超短編小説「笑い声」
コンビニでアルバイトをしていると、店内が笑い声でいっぱいになる瞬間がごく普通にあるが、最近、おかしなことに気付いた。
どこにいても笑い声が聞こえるのだ。
歩いていても笑っている声が響く。家の中にいてもたくさんの笑い声が聞こえる。
しかし、家の中にたくさんの人がいるわけがない。
それに、夜勤明けの朝なんて、電車に乗る人々は、これから職場に向かう人ばかりで、大声で笑っている者などいるわけがないのだ。
だが、僕の耳には大声で笑い合うたくさんの人々の声が常に聞こえる。
統合失調症を初めに疑って、メンタルクリニックを受診した。ドクターは真顔で僕を見つめ、
「お薬を処方する前にもう少し様子を観ましょう」
と告げた。
病院からの帰り道もたくさんの笑い声が僕の耳の中に入り込んでくる。なぜ、ここまで幻聴が聞こえているのに、僕はまだ発症していないとドクターは診断を下したのだろうか。
僕は空を仰いだ。なんだか、耳の奥がもぞもぞしてくる。
百円ショップに駆け込み、綿棒や耳かきを買って、店の外で耳の奥をぐりぐりと掻き回した。
「ああ……」
僕の口から声が漏れた。
なんだか長いものがにゅるにゅると出てくる。
耳かきの先端に引っ付いているそれは、細長い薄紫色をした半透明の芋虫のようなもので、地面に放り投げ踏み潰した。
その直後、笑い声はぱたりと止んだ。
「これは何だろう」
地面で潰された芋虫を眺めながら、僕は呟いた。
もしかしたら、町中で独りで喋っていたり叫んでいる人はみな、こいつに取り憑かれているのかもしれない。
完。
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