once upon a time|ショートストーリー
何処からか、あたたかな風の音がする。
目を開けるとそこは一面の黄金色の草原だった。
寄り道をして帰ろうと、いつもの道から一本逸れたこの場所は何処だったろうか。記憶にない、この場所に私は細やかな疑問を浮かべ、祖母が昔話していたとある場所のことを思い出していた。
それは「風」の生まれる場所がある、という話だ。
祖母は幼かった私に、そっと内緒話をするように、その風の生まれる場所の話をしてくれたのだ。
その場所は普段、なんの変哲もない草原らしい。
けれど時折、そこで「風」は生まれ、世界中に旅をしに行くというのだ。
黄金色の草原が波打つ、その美しい音は「風」という言葉にぴったりだった。
皮膚を撫でる草の感覚、土と草木の乾いた匂いに、私はどこか心が凪でて行くのを感じていた。
空を見上げると黒い渡鳥の群れが、暮れ始めた空を旋回している。草を両手でかき分けながら、風でふくれるワンピースの裾を足に巻き込み、何処とも知れない場所へと歩く。革の編み上げのブーツは泥で汚れてしまった。
それは一瞬の出来事だった。
背後から大きな鳥のように向かってくる風の音に振り返ると、まるで生き物のように黄金色の草原が波打ち、あっという間に私の両脇を通り抜け、被っていた麦わら帽子を空高くに攫っていった。
一瞬その風が通り過ぎる時、何か生き物の羽が見えたような気がして、帽子が飛ばされた眩しい空を見上げる。私は目を細めた。
ここがきっと「風」の生まれる場所。
瞼を閉じる。
そうしてまた、音が聞こえてくる。
それは大きな鳥のように、草原を自由に大きく羽ばたき、空へと飛び立っていった。
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