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バイオエタノールの研究からうまれた秋田杉葉の除菌エタノール〜秋田県総合食品研究センター醸造試験場・進藤場長

「杉の雫」から辿る、今回の対談は、秋田杉の葉を活用した消毒用アルコールの技術を開発した進藤さんが登場します。進藤さんは秋田県総合食品研究センター 醸造試験場の場長として、県内の農業や酒造などに大きな影響を与えてこられたお方です。

今回の対談のテーマは「杉の雫の開発者に迫る」。技術開発を行った進藤さんが秋田杉の葉を研究するに至った経緯や、学生時代から興味があった環境問題についてまで、研究者ならではの視点からディープなお話を聞くことができました。(*対談記事内、敬称略)

秋田県総合食品研究センターにて(左:株式会社サノ・高嶋、右:進藤場長)

対談相手を務める「杉の雫」開発担当者・高嶋とインターン生・三政のインタビューはこちらから!


「秋田杉の葉」に着目した理由

スタートはバイオエタノールを作り出すというところから

高嶋
「さっそくではありますが、秋田杉の葉についての研究って何年ほど前からされているんでしょうか」

進藤
「えーっと…そもそも10年前から稲わらや杉の間伐材など、食糧にならない植物たちからバイオエタノールを作るという取り組みをしていたんです。

バイオエタノールはガソリンの代替燃料になるんですが…ガソリンってもとは石油なので、石油は将来的に枯渇したり、地球温暖化を引き起こしたりしますよね。化石燃料をどんどん使えば炭酸ガスが出てくるので、地球温暖化の要因になる。

炭酸ガスの排出を抑えようとなった時に、植物を使って燃料を作れば、カーボンニュートラルになるというわけです。植物は光合成を行うときに二酸化炭素を吸収していますからね。炭素が循環するので、プラスマイナスはゼロということで。だから将来的にはバイオマスに変換させようっていうのが世界的な流れですよね」

研究の発端は「バイオエタノール」にあったようです。でも、どうやって秋田杉の葉っぱに着目するまで辿りついたのでしょう。

進藤
「食品研究センターも、工場から排出される生ゴミなどを産業廃棄物として処理するだけでなく、どうにかできないかという話の中で、県内で排出される稲藁や籾殻も含めて、バイオエタノールの研究をしています。これに関しては国のプロジェクトのような形で進めていて、技術を確立することはできたんですが…いろいろな問題があって実用化されていないんですよね。秋田県として取り組んできた中で、出口を変えて商品化できないか、と考えた時に3年ほど前に、同じエタノールでも消毒用アルコールはどうかなと考えたんですよ」

着眼点を変えて出会った「杉の葉」の新たな一面

進藤
「ターゲットしては杉を使ってアルコールを作って、それを消毒用のアルコールに、とは考えていました。ただアルコールだけだと、せっかく杉を使っている意味がないので、杉の香りや成分をプラスαで加えられたら面白いなと思いました。バイオエタノールは杉の幹の部分を発酵させて作るのですが、その過程で必ず蒸留させなければならないので、どこかの工程に杉の葉を加えてみようという考えに至りました」

常緑樹である杉の葉

進藤
「実際に、蒸留する際に杉の葉を加えてみたら、杉の葉から抽出された成分に強い抗菌作用があったんです。そして、香りも結構良かった。そこから、杉の葉を使うことによって今までなかった新しい消毒用アルコールが作れるんじゃないか、となりました。そこから研究は杉の葉の抽出成分が含まれた消毒用アルコールという方向にシフトしていきました」

進藤
「将来的には完全に杉からアルコールを作って、杉の葉の抽出成分が含まれている消毒用アルコールを完成させることを目指しているんですが、第一段階として杉の葉の成分が入ったものをということで開発しました」

高嶋
「10年以上も前から今話題のカーボンニュートラルに関する研究をされていたんですね。目の付け所がやはり違いますね…!」

進藤
「ははは、でも消毒用アルコールもコロナが広がる前からしていた研究ではあったので。今は除菌や殺菌が欠かせなくなってきて、市場価値の高い商品ではあると思いますね」

