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174年越しのアマビエ
これは、今朝僕が描いたアマビエです。
Twitterでアマビエ・絵描きリレーが回ってきたので、アマビエがなんであるか知らないままに、見よう見まねで描きアップ!すると、このあとNHK「日曜美術館 〜疫病をこえて 人々は何を描きてきたか〜」でアマビエがとりあげられますよ〜!とリプライで教えてもらいました。
一番のホットワードだったので、さっそく拝見することに。テレビをつけたら、ちょうどアマビエ・コーナーでした。
興味深く拝見しました。正体がわかりましたので、ひょっとして知らない方のためにも、ここに簡単にまとめますね。
アマビエは、江戸時代後期、肥後国(熊本)で突然、海の中から現れた。そこにいた人々に対して、「私は海に住んでるアマビエといいます」と名乗り、「これから6年間は豊作が続くけど、疫病も流行するでしょう。私の姿を描き写した絵を人々に早く見せなさい。」と予言めいたことを告げ、海の中へと帰って行った。そのことは古い瓦版に挿し絵付きで描かれていた。後に、アマビエの名は江戸まで伝わることとなった。
こんな感じでした。
番組を見ながら、174年の時をこえて、現代を生きる人々にも伝わった(僕に関しては"いま"伝わっている!)っていうのは、なんかすごいな!とちょっとしみじみ…。
もっとも印象に残ったのは、「瓦版にはアマビエの姿(を描き写した絵)を人々に見せることでどうなるかということまでは書かれていなかった」というところ。
アマビエは自分の姿を見せることの意味をあえて言わなかったのかもしれないし、言い忘れていたのかもしれない。
ほんとは言ったけど、人々が混乱するのを防ぐために役人があえて瓦版に書かなかった可能性もゼロではありません。
真相のほどはわかりませんが、どう捉えるかはその人に委ねられていた、というのはたしかです。(174年の時をこえて、いまアマビエを見せられた僕たちがどう捉えるのか、とも言えると思います。)
「"アマエビ"が喋ったの!?なにそれ笑 ええ、わたしも見たかった〜。」
と笑うのか、
「そうか、疫病というのはいつ発生してもおかしくないんだよね。むかし、おばあちゃんから聞いたことあるなぁ。考えたくないこと、想像しにくいことはつい目をつむりがちだけど、いつなにが起きてもいいように用心しておかなくっちゃ!具体的に何をするって、いまはわからないけど、こう意識を芽生えさせてもらえただけでもありがたいわ。アマビエさんに感謝しなくちゃ!」
と思うのか。
正解はわかりません。
細かいことをいえば、疫病が広まってからアマビエを見せられたという点では、当時の人々のアマビエとの向き合い方とは、ちょっと意味合いが異なるとも思います。
では、いまアマビエと向き合って、僕たちはなにを思うのか。これもきっと人それぞれなんでしょうが、僕はこんな感じでした。
1日を早くコロナが終息することを願い、その為に自分たちのやれることに集中するとともに、何十年先に"いま現実に起きていること"を決して忘れないようにしよう!!
…とくに忘れっぽい人間なので、忘れてもいつでも思い出せるように。
遠く離れた場所のことも身近に起きていることも、自分の心の状態も、市井に生きる人の一人として言葉を書き記しておこうと、思いを新たにした今朝のアマビエでした。
ほぼ日手帳も、noteもフル稼働です。
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