鍼灸師と気胸
鍼灸師にとって(はり師といったほうが適切かもしれません)学生時代からも一番注意しなければならない有害事象と言ったらこれではないでしょうか?
少なくとも僕の行っていた明治国際医療大学ではかなり口すっぱく言われた記憶があります。
朝カンファでは気胸についての注意喚起は絶対ありましたし、インシデントレポート、アクシデントレポートでも多かったのが気胸だった気がします。
それこそ、虚弱な高齢者では、背部に刺鍼しその上からバスタオルをかけただけで気胸になってしまった事例もありました。
「鍼をした」
「胸が苦しい」
「気胸になった」
もしこれが自然気胸だったとしても疑われるのは真っ先に我々鍼灸師でしょう。
自衛する意味でもきちんと理解しておく必要はあると思います。
アスリートでも長友選手、山縣選手やアスリートではないですが嵐の相葉さんがなってしまったのは有名な話だと思います。(長友選手は接触が原因だとされていますね)
こういう有名な方々がトピックとして出てくるたびに僕は「どんな気胸だろうか?もしかして鍼が原因...!?」などと考えてしまいます。
正しい知識をつけて、何かあった時にはしっかりと説明できる知識は最低限持つべきですね。
自然気胸なのか
外傷性気胸なのか
医原性気胸なのか
鑑別は大事ですね。
独立行政法人 国立病院機構 埼玉病院の呼吸器外科HPより抜粋
https://saitama.hosp.go.jp/service/thoracic-surgery_spontaneous-pneumothorax_faq_a.html
すごく分かりやすくまとめてありましたので抜粋させて頂きました。
Q)気胸とは、何のことですか?
A)胸腔(きょうくう)内に気体が貯留した状態のことです。胸腔内に余剰な気体(ふつうは空気)が入り込むと、結果として肺は萎みます。肺が破れているかどうかは関係ありません。
胸の中に左右一つずつある空間を胸腔と呼びます。心臓の両側にあります。胸腔については別項(下記Q&A)を参考にして下さい。
Q)気胸は、病名ではないのですか?
A)出血などと同じような、病態(病気のために生じている状態)を示す言葉と考えてよいでしょう。
例えば「出血」と言えば、体のどこかが傷ついて、文字通り「血が出ている状態」をいいますが、単独で病名として使うものではありません。「病名は出血です!」と言われても困ります。原因となる疾患が不明の時はやむを得ないのですが、原因となる疾患がわかっているなら、単に「出血」としないように、気胸の場合も、単に「気胸」とせず、気胸の要因になっている治療の対象を表現し、病名とするのが望ましいのです。ほとんどの気胸が、肺から漏れ出た空気によるものですが、(ここが変わったところでもありますが)、「肺」が破れて気胸となっても「肺気胸」とは呼ばず、内臓自ら破裂して発生したことを意味する「自然気胸」と、肺に限定せず呼ぶことになっています。
Q)気胸と自然気胸は、違うものですか?
A)臓器(肺である場合がほとんど)から空気が漏れている場合を、自然気胸と呼び病名として扱います。外傷などのような、他から受けた臓器損傷でないことが条件です。
胸のなか(胸腔)に空気が溜まる原因は、体内の臓器から空気が漏れる場合と、体の外から空気が入ってしまう場合がありますが、前者の気胸を自然気胸と呼びます。後者は気胸ですが、自然気胸とは呼びません。自然気胸を、単に「気胸」と言うこともありますが、厳密には「気胸」だけでは疾患名に当たらず、病態を示すだけになります。
肺が破れておきた気胸であっても、ケガなどで肺が傷ついて破れた(=肺が自然と破れたのではない)場合は、外傷性気胸と呼び、「自然」気胸とは呼びません。この他にも、注射や針灸の針が刺さって起きた気胸を、医原性気胸と呼び、この場合も「自然」はつけません。
気胸の原因が、肺の自発的破裂によることが分かっている場合(ほとんどの気胸)は、病名として、病態を示す「気胸」ではなく、「自然気胸」とするのが望ましく、もし、あなたの担当医がそのように区別して使用しているなら、その医師は「気胸」治療について、かなり造詣が深いと考えてよいかもしれません。
Q)自然気胸の自然って、どういうことですか?