秋田杉の魅力は「香り」にあり

高嶋
「杉の葉は一年中緑のままですよね。雪の中でも緑が映えています。そして、香りもとても良いですからね。杉の葉の香りの面に関しても研究を進められたそうで…」

進藤
「そうですね。結構皆さん山に行ってリラックスしたり、杉の木の香りで安らいだり…というのはなんとなく言われていたことではありましたよね。でも学術的なエビデンスがあるかと調べてみたら、そんなに多くないんですよ。それで実際に私が脳波計を使って杉の葉の香りにリラックス効果があるかどうかを調べたんです。老若男女100名で実験を行いました。そしたら杉の葉の香りが含まれる除菌エタノールの香りを嗅いでリラックス度が平均して1.4倍になっていたことがわかりました。逆に香りを嗅いでストレスを感じていた人は脳波からは見受けられませんでした」

高嶋
「へえ〜!やっぱり皆さん杉の雫を嗅いだ時にも『良い香り!』って言ってくださいますもんね」

進藤
「本人にリラックスしているという自覚がなくとも、嗅いだ瞬間に脳の方では感じているみたいですよ」

高嶋
「いろんな方に香りを気に入っていただけています。本当に葉っぱの自然な香りです」

高嶋
「研究者として秋田杉と関わる中で秋田杉に感じる魅力はありますか」

進藤
「そうですね。日本国内、杉林はいろんなところにあるし、名前がついた有名な杉もありますよね。そこでそれぞれの杉についても調べてみたんですが、同じく葉に殺菌作用を含んだ成分はあれど、香りに違いがあることがわかりました。同じ製法で杉の葉の成分と香りを含んだ消毒エタノールを作り、目隠しをして香りを試したところ、やはり秋田杉が一番、香りが良かった。杉を専門に研究していらっしゃる先生にも聞いたんですが、品種も少し違うけれど、杉が育つ気候環境の違いは大きいようです」

ここで進藤さん、他地域で採取された杉の葉の香りを嗅がせてくれました。どれも良い香りだけど、やはり香りの違いがあります。

別品種の杉の葉の香り

進藤
「秋田のような冬が厳しく寒いところで育つと、杉の幹も年輪が細かく頑丈になります。葉っぱも自分が生き残るためにいろんな成分を組成している。これは九州の方で育った杉の葉の香りなんですけど…単一で嗅ぐと違いが分からないかもしれませんが、比べると結構違うんですよ」

高嶋
「でも秋田杉は県外の人たちにとっては馴染みが薄く、認知度も低いようです。この商品をきっかけに秋田杉を広めていければなとも思いますね。人工林で栽培されている秋田杉は天然秋田杉の遺伝子を持ったものですから、古くから秋田に生息する杉を代々繋いでいるということですよね。そのような杉がいい香りであるということを誇らしいというか…嬉しいですよね」

小さい頃から好きだった実験と理系としてのキャリア

三政
「進藤さんのキャリアについて気になります!笑」

進藤
「私の半生ですか…笑」

進藤
「もともと子供の頃から『科学と学習』っていう雑誌についてくる付録が楽しくて、自分で工夫しながら実験みたいなことを子供ながらにやっていたんです。たぶん理系はその頃からずっと好きだった。高校も理系だったし、大学も当然理系に進みました。

私は農学の方なんですけど、大学に言ったら微生物に興味が出て、そういう研究をしていました。大学院の時には、国の研究所の方に大学院生として行っていました。そこでも微生物の研究をして。本当は秋田に戻ってきたい気持ちはあったんですが、秋田にこういうバイオ関係の仕事がなかったので、ビール会社に行ったんですよ」

対談当日も実験をしていた進藤さん

三政
「え!そうなんですか!!!!」

進藤
「あはは!そうなんですよ、研究職としてビール会社に勤めていました。動機は不純で、ビールが好きだったっていう…それと、景気が悪くなってもみんな酒は飲むだろう!と…笑」

なんと大学院修了後はビール会社にて研究者として働いていたという進藤さん!どんな研究をしていたんでしょう…

進藤
「そこでビールの酵母の研究をしていました。美味しくビールを作るための酵母の開発とか、よりビールを早く作るためのバイオリアクターの研究を。ビールって通常作るのに2ヶ月くらいかかるんですけど、その技術を使えば一週間で完成させることができるんです」

