊ってある吊物であれば、2本のバトンを1つのCueに登録しておきます。
また前から順番に動かしたいという演出の場合は、Cueをバトン1本につき1つずつ割り当て、その都度ボタンを押すこともあれば、ディレイ(DT)という機能を使って、GOボタンを押してから何秒あとにそのバトンが動き出すということも設定可能です。
このCueと言うのは、バトンに吊ってあるものが公演ごとに違うので、もちろん毎公演打ち込み、登録しなおします。
それらを確認し、場当たり稽古などでスムーズかつ安全に修正、操作していくのが機構オペレーターの腕の見せ所になります。
まず舞台監督と打合せしたCueを仮打ちしておきます。
仕込み中にやらなければならないので、
正確に、そして速く打ち込むというのが求められます。
打ち込み終わったものは、テクニカルランスルーなどスタッフだけのチェックの時間に見せて確認できることもあれば、役者の動きに絡んでいる場合など、舞台稽古でぶっつけでしか確認できないこともあります。
この“舞台稽古に合わせて修正する”“稽古で何回もその場面を返す”というのがとても頭を使い、精神的にも大変な作業になります。
動く機構が緞帳だけなどの単発の場合ならまだ良いのですが、
すごくたくさんのCueがあり、バトンがいっぺんに動き、かつ高さも速さも色々種類がある場合、どの場面でどの状態というのを把握しておかなければなりません。
それに加え、稽古中はやり直すことが多いため、セットバックする時に出演者やセットなど周りも普段とは違う動きをしたり、同じく戻ろうとしているので、それらも確認しつつ動かす必要があります。
どのように対処しているかというと、仕込み中に見た状況を頭の中で覚えておき、3Dで思い浮かべ、モニターとあわせて把握し、どういう状況になると危ないかを想像し、マイクと生声とインカムとを使い分けて注意換気しながら舞台稽古に取り組んでいます。
また打込み直しの作業では、演出家が言っていることを一緒にエアモニターで聞いたりして舞台監督からオーダーが入る前に可能性を先読みして、もしこう言われたらこうしようと考えながらやっています。
総じて先読みと情報収集、そしてそれを元にどれだけ可能性を考えられるか、
また仕込み中に不安要素や危険要素をどれだけ取り除けるかも大事です。
あとは機構コーディネート。
。。。というと大げさかもしれませんが
例えば機構関係の打合せで、
「幕がピューっんと飛んでいきたいんです」とか
「ス〜〜ッて感じで降りてきたいです」「こいつは焦らす感じで」とかw
僕らはそれを聞き、こんな感じですか?みたいなイメージで仮打ちしておきます。
音合わせで秒数とかリズムが決まってたり、セリフ終わりで決まりとかなら
ある程度最初の打込みは舞台監督さんからも何秒というオーダーを頂くことが多いので問題はないのですが、打合せをして「こんな感じでお任せしても良いですか」ということも多々あったりします。
舞台監督さんの嗜好や演出家の雰囲気、スタッフワークの事情など加味して打ち込むのですが、それでうまくいく時はとても嬉しく、機構オペレーター冥利に尽きます。
そうやって信頼を積み重ねていくと、名だたる舞台監督さんにも信頼され、
お任せしていただけることも多くなっていき、やりがいがより強くなっていきます。
きっと本当は良くないのですが、そこは楽しんでやらさせてもらっています。
なのでその分機構を動かす時の集中っぷりは凄いなーと自分でも思います。
色んな経験を積ませてもらったおかげで、もう機構を動かす時には絶対に危ないからと、身体に染み付いてるんですねそういう集中力が。
仕事としてはもちちろんですが、機構操作できることは何より楽しい。
ミスしないことは当たり前でそこからどうやって機構オペレーターとしての自分の価値を見出すか。
こだわりをもって常にやっていますが、中々職人的にマニアックです。
ただその分、「言われた時にただボタンを押す人でしょ」と言われると
悲しいし悔しい気持ちになります。
話は少し逸れましたが、
GOボタンを押す瞬間はまた違った緊張感があります。
GOボタンというのがCueを実行するためのボタンです。
これは勝手にぼくらがGOボタンと呼称しています。
舞台監督とはインカムでCueのやりとりをするのですが、舞台監督のインカムの癖や、声を発する前の息遣いを感じるのも大事だし、照明や音響へのCue出しなど他セクション含めのインカムでのトークって劇場サイドとしては1番気を遣うポイントです。
不思議なことですが舞台稽古できっかけも把握してても、舞台監督から必ずCueをもらいます。