A)他からの物理的な損傷などではなく、「自然と」「突然」内臓(ほとんどは肺)が破れて、という意味で「自然気胸」と呼びます。
自然気胸の場合の自然は、英語のspontaneousの訳です。spontaneousは「自発的な、特発性の」の意味を持つ言葉で、野山や海川のような環境を指す自然(nature)という意味ではありません。
Q)特発性気胸と自然気胸は、違うものですか?
A)同じものと思いますが、日本気胸・嚢胞性肺疾患学会という学会では、「特発性気胸」という表現は使わないよう推奨しています。
自然気胸は、英語でspontaneous pneumothoraxと言われますが、このspontaneousの訳をどうするかで、古くから議論はあります。spontaneousは多くの疾患では「特発性」と訳されていますが、特発性という言葉は、「発症原因が不明の」という意味です。現在では自然気胸の多くが、気腫性肺嚢胞(きしゅせい-はいのうほう)と言われる病変が破れて、気胸となることが分かっており、日本気胸・嚢胞性肺疾患学会(にほん-ききょう-のうほうせい-はいしっかん-がっかい)という学会では、「特発性」ではなく、「自然(に肺が破れて起きた)」気胸という名前で呼ぶようにしています。特発性気胸ではなく、「自然気胸」です。
Q)なぜ、特発性と呼ばれたのですか?
A)昔、気胸になる原因がよくわからなかったことによります。
自然気胸の原因が、気腫性肺嚢胞だとわかったのは、20世紀前半ごろで、気胸の原因病変自体がわからなかった時代に、「特発性」と名付けられたようです。「特発性」の他にも、突発性や自発性、内因性などの語を冠して、気胸が呼ばれていたようで、今日でも、稀にそうした用語を見かけることがあります。
自然気胸(spontaneous pneumothorax)の英語名に付くspontaneousが、病名として使われる場合は、ほとんどの病気で「特発性」と訳されています。気胸だけは特別で、「自然」と訳が付いています。国際的には今でもspontaneous pneumothoraxですから、普通に訳せば「特発性気胸」で良いはずですが、我が国の気胸研究者は、気胸の原因病変が、気腫性肺嚢胞と判っているのだから、病名に原因不明を意味する「特発性」を付けることは、不適切と考えたそうです。そこで「特発性」の代わりに、spontaneousを「自発的な」と捉えて、「(他からの影響ではなく)肺の自発的な破綻」という意味で、自然気胸と名付けたと言われています。
Q)新聞やテレビなどでは肺気胸となっていますが、自然気胸とは違う病気ですか?
A)おそらく自然気胸のうち、肺の破綻により起きたものを「肺気胸」と呼んでいるのだと思いますが、「肺気胸」という語は、医学用語としては使われません。
厳密にいうと、肺から空気が漏れて気胸になる場合でも、外傷などで肺が破れた場合は、外傷性気胸と言い、治療や検査のために刺した針などで肺が破れた場合は医原性気胸と言います。こうした理由もなく、突然肺が破れたのが自然気胸です。
肺気胸という表現に、違和感を持つ医師は少なくないと思います。国際的にも「肺」を示す言葉(lung, pulmonaryなど)を気胸の前につけるようなことはありません。日本気胸・嚢胞性肺疾患学会(にほん-ききょう-のうほうせい-はいしっかん-がっかい)という国内唯一の気胸を対象とする専門学会では、「自然気胸」を疾患名として使うよう推奨しています。
Q)肺がパンクしたのが気胸、ではないのですか?
