【小説】バイキンを叩くゲーム
明日彼が来れない、とわかったときから、私の足は使命感のようにゲームコーナーを目指した。普段敬遠するこの場所は、ひたすらに雑多返して、馬鹿みたいに音量が大きくて、娯楽にのめりこんでゆく人間臭がたちこめている、気がする。今は別に気にならなかった。どころか、苛立たしい腹の内の置き所がここであるかのようにぴったりとはまった。隅から隅まで探し、探し、儲けのない賭け事からUFOキャッチャー、プリント倶楽部までぐるりと回り、ちゃちなバッティングセンターで空振る子供を覗き込んでから、ようやく見つけた。それは幼年児向けヒーローの立ち並ぶコーナーの壁際に静かにあった。か弱い力でのみ叩かれ続けたバイキンマンは、生まれた月日に対してまだ傷が浅い。隣でアンパンを模した車に乗り込む親子をものともせず、私はその場に荷物を置き、電子マネーで100円を払った。いっときの暴力も100円で買える時代に生まれて良かった。難易度のボタンを選べと急かされるからむずかしい、を連打するのに反応がない。隣のふつう、を押しても同じ文句を繰り返すばかりで、ボタンを押してね、ボタンを押してね、が嫌になった頃、うんざりしてやさしい、を押すとすぐにゲームが始まった。ハ行のみの快活な笑い声も耳に入れず、出たり引っ込んだりする人形を片手のハンマーでぼこぼこと力任せに殴った。穴ぼこに戻った奴ですら上から叩いた。幼年コーナーにそぐわないスプリングの音が響いたときだけほんの少しためらったが、その戸惑いにも関係なく右手は乱暴に動いた。
結果はよくできました、の代わりのもう無理~、ではなく、ふたつめのなかなかやるな、だった。やさしい、にしてよかった。私は武器をひとつしか使わなかったが、左手にあるふたつめの武器も使用すればもっと成績がよかったかもしれない。しかしただの暴力に成績は必要なかった。おまけが出てくるよ、と機械は言う。のぞくと、誰かが忘れていったであろうものとあわせ、ふたつ分のカプセルがあった。通常の四回りほど小さい容器の中身は薄っぺらいシールで、容器代とシール代のどちらが上だろうかと考えた。前に遊んだ子が忘れていったのか、置いていったのか。後者に同業者の空気を感じとって、私は少し心が浮いた。
ふたつの球を鞄につっこみ、私は立ち上がった。彼に作るはずだった下味のついた肉は、今日全部使ってしまおう、と、野菜やお菓子やちょうどきれていたストックたちを買いに、私は歩いた。