【まいにち短編】#16 オリーブを噛み締めて

オリーブが美味しいと感じた瞬間、もう大人になったのだと思った。

幼い頃に父と母が家でワインを嗜んでいるときに、
おつまみで食べていたオリーブをもらって吐き出したことがあった。
それ以来オリーブは食べていなかったけれども
兄と一緒にたまたま入ったイタリアンで提供されたので仕方なしに食べたら思いの外、美味しかった。

そうか…私はもう大人になったのか…。

「オリーブってこんなに美味しかったんだね」
「いやー俺はまだ無理だ…やるよ」
「ふっ兄ちゃんはまだ子供だったか…。旦那さんになるのに…」
「うるせえ」

兄は、来月結婚する。
私は、彼氏と3年ほど前から同棲をしていて、そろそろ…という話が上がってきたところだ。

「ねえ、兄ちゃんはどうして結婚しようと思ったの？もっと遊びたいのかと思ってた」
「いやーまあ俺もそう思ってたんだけどなあ…。この人の期待に応えたくなったってところかなー？」
「へえ……………」

それは私の知らない兄の顔があった。
そうか、この人もそういう気持ちがあったんだなあ。

兄は、父と母の子で、私の兄だ。私はそんな兄しか知らない。
兄は、ずっと昔から自由奔放にやりたいことをやりたいようにやって生きているように見えた。

でも、今では営業マンの顔でもあるし、彼氏の顔もあり、次は旦那さんの顔になっていくのだ。
彼にとってそれは自然なことかもしれないけれども、
私が知っている兄はどこまで行っても兄でしかない。

端的にいうと、とても違和感があった。

「んだよ、なんか言ってくれよ。恥ずかしいじゃんか」
「ちょっと寂しくなるなって…。こうやって大人になっていくんだなあ」
「いやいや、俺からしたらまだまだお前は子供だって」

兄も、私のことは父と母の子で、妹だ。
兄からしたら、きっと私は兄の妹でしかないのだ。

「でも、私だって彼氏と結婚、ちょっと考えてたりするよ？」
「え？そうなの？でも、そりゃそっかー。なんか感慨深いな…」
「だから、オリーブが美味しいの」
「なんだそりゃ」

小さかった時のことを思い出す。
手を繋いで一緒にお使いに行ったこと。
ゲームを買ってもらいたくていい子にしてようと2人で約束したこと。
近所の子に意地悪をされて、兄が仕返ししてくれたこと。

もう、ずっと遠い昔になってしまったのだ。

「でもさ、お互い結婚したら、どんどん家族が増えるんだぜ。そう考えたらなんかすげーよな」
「…うん。確かに、うん。そうだね…！そっか、みんな家族になっていくんだね…」

でも、私が知らない兄がいるのは当たり前だ。
大切な人の大切な人が増えるのは、嬉しい。

「な。なんか、いいよな。だからお前もさっさと腹くくっちゃえよ」
「お父さんとお母さんも、こんなこと思いながらオリーブを食べてたんだね」
「ま、きっとワインがメインなんだろうがな」
「ふふ。そうだろうね」

かつては味わえなかった味を、じっくりと噛みしめる。
やっぱり、オリーブは美味しい。美味しくなった。

「……兄ちゃん、結婚おめでとう」