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【小説】やさしいレンズ①

 帰りの電車の中で、僕は一枚のプリントを握りしめていた。夏休み前に応募したコンクールの結果が帰ってきたのだ。あまり大きくはないものだったが、部員のほとんどが入賞し、中でも部長は優秀賞をとって、先生を喜ばせた。例年の中でも素晴らしい成績だった。
 しかし僕はため息をついた。何度見直しても、「優人」の二文字だけが見あたらない。僕はこの部活内で唯一の、選外だった。
 電車を降りると、突然まばゆい光が視界をさえぎった。カメラのフラッシュだ。持ち主を見やると、小学生くらいの少年がデジカメを構えていた。
 無視しようと思ったが、少年がもう一度シャッターを切ろうとするので、つい止めてしまった。
「おい、何やってるんだよ」
「えっ、写真撮ってるんだけど……」
「それはわかってる。……ちょっとカメラ貸して」
 半ば奪い取るようにカメラを借りて、僕はそれをいじりだした。そして今度はフラッシュをたかずに、ぱちり、と一枚撮ってみせた。
「ほら。電車が撮りたかったんだろ?」
「うん。……わあ、お兄さんうまいね」
「まあな、これでも……」
 写真部だから、と口から出そうになり、慌てておさえた。たいした成績も残していないことを思うと、何だかきまりが悪かった。
「ねえ、次は僕も撮ってよ」
 僕は差し出されたカメラにためらい、また今度な、とその場を後にした。えー、と文句を言う少年は、なぜか香水の匂いがした。

「被写体が合ってないのねぇ」
 落ち込む僕に、先生は言った。
「優人くんは、景色とか、無機物に向いていると思うの。動物もいいんだけど、何か足りないのよね」
「でも僕、動きのあるものが撮りたいんです。生き物とか……」
「あー、それじゃあ、電車なんてどうかしら」
「はぁ……」
 それ、生きてないでしょうが。
 しかし、何かが足りない、というのは、実は僕も薄々気づいていたことだった。このうさぎの写真は、確かにどこか味気なくて、写りも角度も調節したのに、違和感を感じてしまう。だがそれがいったい何なのか……。
「わかんねぇよ」
 数学の宿題を前にして、僕はペンを置いた。横を見やると、大きなレンズがこちらを睨んでいた。僕は黒光りするそいつをケースにしまって、引き出しの奥に押し込んだ。

 次の日、僕はまた少年を見かけた。今度はベンチに腰かけて、いつになく真面目な顔でうつむいていた。それで話しかけるのをためらったのだが、すぐに、絵を描いているのだと気づいた。
「よう、少年」
「うわっ」
 少年は本当に驚いた様子で、慌ててノートを閉じた。声をかけられるまで気がつかなかったのだろうか。ページの端に、車体の一部がちらっと見えた。
 その閉じた表紙に「優人」の二文字を見つけて、僕はぎくりとした。
「お前、マサヒトっていうのか」
「え?違うよ」
 きょとんとする僕に少年は、ノートを指差して言った。
「ユウトだよ。ほら。お兄さん、漢字も読めないの?」
 そうか、確かにその読み方の方が一般的だ。自分の名前が当たり前すぎて、早とちりしてしまった。
「ごめん、僕の名前マサヒトっていうんだよ。同じ漢字で」
「へー、マサヒト?どうしてヤサヒトじゃないの?」
「え?」
「だってこれ、ヤサしいって読むでしょ」
 僕は子供の発想というものに感心した。不思議な所に気がつくものだ。
「優しい以外にも、優れている、優っている、っていう読み方もあるんだよ。それに、ヤサヒトじゃ恰好悪いだろう」
「ふーん」
 ユウトの相づちに合わせるように、電車の到着を告げるアナウンスが流れた。
「あっ、来た!じゃあね、ヤサヒトさん」
 駆けていく後ろ姿を見送りながら、僕は自分の名前について考えた。優る人で、優人――コンクールの結果を思い出して、唇を噛む。僕にはやはり、ヤサヒトの方が似合っているかもしれない。

(つづく)

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