A)一般的な理解であれば、概ね問題ありません。
多くの気胸は肺が損傷して発生します。大変わかりやすい比喩で、よく使われています。ほとんどの医師が説明に使っているかもしれません。伸縮性があって、放置すれば自ら縮もうとする特性を持つ肺を、タイヤのようなゴムに例えるのは、概ね間違いではありません。
ただ、これはあくまでも、気胸の裏返しである「肺の虚脱」と言う現象を例えたものです。肺は、常に開いている鼻や口につながっており、出入口を常時塞いでおくタイヤや風船とは違います。肺は、タイヤやゴム風船のように、空気を押し込むことで膨らんでいるのでもありません。肺をタイヤに置き換えて、気胸の病態や治療まで考えてはいけません。肺をタイヤや風船に置き換えると、出口が開いているのに萎まない理由だけでなく、呼吸ができる仕組み、気胸の治療原理なども正しく理解することができません。わかりやすく、便利ではありますが、あくまで説明用の比喩と割り切ってください。
Q)肺が破れない自然気胸が、あるのですか?
A)日本気胸・嚢胞性肺疾患学会という学会では、食道が破裂した場合(特発性食道破裂と言う病気)も、自然気胸に分類しています。
食道が破裂した場合も、胸腔に空気が入りこむことがあり、気胸になり得ます。同学会の規定では、こうした気胸も広義に自然気胸と呼ばれることになります。ですが、一般に医学現場では、多くの臨床医は(食道破裂が判明しているなら)自然気胸と言う診断名は付けないと思います。ですので、今日、ほとんどの場合、自然気胸と言う診断名は、肺が破れた時に使われている(狭義の意味)と理解してよいと思います。ちなみに、上述の、激しい嘔吐で食道が破れる病気のことを、特発性食道破裂(spontaneous rupture of the esophagus、別名ブールハーヴェBoerhaave症候群)と言います。同じspontaneousでも、こちらは特発性です。
Q)自然気胸以外の気胸は、ありますか?
A)外傷性気胸と医原性気胸、人工気胸が自然気胸以外の気胸となります。
ケガなどの際に、肺や気管、食道などが破れたり、外気が胸腔内に入り込んだりして気胸となるのが、外傷性気胸です。治療や診断のために行った作業で、肺に傷が入ったり、胸腔に空気が入ったりして起こる気胸が、医療行為で偶発的に起きた気胸という意味の医原性気胸になります。何かの治療や検査の際の合併症も含まれ、鍼灸(しんきゅう)の針治療で気胸を起こすことも有ります。人工呼吸や心肺蘇生中(心臓マッサージ)に起こすこともあります。医原性気胸とは別に、治療や診断のため、気胸を意図的に作り出すことがあり、その場合は人工気胸と呼びます。結核治療として、人工的に気胸を起こしていた時代もあります。
Q)胸腔(きょうくう)とは、どの臓器のことですか?
A)何かの臓器や組織のような「もの」を指すのではなく、実体のない空間を指す名称です。正常では容積がゼロです(つまり空間と言っても、正常状態では空洞ではありません)。
胸腔というのは、胸膜(きょうまく)で囲まれた閉鎖腔(左右に一つずつある)のことを指します。これは「胸腔」の狭義の定義です。短い文章で定義できる「胸腔」ですが、説明となると、文字にしても、図にしても、とても難しいです。大雑把に、肺と、その肺を取り囲む臓器との間、隙間と考えておいてよいでしょう。
肺を取り囲む臓器は、肋骨(ろっこつ、アバラ骨のこと)、胸骨(きょうこつ、心臓の前にある骨)、胸椎(きょうつい、胸にある背骨)から成る骨性胸郭(こつせいきょうかく)と、肋間筋(ろっかんきん、カルビの肉のところ)が大半で、ほかにも心臓や血管、横隔膜(おうかくまく)などが肺の周囲にあります。肺とその周辺臓器は、それぞれ隣り合ったまま成長し、配置されています。肺は、こうした周辺の臓器と、接着・接合したりしていませんし、組織としての繋がりもありません。
通常の状態(生理的状態といいます)では、肺とその周辺の臓器は、離れてはいても、ピッタリ密着していますので、両者の間は、空間としては認識できない状態になっています。ただ、このままでは、肺が呼吸で伸び縮みする度に、臓器同士が擦れて傷ついてしまいます。そこで、両者が、直接触れ合わないように、各々の表面は、薄い膜のような皮に覆われています。2枚の皮越しに、肺とその周辺の臓器は接することになります。
