平等と公平
学習のオンライン化について考えていると、「公平/不公平」「平等/不平等」という言葉に出会います。その度に考えさせられます。今は何が大事なのだろう。
議員の方、教育委員会の方とお話していると、「全員に(つまり平等に?)提供できる見通しがないとGoできない」という話にしばしばなります。「取り残される人を作ってはいけない」、それも納得です。
杉並区全体で、YouTubeを見られない環境にある公立小中学生は5%いるということがアンケートで分かったそうです。(この設問が適切かどうかはさておき)
必要な支援は全力で対応していく。それは本当に大事だと思います。
しかし並行して、活用できる環境がある人にFirst Penguinになってもらって、やり方を確立してもらい、横展開していくのも大事だと思います。(システムの世界ではアジャイルという言葉があります。短いスパンでPDCAを回し、修正しながら完成させていく流れ)
EQUALITY=平等、EQUITY=公平
よく見る絵ですが、凄く分かりやすいですね。
EQUITYを実現するために、誰にどんな支援が必要なのかを知ることがそもそも大変なんだとは思いますが、台が無くても見える人に「不公平だから見るな」というのもおかしな流れかなと思います。
もう一つ、だいぶ前に読んだもので、なるほど~と思った記事がこちらです(末尾)。ICUっていい大学なんだな。(なんとなくの憧れ)
新型コロナで休校になり、施設が使えなくなっている状況から、学生が施設費減免の署名運動があったとのこと。
これに答える形なのか、学長が、学生に対してまっすぐに真摯に向き合いメールで思いを伝えています。
メールの中で、図書館の本の貸し出しについて、学部6年生と大学院生のみ、送料無料で対応している件についてもコメントしています。
「皆さんにはぜひ、この「不公平」について考えてみることをお願いしたいと思います。」
「今あなたがその対象者ではなくても、ある日、あなたが、図書の貸し出しとは別のことで、そのような類の不利益を蒙りそうになったときには、大学は適切なサポート体制を整える、ということを覚えていてください。大学も市民社会と同じで、全体で支え合うという精神で運営されています。」
言葉を尽くして説明する姿勢と、これも学びの1つとして考える機会を提供しています。
教育の根幹ってここなんじゃないかと思いました。
教育はサービスではない。提供者と受益者がいるわけではない。
また、正解を先生が教えるわけでもない。上とか下とかじゃない。
正解がない問題について、子どもが考えることができるような環境を整える。そして一緒に考えて学んでいく。
新型コロナウィルスという誰も経験したことのないことを今、全世界で経験しています。これからも正解がない、VUCAの世界を子どもたちは生きていきます。
相手を思い、理解し合うために言葉を尽くし、考えるスキルをつけてほしい、と思ったのと、自分自身もそうありたいと思います。
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