【小説】かみさまの寵愛を【ハル、エデン】
★さくらいうみべ(@umibe_ghost)さまのハルくん、エデンちゃんの二次創作です。
(※孤児院でハルくんに恋するモブの子目線)
(※妄想捏造注意)
本家様の小説も絵も、素晴らしいので是非。
★ ★ ★
最近、あたしの世界がきらきらしている。
ほのかに芽吹きだした新緑はつやつやと光を浴びて気持ちよさそうだし、ちいさな、本当にちいさな蕾はぷるんとまるくて宝石みたいに見える。理由はきっと、あの子がやってきたから。
あの子はスケッチブックと鉛筆を持って、木陰によく座っている。その隣にはいつも美しいかみさまがいて、それがますます、彼の存在を祝福しているようだった。
色素の薄い肌と、どこか儚げな、まるでオニキスのような深く黒い瞳。図書室で宝石の本を見て、真っ先にこれは彼の目だ、と思った。けして光を通すことのない、魔除けの石は、彼の物憂げなまなざしにふさわしい。
あたしは騒がしい教室から中庭へ飛び出して、彼の元へと走っていく。
「ハル、あたしのことも描いて!」
彼は少し困った顔で笑い、かみさまの方にちらりと目配せをした。日の当たらない場所ですら青白く光るかみさまは、微笑みをたたえて彼を見返す。まぶしく輝く、純白の睫毛がゆっくり瞬きをする。それでようやく、彼はあたしの方へスケッチブックを向けた。
途端に、彼の黒い瞳がぎゅっとあたしを見捉えた。濡れているような瞳孔が、あたしを、あたしだけをじっと見つめている。
普段の穏やかな、やわらかい笑顔に反する真剣なまなざしに、あたしの心臓は発作のように鼓動を速める。
かみさまが連れてきた子。海から生まれた男の子。あたしが彼に出会えたのは、きっとかみさまの思し召しなんだ。
★ ★ ★
千切ったスケッチブックの1ページを手に、あたしは部屋のベッドに寝転んだ。二段ベッドの天井に、今日もその簡素な紙を貼りつける。
鏡ごしでは子供っぽさの抜けないあたしが、あの純粋無垢な視界を通すと、こんな風に見えている。そう思うと、うれしくて思わず口をむにゃむにゃと動かしていた。ふわふわと浮きあしだつような胸がくすぐったくて、明日が待ち遠しくてたまらない。
就寝前のこの時間、宝物だらけの漆喰を、あたしはうっとりと眺めていた。それから目を閉じ、両手をあわせる。
ーー絶えず祈りを捧げ、水のように澄んだ心を持ちつづければ、かみさまに愛されたその魂は全ての罪を赦され、永遠に滅びることなく生き続けられるだろうーー。
礼拝のために覚えた聖書は、復唱はできても意味がよくわからなかった。賛美歌も、シスターが教えてくれるから歌えるようになっただけだ。
それでも今、ようやくその意味がわかった気がした。絶えず祈りを捧げ、澄んだ心を持ちつづける。
かみさま、あたしとあの子を巡り合わせてくれて、ありがとう。
★ ★ ★
その日、彼は珍しくひとりで中庭にいた。中央にそびえたつ大樹を、その木の葉の囁きを、ただじっと見上げている。
瞳と同じ、真っ黒な髪の毛が、さらさらとそよ風になびく。まじりけのないそのきらめきがあまりにも綺麗で、しばらくの間呆けたように見とれてしまった。
それから、あ、と思いついて足を踏み出す。チャンスだ、と思った。いつもかみさまといる彼と、ふたりきりで話す機会なんてほとんどない。
あたしはぼんやりとしたままの彼にそうっと近づいて、話しかけるタイミングを伺おうとした。
「ねえ」
この世のものとは思えないほど清らかな声に、はっとして振り返る。
白く長い、上質な絹のような長髪が、透き通るほどに青白い肌を覆っていた。息が止まるほど美しい姿に、あたしは身動きがとれなくなる。
「かみさま」
「かみさまじゃないわ。エデンはエデンよ。……ねえ、何をしてたの?」
「あ……」
咄嗟に口ごもるが、彼女の前で嘘はつくことはできない、と直感した。かみさまの前で、偽りを言うことはけして赦されない。
「彼を、ハルを、見ていました。あたし、彼のことが」
「ハルのことが、何?」
ひゅうっと、冷たい痛みが心臓を突き抜けた。思わず両手で触れて確かめるが、そこには何も刺さってなどいない。ただ、つんざくような激痛があたしを蝕む。
苦痛に悶えながらかみさまのほうを見上げると、さっきまでの真珠のような輝きは失われ、氷河のように冷徹な視線があたしを見下していた。
「……2度とハルに近づくな」
ハルはエデンだけのハルなの、と淡々と言い放つ。
その人間味のない真っ白な瞳は、もはやあたしを見ていなかった。蔑んだまなざしが、しかし、よりかみさまがかみさまたることを確信させる。
あたしはいつのまにか、自然とその場へ跪いていた。それが当然であるかのように、ひれ伏し、両手を合わせて頭を垂れる。
「どうか、どうかお赦しを……」
かみさまが、また何かを言おうと口を開く。
「……あっ、ハルっ!」
続きがあたしの元へと落とされることはなく、かみさまの声は突然弾けるように明るくなった。
「エデン? どうしたの、こんなところで」
彼は不思議そうに、地面にいるあたしとかみさまを交互に見つめた。
かみさまは、ついさっきまでの、全てを凍らせるような冷酷さなど微塵も感じさせない満面の笑みで、彼を見つめ返す。花冠を作ってたの! と、どこかから、シロツメクサを結わえた輪っかを取り出した。
「わあ、綺麗だね。エデンによく似合うよ」
「本当? じゃあ、ハルにあげるわ」
えっ……ありがとう、と照れくさそうに彼が笑う。
それで気づいた。聖なる海から生まれ、かみさまに愛された、その魂。それこそが彼なのだと。
全ての罪を赦され、永遠に滅びることなく生き続ける。誰にでもやさしく、慈悲深く、自らさえも失ってしまいそうな儚げな雰囲気を纏う彼には、その資格がある。
かみさまの寵愛を一心に受けた、特別な存在。
「あっちのほうにもたくさん咲いていたの。ハルも行こう」
「わかった、わかったから、引っ張らないで、エデン」
手をつないで駆ける2人を眺めながら、あたしはいつの間にか涙をこぼしていた。あの子はーーエデンは、ほんものの、かみさまだ。
あたしたちには干渉することも許されない、特別な存在。
ーーまぶしいひかりに立ったとき、かならず影が生まれる。信じることをやめず、さすればかみさまが永遠のひかりの中へ連れて行ってくれるだろう。
あたしはしばらく立ち上がることができなかった。眩しい2人の後ろ姿が見えなくなるまで、いつまでもいつまでも、その場に膝をついていた。
このとき嗅いだシロツメクサの青いにおいを、あたしはけして忘れないだろう。
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