この皮の表面は、臓器の表面より、滑らかになっています。加えて、僅かな水気で、この皮の表面は湿らされていて、とても滑りやすくなっています。皮が覆っている臓器と皮の間も、完全に接着しているわけではなくて、少しズレるような構造になっています(ミカンの皮と房の間を想像すると良いかもしれません)。こうした構造のおかげで、肺や心臓は常に動いて擦れあっているにも拘らず、肺はもちろん周囲の臓器は傷つかないと考えられています。(この水気に当たる水分のことを、胸水と呼びます。)
肺とその周辺臓器の表面にあって、各々を覆っている薄い皮状の組織が「胸膜」です。肺の表面側と周囲の臓器表面側に、2枚あるかのように想像しがちですが、実際には、一枚の膜が両側に広がっているだけです。両側だけでなく、床も天井も途切れなく、一枚でできていて、全体としては袋になっています。袋の内側は、閉鎖空間で、ここが狭義の胸腔に当たります。想像しにくいですが、皮の表面、つまり袋の表面は、袋の内側であることに注意して下さい。胸腔とは、胸膜がつくる袋状の構造物の内側の空間のことです。
この袋は、普通はペシャンコです。袋の中の空気が抜かれている状態です。肺の周辺にある臓器は、変形しにくいものばかりなので、柔らかい肺が目一杯大きくなって、空間を占めていることになります。密閉された袋の中に空気を押し込めば、袋は大きくなり、その分だけ肺が小さくなります。これが気胸と言う状態です。
何もない空間に名前がついているのは、密閉されていて、かつ空気(気体)がほとんどないという特性が、肺を肺として機能(呼吸)させるために、とても巧妙で重要な役割を果たしているからです。
Q)本やネットで調べると、心臓や食道も胸腔の中にあると書いてありますが、胸腔には、何もないのではないのですか?
A)「胸腔」には、広義と狭義の定義があり、広義では、全ての胸の臓器を入れている空間を「胸腔」とします。ネット情報だけでなく、医学書でも、これらがよく混同されていますので、注意してください。
広義の定義では、「胸腔」は「胸郭の内側」を指します。胸郭、つまり肋骨(胸骨、脊椎)や肋間筋などで囲まれた胸(首より下で横隔膜より上の領域)の中の空間(左右の肺や心臓など胸部の臓器全てが入っている空間)を指します。胸部のすべての臓器を内部に含む空間を胸腔と呼ぶわけです。医学でも、呼吸器外科以外の研究領域では、広義で使用されることが多いです。多くの医学書が、断りもなく広義で記述しているため、十分注意していないと、呼吸を勉強する際に混乱や誤解が生じます。一般に呼吸器外科では、断りなしに狭義の意味、つまり胸膜で囲まれた空間の意味で「胸腔」を使います。呼吸を詳しく学ぶときは、狭義で「胸腔」を考えるほうが、断然便利です。当科のホームページでも狭義の意味で使用しています。本やネットで調べるときは、十分ご注意ください。
Q)胸膜(きょうまく)とは、何ですか?
A)肺と肺を取り囲む臓器全体に、壁紙のように隙間なく張り付いている薄い皮のことです。(胸腔とは何かの回答も参考にして下さい。)
胸腔の中から胸膜を見ると、肺と周囲の臓器の表面は、透明~半透明の、やや白っぽい膜のような構造物で覆われて見えます。この構造物は途切れなく、一枚の皮でできた袋のようになっており、出口のない閉鎖腔を作って、胸腔を気密な空間にしています。想像しにくいですが、皮の表面は、袋(ここでは空間)の内側(胸腔側)になります。健康な胸膜は柔らかく、他動的に伸び縮みします。以前は肋骨側の胸膜を肋膜(ろくまく)と呼び、肺の表面側を胸膜と呼び分けていましたが、今は皮全体を一様に胸膜と呼びます。
肉眼レベルでは、肺表面の胸膜は肺の一部ですが、顕微鏡レベル(組織)では肺とは別物とみなす(胸膜中皮、きょうまくちゅうひ)ことが多いです。
教科書では、気胸を胸膜の疾患として分類していることが多いです。
Q)胸腔(きょうくう)の役割とは、何ですか?