高嶋
「え!2ヶ月が一週間に!」

進藤
「そうそう。その技術開発をして、小さな工場で設備を入れるところまで見届けて秋田に戻ってきたという感じですね」

帰秋、そして学生時代の原点に立ち返る研究

進藤
「秋田に戻ってきてからは、始めはバイオエタノールや環境問題について研究したくてやっていました。もともとは酵母が専門なので、酵母を使ったオリジナルの技術を開発すれば色んな人が興味をもってくれるんじゃないかと思って。我々の秋田ならではの技術を開発したところで、バイオエタノールを研究する人や会社が寄ってきてくれてチームを作った。そこでバイオエタノールについての研究に10数年前から取り組んできて、今に至るといった感じですね」

三政
「でも、なぜ秋田に戻ってきて環境問題に取り組みたいと思ったのでしょうか」

進藤
「実は大学院は『環境化学研究科』という研究室にいて。大学院の入試問題が『今後起こる地球問題について』という内容だった時に、地球温暖化について回答したんですよ。だからずっと環境問題に対して意識は強かったんですよ」

高嶋
「そんなに前から関心があったんですね!」

進藤
「環境問題がずっと頭にありながらも、ビールも好きなので笑」

昨今の環境問題への意識の高まりと思うこと

三政
「今は研究者以外の人たち、例えば私なんかでも『環境に良いことをしよう』という意識を持っていますよね。長年研究者として環境問題に取り組んでこられた立場の進藤さんが最近の環境問題への意識の高まりについて思うことは何かありますか」

進藤
「そうですね、本当にこれまでは一般の方たちって環境問題について意識してこなかったと思うんです。身近に気候変動を感じるようになって、やっと皆さん意識してくれるようになった。やっぱり私は子供の頃からの教育が絶対必要だと思います。ただこうだからこうしなさい、ではなく、メカニズムやこういうことをするからこうなるんだ、というのを理路整然と子供たちに教育していくことをすれば、もっとみんなが意識的に動いてくれるんじゃないかと思います。やっと遅ればせながらマスコミも意識するようになってくれたので、これからですよね。県の出張講座などでお話する機会もあるんですが、もっと学校などに出向いて若い世代に伝えていきたいです」

三政
「この言葉選びが合っているか分かりませんが、最近はSDGsが『流行っている』という感じがしてしまいます。最近のこのブームのような盛り上がり方についてはどうでしょう」

進藤
「SDGsはSustainable(サステナブル)って書いてあるじゃないですか。だからやっぱりブームで終わるのは嫌だなと思っています。長い年月をかけてゆっくりゆっくりやっていかなければならないのだけど、人間ってややもするとブームが過ぎ去っていくと意識も薄くなっていく。みんなで頑張って取り組んでいたことも『ちょっと不便だね』と思ってしまうとあまりやらなくなるような気がして」

三政
「なるほど。では今後もそういった環境問題への意識も含めて、秋田で研究を進めていく予定でしょうか」

進藤
「今はアグリバイオ・化学システムコンソーシアムというプロジェクトに参加し、バイオマスの利用に関する事業を国内の大学や企業と行っています。これまでのバイオエタノールなどの研究は植物の中のセルロースやカーボンなど、それだけを利用するものでした。私も香りの主要成分のテルペンなどに着目していますが、今は植物を構成している成分の90%を色んな化学製品に変える研究が中心になっています。例えば、セルロースナノファイバーなどですね。私も定年まであと少しなんですけど、実用化まで見られるといいですね。

バイオマスの工場を作るとしたら、横手盆地が一番適していると思うんです。盆地の面積としても日本一だし、山に囲まれているし、稲わらやもみ殻もいっぱい採れる。あの盆地の農業生産額と同等の工業出荷額をバイオマスから作れたら素晴らしいと思います。もちろん、日本酒やビール、ワインの研究も続けますけど笑」

高嶋
「忙しいですね…秋田は農業県だと言われてきましたけど、工業という面でも発展していけたらいいですよね。高齢化が進む秋田においては、工業の発展によって若い人たちが入ってきてくれることも期待したいですし」

進藤
「そうですよね、若い人の働く場所をつくることにもなりますよね」

高嶋
「ぜひ進藤さんには定年を過ぎても様々な活動を続けていただいて…笑」

進藤
「そういう意味ではサノさんのような民間企業にも協力してもらわないと…笑」

高嶋
「そうですよね、そういう意味では民間企業と公設試と手を取り合ってやっていけたらいいですね!」


…ちょっと専門的な内容にまで踏み込んだディープな対談はここまで。研究者ならではの視点や、杉の雫に使われる技術が生み出されるまでのストーリーを知ることができました。進藤さん、改めてありがとうございました!