【小説】時計台、透き通る青【ツルギ、モニカ】
☆さくらいうみべ(@umibe_ghost)さまのツルギさん、モニカちゃんの二次創作です。(※妄想捏造注意)
本家様の小説も絵も素晴らしいので是非。
☆ ☆ ☆
教会の時計台から、静かな海を眺める。
徐々におかしくなっていくこの国とは違って、透き通るような青が空一面に広がるこの景色に、自虐なのか崇拝なのか、俺は時々目が離せなくなる。
それが鏡面のような凪の水面に映し出されて、ふと、自分が消えてしまうような感覚に陥った。
透明な世界にひとりで佇む、ちっぽけな自分が脳裏に浮かぶ。救おうとした命たちは、あまりにも無惨に手をすり抜けていった。強くも大きくもないこの両手では、目の前の、ほんのわずかな何かを掴むだけで精一杯だ。
もちろんそれすらも、気を抜けば簡単に落としてしまうのだが。
青。蒼。碧。いや、例えるならこの色はやはり、ブルーなのだろう。
くゆらせた煙草の煙だけが、遠い空に曇りを入れていった。
「しっ、しょっ、うっ!」
「ん?」
何回言えばわかるんですかーっ! とモニカが叫ぶのが聞こえて、渋々後ろを振り返る。どこから勘づいたのか、荒い息をあげた少女が俺を睨みつけていた。ひとつしかない階段を、急いで駆け上ってきたのだろう。彼女が、ふう、と呼吸を整える。
「ここはエカイユと違うんですから、煙草は控えてください!」
子供たちに悪影響ですから、と凜とした佇まいで俺を見つめる。
「だからわざわざ時計台まできてるんだろ。あいつらがいる広場で吸うよりはいいんだから」
「そういう問題じゃありません。第一喫煙は体に悪影響なんですから! 早死にしたって知りませんからね」
そう言ってするりと俺の指から煙草を奪い、懐から出した布きれで火を消した。じゅ、と最期の音が彼女の手の中に消える。
「モニカ」
「はい?」
「お前って、かわいい顔してるよな」
は、だか、うあ、だか、聞き取れない言葉と共に彼女が硬直した。その顔は不自然に歪み、笑っているようにも、困っているようにも見える。そして何より、顔中が林檎のように真っ赤に染まっていた。
「急に何ですか! そんなこと言っても煙草はあげません! あげませんからね!」
「……ダメですかぁ」
本当は煙草の残りも、常に持ち歩いているライターもポケットに入っている。それでも、その少女のようなあどけない表情の前では出す気がなくなってしまった。
モニカは変わらないなあ、と小さくひとりごつ。案の定聞こえていなかったようで、なんですか? とまだ赤い頬を膨らませて俺を見上げる。
妹がいたらこんな感じだろうか、と頭を巡らせながら、質問に答える代わりにほくそ笑んでみせた。
「……2区で、何かが起きはじめている」
急にトーンを落とした俺の言葉に、彼女がはっと息を詰める。
エカイユから次々に人が消えているのは、彼女も承知のことだった。この静かに襲いくる確かな驚異とその事実に、某かの関連を疑うのは当然だろう。
もちろん今までも、エカイユからの脱走者なんていくらでもいた。しかし今回は違う。短期間のうちに、消息を絶った少年たちがあまりにも多すぎる。
「あまり考えたくないんだが」
内通者、とぼそりとこぼすと、モニカはひどく悲しげな表情で俯いた。きっと、師匠と呼んで慕うほどの俺が、罪のない子供たちを疑っているのに失望したのだろう。
ニコチンが欲しくなって、密かにポケットに手を滑らせた。ごめんな、と思う。思うだけなら簡単なんだ。いつも、何もかも。
「私は」
彼女の声に、ぴたりと手を止める。
「私はそれでも、あの子たちを信じる。……だって、師匠の子たちだもの」
そこにはもう、悲痛も失望もなかった。ただ純粋に、したたかに、俺を見つめる視線だけがあった。
潮風が、高台の窓から背中に吹きつける。さっきまで凪いでいたはずの海が、急に動きはじめていた。
「……俺をあまり買い被るなよ」
そう言って、ポケットからするりと手を抜く。
「あ、だから煙草は……」
また口を尖らせようとする彼女の頭を、そのまま掌でやさしく撫でた。ひゃ、と思っていたより高い声が出て、かわいいな、と無意識に心の中で呟いていた。お世辞や下心なんかじゃなく、ただ、本心で。
日の光に輝くブロンドの髪を、そのまま指先でなめるように触れたくなって、あわてて手を引っ込めた。間髪入れずに、煙草の箱へと持ち変える。
「あ……だから、その……」
彼女は少しの間、悩むように口を結び、今日だけですからね、と不服そうに言った。そのまま顔を逸らす彼女の、寸前に見えた青い瞳が、少しだけさびしげに潤んで見えた。
細い煙を空に流しながら、再び窓枠に頬杖をつく。しんとした静けさに包まれていたはずの海面に、さざ波ができていた。
それらが揺れるたびに、きらきら、きらきらと、眩しく光を反射する。俺には似合わない輝きだ、と曇った息を大きく吐く。視界をかき消すように、何度も何度も煙をふかす。
それでも今日は、見慣れたはずの景色が、脳裏に焼き付いて離れなかった。
「……絶対絶対、いつか禁煙させてみせます」
「うん。まあ、頑張って」
それはまるで、彼女の瞳のようだった。
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