A)横隔膜とあばらの動きを瞬時に肺に伝え、肺の動きを横隔膜やあばらに瞬時に伝えて、両者を連結させる機能を果たします。
胸腔という何もない空間が、動きを伝える。なんとも不思議な装置です。胸郭が広がると、胸腔を介して瞬時に肺が広がります。肺が縮もうとすると、瞬時に横隔膜が追随して動きます。まるで磁石のような働きです。
胸腔は気密で空気がないため、空気を抜いた真空パックのように容積をほとんど変えません。胸腔の壁の一方が動けば、他方の肺も追随して動くことになり、息を吸おうと横隔膜が下がると(同時に)肺が広がって、肺の中の気圧が下がり、鼻から肺に向かって空気が入ってきます。因みに、横隔膜の筋肉が弛緩(伸びる)と肺自身の縮む力で肺は収縮し、息が吐きだされます。この時、弛緩した(伸びた)横隔膜は、胸腔を介して縮む肺に追随して動くので、挙上することになります。どの時点でも胸腔自体は(肺が健康で柔らかければ)殆ど広がりません。
気胸は、胸腔の気密性が破綻している状態と言えます。気胸になると、力を伝達するという胸腔の機能が落ち、肺は自らの力で縮もうとするばかりになり、呼吸の効率がどんどん落ちます。肺が縮小することも相まって、呼吸が苦しいという症状が出現することになります。
Q)テレビで、胸腔を「きょうこう」と読んでいましたが?
A)誤りです。辞書にそう書いてあるからと言って、そう読むとは限りません。医学用語にはよくあることです。
肉づき(月)のへん(偏)に、空という旁(つくり)で腔(くう)です。「腔」は体内の空間を指すとき使われます。口腔(こうくう)、胸腔(きょうくう)、腹腔(ふっくう)など、医学用語では「くう」と読み、今日この字を「こう」と読むことはありません。昔のことは分かりません。「にくづき」は臓器の名称に使われる漢字のへん(偏)です。月偏(つきへん)ではありません。
Q)嚢胞とは、何ですか?
A)一般に、医学では嚢胞(のうほう)は内部に液体を含んだ袋状の病変を指します。この場合は英語でcystになります。病変全体は大きくても、構造物は袋の部分だけで薄い壁で出来た病変が多いです。肺にできる嚢胞もありますが、気胸の原因である気腫性嚢胞はcystではなく、bullaとなり、全く違うものになります。
体内に出来る嚢胞は、ほとんどの場合、液体が内部に充満しています。嚢胞の壁から液体が分泌されている場合もあれば、管のような構造物が詰まって、管内に流れてくる液体が溜まり、管が袋状に膨れ上がっている場合もあります。袋に相当する壁があって内部に水分が充満しています。
肺に液体が流れたり溜まったりする場所は、あまりありませんが、嚢胞ができることはあります。気管支が大きく拡張して内部に水分を充満させるような病気が一例です。肺の中では、空気の流れが主体です。従って、肺の中に嚢胞と同じような病変が出来る場合も、ただの空洞のことが多く、内部は水分ではなく、空気が溜まっています。
肺の中の、嚢胞様の空洞病変に溜まる空気は、呼吸で移動してくる空気です。広い空洞に一旦、空気が入ると、狭い出口からは簡単に出て行けなくなることがあって、どんどん空洞に空気が溜まって、空洞が空気で膨れあがってくることがあります。ハレモノの意味をもつ「腫」という文字を使って、「気腫(きしゅ)」と呼び、さらに嚢胞の語と併せて、気腫性嚢胞と言います。
気腫性嚢胞の壁は、肺内の気道(空気の通り道)そのものが拡張する場合と、気道の外側の組織に拡がっている場合で違ってきます。気道自体が拡張するのは、主として気道の炎症性の破壊によるもので、代表的な疾患が肺気腫(慢性閉塞性肺疾患、COPD)です。気道の外側に空気だまりができる場合、できた病変はブラとかブレブと呼ばれるものになります。ブラやブレブをつくる壁は、(時に肺胞同士の融合などもあると言われていますが)特別な構造を持つ臓器や器官ではありません。肺の表面にまで広がれば、壁の最外側は胸膜になります。
Q)ブラやブレブって、何ですか?
