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良き思い出は、結果よりその時の頑張り。

【今週の自戒】
良き思い出は、結果よりその時の頑張り。

結果成績が良かったこと
どこかで表彰されたこと
順位が良かった、得点が良かった
もうほとんど覚えていないことに気づく

思い出は、
誰と頑張ったか
その時、関わった人
どんな状況だったか
どう乗り越えたか
修羅場、土壇場、正念場
その経験が生きてくる。
最初から完璧な人なんかいないはず。

ある士業の方から
社員に完璧を求める社長の話を聞いた。
自分を完全に棚に上げて、、、
その時にちょうど、心を打っていた
「ひび割れ壺の話」何か、その社長に
見て欲しいもんだと感じていました。

インドの寓話「ひび割れ壺の話」

インドのある水汲み人足(人夫)は2つの壺を持っていました。天秤棒の端にそれぞれの壺をさげ、首の後ろで天秤棒を左右にかけて、彼は水を運びます。

その壺の一つにはひびが入っています。もう一つの完璧な壺が、小川からご主人様の家まで一滴の水もこぼさないのに、ひび割れ壺は人足が水をいっぱいに入れてくれても、ご主人様の家に着くころには半分になっているのです。

完璧な壺は、いつも自分を誇りに思っていました。なぜなら、彼がつくられたその本来の目的をいつも達成することができたから。ひび割れ壺はいつも自分を恥じていました。なぜなら、彼がつくれたその本来の目的を、彼は半分しか達成することができなかったから。

2年が過ぎ、すっかり惨めになっていたひび割れ壺は、ある日、川のほとりで水汲み人足に話しかけました。
「私は自分が恥ずかしい。そして、あなたにすまないと思っている。」
「なぜそんなふうに思うの?」
水汲み人足はたずねました。
「何を恥じているの?」
「この2年間、私はこのひびのせいで、あなたのご主人の家まで水を半分しか運べなかった。水がもれてしまうから、あなたがどんなに努力をしても、その努力に報われることがない。私はそれがつらいんだ。」
壺はいいました。
水汲み人足は、ひび割れ壺を気の毒に思い、そして言いました。
「これからご主人様の家に帰る途中、道端に咲いているきれいな花をみてごらん。」

天秤棒にぶらさげれて丘を登っていくとき、ひび割れ壺はお日様に照らされ美しく咲き誇る道端の花に気がつきました。
花は本当に美しく、壺はちょっと元気になった気がしましたが、ご主人様の家に着くころには、また水を半分漏らしてしまった自分を恥じて、水汲み人足に謝りました。

すると彼は言ったのです。

「道端の花に気づいたかい?花が君の側にしか咲いていないのに気づいたかい?僕は君から落ちる水に気づいて、君が通る側に花の種をまいたんだ。そして、君は毎日、僕が小川から帰る途中水をまいてくれた。この2年間、僕はご主人様の食卓に花を欠かしたことがない。君があるがままの君じゃなかったら、ご主人様はこの美しさで家を飾ることができなかったんだよ。」

(作者不詳、菅原 裕子さん訳)

私たちは皆、それぞれユニークなひび割れをもっています。
完璧な人はいません。みんな、ひび割れ壺なのです。
そして、そのひび割れは、自分にしかない大切な宝物です。
親の私たちにできることは、子供のひび割れを治してあげる
ことではありません。その子にしかない、ひび割れのために
花の種をまいてあげることではないでしょうか
そして、決して忘れてはいけないこと!
それは、私たち親も、ひび割れ壺ということです。

とネットで見つけたコメントも。
これは学校教育、子供を持つ親御さん向けのコメント。
しかし、
親を、社長
子供を、社員
と読み替えると、、、、

私もたくさんのひび割れがあります。
そんな私でも活躍できる、機会を見つけ
良き仲間に囲まれる。
勝ち負けではない、誰と一生懸命仕事をするか。
結果ではない頑張り甲斐ある毎日に。
個性的なひび割れ壺で行こうと思います。

今週もよろしくお願い申し上げます。

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