【拾い物:場所失念】浅野いにお
生きづらさの原因が繊細さや環境ではなく、単純に、シンプルに仕事ができないからだった各位!元気ですか。
文章をご覧のとおりゼロ年代終わりとか2010年とか、それくらいのだったと思う。当時、メインカルチャーには元々参加できておらず、逃げた先のサブカルチャーのドロドロした闘争と冷酷さにも適応できなかった俺にはよくよく刺さったのを覚えている。
俺の生きづらさは、憂鬱さや自意識とかではなく、単純に「仕事ができない」「プライドが高い」というどうにもコンテンツ性のない(阿Q正伝か精々山月記くらいにしかならない)要因だったことに気づいたころだった。
結局就職して、仕事場が今のところ一番居心地がよい。雑務は苦手だが専門性と体力、それを踏まえたそれっぽい文章を書く力でなんとか飯を食えている。ビジネスライクな関係がこんなにラクなものだとは。(もしかしたら同僚には好かれていないかもしれないけど、上や下とはなんとかやっている。つもり。良い評価もいただいている。そこらへんは持ち前の鈍感さでどっこいおむすび君)
どこで見つけたんだろうか。多分はてな匿名ダイアリーとかだと思うんだけど。
【以下本文:ここだけ読んでくれ】
「自分には何かが欠落していて、それを埋めるために漫画を描いてる」
と浅野は書いていた。読者も自分の中の欠落したものを埋めるために彼の漫画を読むのだろう。
だがその欠落したものとは、実は欠落したままでも人生にほとんど影響がない。
それは絶対に硫化水素や秋葉原トラック無双にまで至らない、安全装置のつきの欠落にすぎない。
人格が壊れない程度の安全な範囲で悲劇を消費している。
浅野はこの漫画がすごいに選ばれた作者だし世間では人気があるようだ。
twitterなどでも彼が中高生から絶大な支持を受けている様を観察できた。だが僕は浅野の漫画が大嫌いだった。
自分でもその理由がわからなくてなぜこんなに嫌いなのか不思議だったのだが先日雑誌で彼の新刊のレビューを読んでその理由がストンとわかった。
その雑誌のレビューには「昔の彼女とヤってしまったような、若者なら誰でも持っている憂鬱さ」が浅野の漫画に通低してるという趣旨だった。
あぁ、僕はこういうファッショナブルな憂鬱さが大嫌いなのだ。こういう憂鬱さを感じられる若者は彼女をつくることができるという、人格が壊れない程度の安全な範囲で悲劇を消費している。
といっても僕は30で彼女いない暦年齢といった危険な範囲の悲劇を経験しろ、といってるわけではない。そんな経験ができるのはある意味限られた人間だけだし、不幸なら不幸なほどエラいという認識も好きではない。
ならば浅野の漫画の何がムカつくのか?
「自分には何かが欠落していて、それを埋めるために漫画を描いてる」
と浅野は書いていた。読者も自分の中の欠落したものを埋めるために彼の漫画を読むのだろう。
だがその欠落したものとは、実は欠落したままでも人生にほとんど影響がない。それは絶対に硫化水素や秋葉原トラック無双にまで至らない、安全装置のつきの欠落にすぎない。にも関わらず浅野や読者が自分の(爪の垢くらい取るに足らない)欠落へとナルシスティックに"耽溺"している様がたまらなく気持ち悪いのだ。
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