A)気胸に関連する場合のブラ(bulla)とブレブ(bleb)は、いずれも肺に出来る、内部に過剰に空気が溜まった空洞病変の一つです。
もともと、ブラbulla(複数形はbullae)もブレブbleb(複数形はblebs)も、小さな水泡、泡を指す言葉です。バブルbubbleと同じと思ってよいでしょう。より小さいのがブラで、より大きいのがブレブと説明している英語の辞書もありますが、そのように使い分けるのが一般的なものかどうか、筆者はよく知りません。
ブラもブレブも、医学用語になっています。脳外科では、脳動脈瘤の上に出来る、今にも破裂しそうな血管壁の薄いコブ状の場所をブレブと言い、眼科では緑内障手術後に結膜下に出来る水の溜まり場をブレブ(濾過胞)と呼びます。また、皮膚科領域では、表皮内に出来る水泡をブラbullaと呼びます(ちなみに、それより深層の真皮内に水がたまった病変は嚢腫cystと呼びます)。
呼吸器の領域では、ブラ・ブレブいずれも肺に出来る病変のうち、空気が溜まった空洞状の病変を指します。呼吸器外科では、ブラは日本語で気腫性肺嚢胞(きしゅせいはいのうほう)と言います。ブレブは間質性気腫とも言われます。ブラとブレブに用語は分けられていますが、肉眼で見分けることは、まず、できません。空洞の壁は非常に薄く、外見は、風船ガムを膨らませてできる風船のようで、肺の表面から飛び出すように大きくなっていくものです。壁は白~うすい灰色であることが多いのですが、薄いためか透明~半透明です。形は球状や半球状が多く、かなり扁平なもの、親亀の上の子亀のように、多重に形成されているものなどもあり、多彩です。膨らんだ状態では、1~2センチくらいのものが多いのですが、こぶし大のような大きさのものから、顕微鏡で見ないとわからないようなものまで様々です。1個しかない場合もあれば、数えきれないほど沢山ある場合もあります。【ブラ、気胸】で、インターネットを検索して見てください。多くの参考画像が提示されています。くれぐれも「気胸」を検索ワードに加えることを忘れないで下さい。
ブラとブレブの違いを理解するためには、肺の構造を少し知っておく必要があります。肺に入った空気は、肺の隅まで行きつくと、肺胞(はいほう)と呼ばれる行き止まりの空間に入ります。肺胞内に入った空気が、何らかの理由で肺胞の外側(=組織の間で間質(かんしつ)と呼ばれます)に流れ込み、一方的に溜まり始めると、肺胞以外の肺の組織の中に、気嚢(きのう)と呼ばれる空気だまりを形成します。気嚢のできた場所が、肺の表面側(胸膜の直下)にあればブレブ、肺の表面から見えても、胸膜を外した狭義の意味での肺の中にあればブラとする、と説明されています。ただ、この古典的な分類には異論もあって、分類自体に大きな意義もないことから、今日、気胸の専門家でも使い分けている人は、ほとんどいません。
Q)ブラとブレブの違いが、分かりにくいです!!
