日本語だとGlycosylTransferaseとTransglycosylaseがどっちも「糖転移酵素」問題
概念の普及に適切な名前の設定は不可分なので、いつか解決したいです。この記事、ゴリゴリの専門家・専門分野の学生向けなのですが、webの海に残しておくのに意味があると思うので、ここに書き留めておきます。
概要
グリコシド結合(糖鎖の結合)に作用する酵素は、(1)結合を伸長する酵素、(2)結合を切断する酵素、(3)結合をつなぎ替える酵素、に大別されます(図)。英語では、(1)はGlycosylTransferase、(3)はTransglycosylaseと呼んで区別されていますが、日本語ではどちらもずーっと、「糖転移酵素」と呼ばれつづけている、という問題があるのです(注1)。GlycosylTransferaseは糖の鎖を伸ばすことが出来るのに対し、Transglycosylaseは糖鎖を伸ばすことはありません。
図 グリコシド結合の伸長(A)、切断(B)、つなぎ替え(C) ○は糖の単位、★は糖を活性化する基(ヌクレオチドとか)を示しています。
機能と利用
GlycosylTransferaseは生物の体の中で主に糖鎖を作ることに貢献しています。Transglycosylaseは、例えば、澱粉のような安価な糖質から、シクロデキストリンなどの各種オリゴ糖や難消化性デキストリンなど、産業上に有用な糖質を作るのに使われています。
分類
GlycosylTransferaseはCarbohydrate-Actie enZyme (CAZy)というデータベースではGTという酵素クラスとほぼ同じで、Transglycosylaseは糖質加水分解酵素(Glycoside Hydrolase, GH)というクラスの中の一部の酵素のことです。
反応機構
両者の反応機構は本質的に異なり、GlycosylTransferaseは活性化された糖化合物が供与体となるのに対し、Transglycosylaseは、加水分解酵素で本来は水が結合する場所に、糖が結合しやすくなっていて、結果的に鎖のつなぎ替えが起こる、というものです。
とりあえずの結論
本質的に異なる両者を日本語で区別する用語がないのは、専門家として極めて不便です。先日1章を書いた糖化学の教科書ではGlycosylTransferaseを「糖転移酵素」、Transglycosylaseを「トランスグリコシラーゼ」と書いてお茶を濁しましたが、できれば近いうちに専門家が集まって、適切な用語を設定したいものです。
トップの絵の説明
左がGlycosylTransferaseの一種のTDP-epi-Vancosaminyltransferase GtfA (GT1, PDB ID: 1PN3)、右がシクロデキストリンを作る酵素のシクロデキストリングルカノトランスフェラーゼ (GH13, PDB ID: 1CYG)。右の酵素は大阪大学の蛋白質結晶学の泰斗、勝部幸輝先生のグループが構造解析したもので、私たちの豊かな食生活を陰で支えています。
注1:ちなみに糖鎖の結合を切る(2)の代表は糖質加水分解酵素(Glycoside Hydrolase, GH)。多糖リアーゼ(Polysaccharide Lyase)や溶解性多糖モノオキシゲナーゼ(Lytic Polysaccharide Monooxygenase, LPMO)なども(2)の範疇に入るでしょう。ここらへんを詳しく語りだすとキリがないです。