「頑張る」という言葉
ツイッターは気楽だ。だらだらと短くまとめられた気分達を、誰に気を使うこともなく見ることができる。楽しかったことや悲しかったことや今考えてることを、自分勝手にみんなつぶやいている空間。そんなところだから時々、凄く心に残る一言なども見られたりする。
この前「頑張るって薄っぺらい言葉だから、あまり使いたくないけど頑張るしかないなぁ。」とつぶやいていた友人がいた。これを見たときに感じた違和感というかなんというか、例えようのないモヤモヤがいつまでも心の中を支配している。使い手、受け手によって言葉の重要性はこんなにも変わってしまうのか…。
つまりは、ぼくにとって「頑張る」という言葉は最高にやる気のでる魔法の言葉なのだ。決して薄っぺらい言葉なんかじゃない。少なくともマイナスのイメージがつきまとう言葉ではない筈だ。だが、どうやら僕の認識と友人の認識はだいぶ違うようだ。この認識の違いとはなんなのだろう。
あまり考えないでも答えはでた。要は、経験の差だ。僕はこれまで部活やら何やらで、頑張る!と決めて実際に頑張り、それなりの充実感や達成感を得た経験がたくさんある。事あるごとに自分と対峙し勝負をしてこれたと言ってもいい。それが確かな実感として自信となり自分を形作る糧となっているのだ。
「頑張る」という言葉が薄っぺらく感じられるのは、その人の頑張った経験が薄っぺらいからだ。覚悟を決めて飛び込んでみろよ。がむしゃらにやってみろよ。できないかどうかなんて本気でやってから判断すればいいよ。
「頑張れ!」
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