A)区別する必要はありません。違いを知っても、気胸の診療には全く役に立ちませんので、忘れてください。
ブラとブレブの違い、わかりにくです。肺の表面は、臓側胸膜と言う胸膜が覆っています。普通は(解剖学でも)、この胸膜を含めて肺と呼ぶことが多いのですが、組織学と言う立場では、胸膜は別の臓器で、肺は胸膜の内側までが本来の肺だと考えます。胸膜内側の肺組織の表面には、境界膜と言う構造物があるとされていて、これより内側が真の肺組織ということらしいです。ブレブはこの境界膜より胸膜側に発生するもので、ブラはこの境界膜より肺側に発生するというわけです。
もう少し正確に言えば、胸膜下の結合織内に発生するのがブレブです。対して、肺胞壁を破壊して肺胞領域(境界膜より内側の肺内)に生じるのがブラということになっています。誤解を承知で、かなり大雑把に言えば、肺の表面である臓側胸膜にあるのがブレブで、肺内の肺胞が空洞化しているものがブラということですが、肉眼や画像検査ではもちろん、実際には顕微鏡検査でも、なかなか区別ができません。その後の研究でも、これらを区別することに、(少なくとも気胸に関しては)あまり意義はないとされてきました。そのため、現在は、気胸の専門家でも、ブラとブレブを区別して使わないことのほうが多いです。
Q)ブラとブレブの、どちらを使えばいいですか?
A)国内では好んで「ブラ」と呼ばれるようになっています。
例えば気胸の手術では、ブレブ切除ではなくブラ切除と言う医師が大勢で、一般的です。「ブラ」と言うと、下着のブラジャーの方が一般的ですが、意味も語源も違います。念のため。
Q)ブラが破れるのですか?
A)原発性自然気胸ではそうです。
ブラは壁が薄いために破れやすく、破れて胸腔へ空気が出ることで、気胸となります。破れて漏れた空気が、肺の中に戻れば、気胸は進行しないはずですが、つぶれた風船に空気が戻らないように、ブラから漏れる空気は、一方的に肺の中から胸腔側に出ていく一方なので、気胸が進行します。
続発性自然気胸では、原因疾患により破れる病変は様々です。
Q)なぜ、ブラが破れるのですか?
A)わかっていません。
ブラが破れる原因と機序はわかっていません。気胸研究の最大の課題です。
Q)ブラは、大きいほうが破れやすいのですか?
A)必ずしも、そうとは限りません。
大小多数のブラができている人がいますが、いつも一番大きいブラが破れているとは限りません。どのブラが破れているのかを手術以外で知る方法はほとんどなく、気胸研究の課題です。(当科で行った研究により、一部の自然気胸では、どのブラが破れているか高性能CTで検出できるようになりました(CHEST誌2013、THORAX誌2018)。)
Q)なぜ、ブラができるのですか?
A)わかっていません。
ブラがなぜ、どのようなときに、どこに出来るかなど、わかっていません。ブラ破裂の原因と同じく気胸研究に取り残されている大きな課題です。できやすい場所は、ある程度わかっています。
Q)ブラは、どこにできやすいですか?
A)肺の頭側の領域などです。
肺のいくつかの領域のうち、吸い込んだ空気が頭側に流れ込むところ(上葉肺尖(じょうよう-はいせん)区域や下葉上(かよう-じょう)区域)に多く発生することが分かっています。これらの領域は、肺臓全体で見ると頭側にあたります。この他に、肺の縁(とがっているところ)や、肋間筋に対峙している領域などに帯状に発生しているのも、よく見受けられます。もちろん、これ以外のところに発生することもあります。
Q)ブラは、反対の肺にも出来るのですか?
A)できます。
片側にブラがある人の多くで、両肺にブラを認めます。破裂するかどうかは別です。
Q)時間が経てば、そのうちにブラが無くなったりしないのですか?
A)何らかの2次的な病変ができない限り、自然には消失しないとされています。
科学的には立証されていませんが、多くの方のCT画像などを観察する限り、少なくとも数年程度の経過ではブラが消失することはないようです。個々のブラが大きくなったり、ブラが増えたりすることはよくあります。手術後にブラが新たにできることもあり、それが術後の気胸再発の原因になることが指摘されています。
Q)自然気胸の原発性や続発性とは、何ですか?
