《小説》自殺志願者(短編)2023127



今日は自殺を諦めた。

歩き出してみれば冬は寒いし手すりはさらに冷たい。階段を登りきって扉を開けると澄んだ空が広がっていた。乾いた空気と眩しい日差しにもてなされて私は屋上に入場した。

死にたいから死のうとした。財産のほとんどはもう誰かにあげてしまったし、今更躊躇してもどうすることもない。だから死のうとあの屋上に来た。室外機と車の音がうるさい。でもそれが良かったのだ。

そう、屋上からの景色はとても良かった。さっきまで自分が歩いてきた道が見える。下から見る街並みとはまた違う景色だね。天使は毎日この光景を見ているのだろう。なんだか既に死ねた気がするし、5分前の私とはまるで違う何かに生まれ変われた気分だ。
空を見上げると鳩が飛んでいた。ひらひらと優雅に空を飛んでいた。そして次第に高さを失って、軌道は目の前の公園の木に落ち着いた。あそこに巣でもあるのだろうか。

その公園には子供が1人とその親がいた。子供は毛糸の帽子に手袋と随分と暖かそうでした。滑り台から滑る姿を凛々しげに母親に見せていた。飽きたのか、今度はブランコを目指して走り出した。母は公園のベンチに腰掛けながら、娘を目で追っていた。

近くから低い不気味な鳴き声がして、その姿を探した。その公園の大きな木の下に大きな犬がいた。速くて黒い犬だった。いきなり走り出して、その数秒後には子供に襲いかかっていた。簡単に血が出て地面を飾った。その時には母も犬につかみかかっていた。母は子供を犬から奪って抱きかかえた。そして黒犬は獲物を取り返そうと母親のももに噛み付いた。すぐに母は倒れた。丸まって我が子を庇っていた。五分もした頃には犬は諦めてどこかえ消えてしまった。母の手がわかずかに動いていた。辺り一面が紅葉だった。

この時の私は、可哀想だとかおぞましいとかは思いはしなくて、ただ目の前で起こる成り行きの結末に飢えていた。

もっと近くで見たくなったから近くで見ることにした。だから、今日は自殺は諦めた。僕は屋上を後にした。



公園についた。先程まで僕がいた廃墟の屋上が見える。はるか遠くにあるようで実際は2分も掛からずに行来できる。空は少し濁っていて今にも雨が降りそうだ。その時はまだ母は息をしていて僕の足元で何か呟いていた。だからしゃがんで声を聞いてみることにした。

今際の際、母親が口にしたのは娘のことだった。切に懇願していた。僕みたいな底辺が今では誰かに懇願されている。僕は嬉しかったからその子の手当をしてあげることにきめた。

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