こちらで勝手にボタンを押すことはほぼありません。ほぼね。
普段あるCueがない場合(たまにあるんですこれが)
あれ?と思ったり、怪しい雰囲気を感じたら必ずすぐに聞きます。
何かトラブルがあったのか、それとも自分たちの知らないところでタイミングが変更になっているのかとか、 それとも単純にミスなのか。
どちらもあるから怖いんです。
やはり演出においても、裏周りの安全確認においても最終責任者は舞台監督が負うことが多いです。
余談ですが
舞台監督がGOと言う前の息を吸う瞬間の音が聞こえることがあります。
何言ってんだ?と思うかもしれませんが、僕はあるんです。
監督が「GO」って行った瞬間にぴったしGOボタンを押している瞬間が。
そういう瞬間が。
こういう瞬間が
ちはやふる3巻 116ページ付近参照(これはすぐに消すかもです)
これを読んだ時に震えました。そして勝手に親近感を覚えました。
俺と同じ人がいる!!って
だからこそ機構オペレーターでついている時は
劇場内にいる誰よりも冷静であろうと日々心掛けています。
一番冷静であるべきのは舞台監督と言われていますが、
どんな時もいつも通り淡々と返答を行い、淡々とボタンを押し、
舞台監督さんよりも冷静で、舞台監督さんが何かあった時に、日常に戻れるように日々ローテンションを逆に意識しています。
声のトーンとかも含めて。
そしてここまで色々書きましたが、
劇場機構オペレーターには資格みたいなものが全くありません。
劇場の機構に配属されたら誰でもできます。
僕も実際に現場で先輩から教わりました。
僕は楽しすぎてすぐに色々覚えて、これやってみたいとか、こうなるとどうなるんだろうといじらせてもらって、現場にも数多く出させてもらったし、色々失敗もさせてもらいました。
ちなみにこれがパブリックシアターのバトン一覧です(ホームページからDL可能)
これをみると分かるように世田谷パブリックシアターのバトンは最大荷重1t(1000kg)まで吊ることができます。スピードも可変速対応で速いのから遅いのまで自由に決められます。そしてパブリックシアターだけでも機構のスペックがバラバラなのが良くわかるかと思います。
だから癖とかスペックとかをきちんと把握することが大事なのです。
劇場法とともに資格ができるっていう噂は聞いたことがあるのですが、
きっと資格ではないんだと思います。
結局はシステムと個人の向き合い方。
ただ裏打ちできる知識は必要なので、似たような資格は取りに行きました。
・床上操作式クレーン運転技能講習・玉掛け技能講習
この2つは機構を動かす上で、持っておいても損はない資格かと思います。
きちんとガイドラインがあり、重心点の見極め方や吊り具の選定の仕方など数値がきちんと出てるし、舞台でも困った時や迷った時の指針になったりします。
ちなみにジャニーズのコンサートやピーターパンなどの演出で有名なフライングというものがありますが、それにはまた別でフライング専門のチームがいます。昔舞浜にあったシルク・ド・ソレイユの専属劇場ZEDのバックステージを見学させてもらった時、あそこは機構にフライングを絡めてかなり凄い操作もしていたのですが、その時のオペレーターチームの意識の高さに感動した覚えがあります。
バトンで人がフライングなどする場合、簡単そうに見えますが、機構オペレーターとフライングマンと綿密な打ち合わせをし、呼吸をあわせないとできない、とてつもないことなのです。
そして精神的にもプレッシャーとかも半端ではありません。打ち勝つ精神力の凄いことたるや!
これからもっと技術が発達して、色々な機能や凄いことができるのでしょうが、操作する人もそれに伴って、意識や楽しみを上げていけると良いなと思っています。
凄い機構オペレータって中々出会えないんですよ。
だって劇場にしかいなくて、劇場ごとに全然違っていて。
そしてパッと見はボタン押すだけだから。噂も聞けない。
だからツアーにいくと楽しいです。
ほかの劇場の機構オペが知れるから。
行った先の機構卓の写真いっぱい持ってますw
マニュアル操作卓のこととか、モニターの見方とかインカムのテクニックとか他にもマニアックなことはありますが、
ひとまず機構オペレーターの(主に本番でのかな?)お仕事についてでした。
もしこれが他の劇場の機構オペレーターの方に万が一届いたら、意見などいただければ嬉しいです。
※ちなみにGOボタンは中指派です。
※世田谷パブリックシアターのバトンは重量を測ることはできません
※ちはやふるは好きです
※バックステージツアーでは機構卓の説明もあったりしますので、その際は是非見てやってください。