A)自然気胸は、気胸の原因となる病変(ブラ・ブレブによるものか、それ以外か)により、原発性(ブラ・ブレブの場合)か続発性(それ以外の場合)かに分類されています。
自然気胸では、気腫性肺嚢胞(きしゅせいはいのうほう、ブラ(bulla)・ブレブ(bleb)と呼ばれる)の破綻によって起こるものを特別に原発性自然気胸と呼び、種々の肺疾患が進行した末路として肺が破れて起こるものを続発性自然気胸と呼びます。自然気胸では原発性と続発性の間に関連はなく、まったく別の疾患として扱い、夫々で治療方針や経過などが変わります。
ブラ・ブレブという肺の病変が破れて起きるのだから、原発性自然気胸も、進行した肺病変の末路として気胸を引き起こす続発性自然気胸と本質的に同じだ、とする意見はあり、原発性/続発性の分類についての議論は絶えません。両者を厳格に区別する方法がないのも事実です。ただ、自然気胸と言えば、普通は原発性自然気胸と思われているように、原発性自然気胸に分類される気胸の一群が、とても特徴的で、診断や治療上も、原発性自然気胸を別枠に規定しておく方が、実地臨床上も、大変便利です。そのため、区分けが難しいことがあるにもかかわらず、わざわざ別称し、取り扱いされています。国際的にも、この分類名は一般的で、英語では原発性自然気胸はPrimary Spontaneous Pneumothorax (PSP)、続発性自然気胸はSecondary Spontaneous Pneumothorax (SSP)となります。
Q)原発性自然気胸とは何ですか?
A)大雑把に、肺の表面近くに発生する気腫性肺のう胞(ブラとかブレブと呼ばれます)が破れて発症するものが、原発性自然気胸です。
原発性自然気胸は、20歳代、やせ型、男性を中心に発生する、最も典型的なタイプの気胸です。原発性自然気胸を特別なカテゴリーとして分けているのは、こうした人たちに見られるブラ・ブレブが、病気や病変がない健康な肺に生じていて、ブラ・ブレブ以外の異常を示さないことにあります。ブラやブレブは、単なる空気だまりであって、肺に何かしらの病変や構造の異常がある結果として、生じているのではないと思われているからです。後に述べる、続発性自然気胸とは、この点で全く異なります。原発性に分類される自然気胸の患者集団は、体形や好発年齢(よく発症する年齢)、性別などに極めて特徴的な傾向を示すだけでなく、治療法や治療効果なども、続発性自然気胸の集団とは大きな違いを示します。
ブラやブレブがあっても、必ずしも破裂して気胸になるとは限りません。生涯、気胸にならないブラ・ブレブ保有者は多く、気胸を起こさなければ、原発性自然気胸患者でもなく、ただのブラ保有者にすぎません。ブラ保有者は、健常ですが、気胸発症の危険性があることを忘れてはいけません。
Q)続発性自然気胸とは何ですか?
A)原発性でない自然気胸すべてを指します。
肺に病的変化がない人に生じるのが、原発性自然気胸ですから、続発性自然気胸は、肺に病的変化があり、その病変がもとで気胸を起こす場合を指します。最も多いタイプは、肺の深部(肺の中心部になります)まで、気腫性嚢胞が広がってしまう肺気腫(慢性閉塞性肺疾患、COPD:chronic obstructive pulmonary diseaseの一つ)という病気から気胸になってしまう場合です。この他にも、続発性自然気胸を起こしうる病気は多数あり、原発性以外の自然気胸は、まとめて続発性と総称されています。
Q)同じブラができる原発性自然気胸と、続発性自然気胸に多い肺気腫とは、何が違うのですか?
A)気腫性嚢胞が形成される過程が違います。
いずれも肺に気腫性嚢胞と呼ばれる病変ができますが、肺の病的変性で気腫性嚢胞が形成されるのが肺気腫です。肺気腫では、家族性のものもありますが、喫煙の影響が大きいとされています。原発性自然気胸の場合は、気腫性嚢胞の形成に病的変化を伴わない(形成される直接原因は分かっていません)ことが特徴です。
原発性自然気胸の要因となるブラ・ブレブが、後年増えたり、変化したりして、最終的に肺気腫になるかどうかは、よくわかっていませんが、多くの専門家は別の病気であろうと推測しています。肺気腫については、ネットに多くの解説がありますので、そちらを検索して見てください。