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和菓子と“彩”時記『水無月と氷室』

  ここ長崎は県外の方からすると雨のイメージが強いようですが、梅雨の中休みなのかここ数日は見事な晴れ空が広がっています。まだ6月なのにこんなに暑いなんて……と、つい愚痴を言いたくなってしまいますが、スイーツ部の4人は全員夏生まれということもあってか暑い中でも元気に活動しております。とは言っても暑いものは暑い。最近の私たちの関心は主にアイスクリームや氷菓子。話題のピスタチオのアイスや夏限定のコンビニのいちご練乳氷と、気になる冷菓を上げればキリがありません。冷たいスイーツばんざい!
 
 ところで、クーラーや冷蔵庫がなかった時代はいったいどうやって涼をとっていたのでしょうか。私が真夏に生まれたことでクーラーを導入したという我が家。物心つく頃には、どんなに暑くてもスイッチ一つで涼しくなる生活が当たり前。母が言う、「お母さんが子供のころはクーラーなんて贅沢なものなかった」の言葉に、いったいどうやって夏を過ごしてきたのかと首をかしげたものでした。そんな4、50年ほど前のことですら想像がつかないのに、もっと昔、例えば平安時代や江戸時代はどうやって暑さをしのいできたのでしょうか。
 江戸時代の俳人、大島 蓼太がこんな句を残しています。
 

『六月の 氷もとどく 都かな』大島 蓼太

 
6月30日夏越の祓、神社の境内につくられた茅の輪をくぐり、今年前半の穢れを祓って無事に過ごせたことに感謝し、後半も元気に過ごせるよう祈る神事です。起源は古く、大宝律令のころ(710年)にはすでに宮中行事として挙げられていたようです。
 そして、この夏越の祓の頃に『水無月』を食べれば厄除けになり、病が遠のくのだと言い伝えられています。『水無月』とは、氷をかたどった三角のういろうや葛餅の上に、小豆をのせたお菓子です。派手さはありませんが、ずっと昔から姿かたちを残したまま現代まで受け継がれている堅実派で、優しい味は期待を裏切りません。
 このお菓子は前回紹介した『花筏』のような菓子舗によるデザインの違いはほぼなく、三角形の土台の上に小豆がちりばめられている様子はほぼ共通のため、とても見つけやすいお菓子です。しかし、小豆の量が違ったり(びっしりと詰められているものもあれば、ぽつぽつとアクセントのように散らばっているものもあります)、ういろう部分が抹茶味だったり、餅になっていたり。先日私が食べたものにはきなこがまぶされており、氷室で藁にくるまれた氷をそのままいただいているような、少し贅沢な気分になりました。(今回私がいただいた『水無月』は諫早市のあづま屋様のものです)


 
   氷室と言えば、そのまま『氷室』という和菓子があります。こちらの意匠はそれぞれの菓子舗で工夫を凝らされており、様々な『氷室』を楽しむことができます。しかし、その中でも私が今回ご紹介したいのは、白い葛餅やお饅頭の上に赤い三角を印したものです(ぜひ、京都の亀屋良長さまの『氷室』を見ていただきたいです。見事な三角!)。
   そう、三角。『水無月』と同じです。
   宮中では6月1日に「氷の節句」として氷室に貯蔵された冬の氷を口にすることで夏の間の無病息災を祈願したのだといいます。もちろん冷凍庫などなく山奥の氷室でじっくりじっくり凍らせて作る他なかった昔の話、氷は高級品でした。庶民にはとても手が届かない憧れの品。そこで彼らは氷をかたどったお菓子を食べることにしたのです。
 
それが『水無月』。
 
いつしか、『水無月』を食べるとよいとされる日は移り変わってしまいましたが、現在でも主に京都の方で習慣として根付いているようです。
 
   ちなみに、『水無月』の上にのせられた小豆や、『氷室』に印された三角の赤はどちらも厄除けを意味するそうです。
 


 
   また、『水無月』は、和菓子好きの方や読書好きの方はご存じかもしれませんが、和菓子が謎解きのカギとなる日常系ミステリ『和菓子のアン(坂木司著)』という本の中にも登場し、厄払いのお菓子としてとても重要な役割を担っています。収録されているどのお話も、ほんとうにおいしそうな和菓子と登場人物たちそれぞれの事情が絡み合い、最後のページを読み終えるまでページをめくる手を止めたくないほどで……。機会があれば、ぜひ手に取っていただきたい一冊です。
 
   古来より行事と食の結びつきは強く、季節に合わせた縁起物を食すことで厄払いや健康祈願を行ってきました。四季を大切にする日本では特にその傾向が強いように感じられます。端午の節句の柏餅やお彼岸の時期のぼたもち・おはぎ。何気なく食べているそれらにもきっと由来や理由があるのでしょう。ただ美味しく頂くだけではなく、その背景を知ることでより豊かな食事の時間を楽しめるような気がします。

   とりあえず、明日30日はもう一度『水無月』を食べ、残り半年の健康を祈りたいと思います。

文・写真・イラスト あーちゃん

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