【連載】 第5回 進路はざっくり決めて、迷いながら進む (話し手:チカツタケオ)
村上春樹さんの『騎士団長殺し(新潮社)』をはじめ、湊かなえさんや東野圭吾さんなど著名な作家の装画(表紙の絵)、雑誌・文芸誌の挿絵など、数多くの素晴らしい作品を手がけるフリーランス・イラストレーター、デザイナーのチカツタケオさん。今回はチカツさんのお仕事のこと、ご自身が描きたい絵のこと、ピンチの切り抜け方、今の若いクリエイターたちに伝えたいことなど、たっぷりとお話を訊いてきました。
第5回 進路はざっくり決めて、迷いながら進む。
チカツ
イラストレーションは、イラストレーションで面白いけれども、そこだけで終わっちゃう可能性があるから。日々忙しいだけで何にもできなくて、村上春樹さんや湊かなえさんの仕事をやったからいいね、って。それは…
末吉
確かに、それは違いますよね。
チカツ
村上春樹さんや、湊かなえさんが偉いわけで。
末吉
う~ん、なるほど。
チカツ
たまたまデザイナーさんが、運よく仕事を振ってくれただけで。僕は、ただそれに応えただけの人間だから。ある意味、僕の本当の成果と言えない気がするんです。小説家さんとかは、自分の中から発振して作品を生み出していて。
末吉
自分の中から発振して作品を生み出す…
チカツ
小説を発表して褒められようが、ボロクソに言われようが、自分が全責任を負ってやっているわけです。もちろん出版社や関係者にも売り方や表現のチェック等で責任が出てくる部分もありますし、僕の関わる表紙も販売に影響はあると思いますが、装画やデザインはあくまでパッケージだから、1つの商品、作品としてはやっぱり、小説の内容が重要なわけで。
ものを創る人として、著名な作家さんの仕事をやったからいいねってだけでは、やっぱり寂しいのかもしれませんね。
というのも、20代の頃に理系から方向転換して「こういう方向へ行きたい!」って思った気持ちからすると、「自分は、このままでいいのかな?」と思うことがあるんです。
末吉
なるほど、そうなんですね。それでチカツさんはいま、少しずつ舵を切り始めている感じなんでしょうか。
チカツ
「やるか、やらないか」だけの問題かな。
末吉
「行く!」って、自分で決断するかどうかということでしょうか。自分の世界を創ったり、自分で何か表現したいものを、依頼ではなく自分から出していくっていう。どうしてチカツさんは、「行く!」と決めることができたんですか?
チカツ
そこは、いま思うと思い切ったことしたなぁって。フランスに行く前は、仕事も順調で年々収入も増えていたし、会社にして、もっと収益を上げていくという生活を取るか、今の仕事を一度整理して、絵を模索して描いていくかという選択肢があって。フランス行きを選んだ。
( '06.9〜'08.2に滞在した南仏Aix en Provenceの風景写真 )
末吉
そのときチカツさんは、少し体調が悪かったんでしたっけ?
チカツ
それはね、ちょうど青山塾に通っていたあたり。
末吉
あっ、そのときですか。時期はちょっとずれる?
チカツ
同じくらいの時期です。フランスに行った理由のひとつは、体調不良のこともあったので。下っ腹のところがずっと痛かったから、いろんな病院に行ってMRIやCTを2回ずつ撮ったんだけれども、そこは何も臓器がないところだって。
末吉
えっ、何もわからない?
チカツ
そう、全然どこも相手にしてくれない。ちょうどその頃、僕がお世話になったこの業界の親みたいな存在のデザイン事務所の社長二人が、40歳代で二日続けてガンで亡くなって。一人は小腸のリンパガンで、下っ腹あたりが痛かったらしいんですね。それもあって、「いつ自分も死んじゃうかわからない」って思ったのかな。やりたいことは、今のうちにやっておかないと先はわかんないなって。
末吉
そうか。それで、もうガサッと仕事を一旦手放して、ガラリと舵を切ったんですね。
チカツ
そういうことがなかったら、たぶん根が臆病な僕はフランスに行ってないと思います。
末吉
なんだか不思議な話ですねぇ。フランスに行く前、仕事を辞めたときは怖くなかったんですか?
チカツ
体調があまり良くなかったから、会社にして収益を上げていくことより絵に傾いた。それこそ、20代の頃に「絵が描きたい!」って熱い気持ちを持って絵の方向にきたのに、当時はデザインの仕事が大半になっていて、仕事自体は面白かったけど、仕事で消耗するようなことをずっとやってた。「えっ、このまま死んじゃうの? それなら、やっぱり絵がやりたい!」って思って。
末吉
あー、そうか。なるほど。
チカツ
そういう疑問を持っていたタイミングと、お世話になった社長が二人同時に亡くなったタイミングが重なって。
末吉
そうでしたか…。それで「あ、これは」と、決めたという。
チカツ
自分もいくら検査しても痛みの原因もわからなかったから。
末吉
でも、それがあったからこそ、チカツさんは今に至っているんですよね。今が100%なのかっていうと、チカツさんの中ではそうじゃないと思いますが。その決断でガラリと変わったってことですよね?
チカツ
舵を切るかどうかって意味では、高校時代のときにも「このまま死んじゃうかもしれない」って思ったことがあって。
末吉
どんな体験だったんですか?
チカツ
高校時代に腎臓を悪くして、ビタミン剤も含めてですけど、酷いときには1日36錠くらい薬を飲んでいたことがあって。そうなると、人間らしい生活にならない。腎炎だったんだけれども、10代の自分からすれば名前のつく病気になって、病院に入院して検査をするような。
末吉
えっ、そんなときが…。
チカツ
健康なときは高校卒業したらどこでも就職すればいいやって。親は「大学に行け!」ってうるさいから、若いから逆に反発して「大学なんて行かない!」って。身体を壊しちゃったら、そうもいかないなって。それで将来どうしたらいいか、考えるようになったかな。
どんどん薬漬けになるし、運動もしなくなるから体力は落ちていくし。でも、そういう時期がなかったら、理系の大学から美術系に進もうなんて思わなかったかな。
( 青山塾時代の習作 )
末吉
卒業後は、一般企業に就職していたかもしれないってことですよねぇ。
チカツ
あの頃も、高校の同級生だとか周りで人が亡くなって。迷いながらも、とりあえず親のためにという言い訳で、どこでもいいからって普通に理系の大学に行っちゃって。当時、どうしたいとか目標もなかったから。「疲れには気をつけろ」って医者から言われても、徹夜で麻雀していたりだとか。
一度徹夜明けにものすごく疲れて布団に横になったら身体がふわふわしてくるし、今まですっかり忘れていたことを次々思い出してきちゃうし、「もしかして俺、このまま死んじゃう?」って思ったことがあって。目が覚めたときに生きててほんとによかったって。やりたいことをまだ何もやってこなかったなって。
末吉
今までは自分がやりたいことを、何もやってこなかったと感じた?
チカツ
そうですね。単純な妄想や思い込みだとしても、そういう経験がなかったら、僕なんかは勇気がある方じゃないから逃げていた気がします。人生が大きく変わることは、なかったんじゃないかな。
末吉
何かの「メッセージ」だったのかもしれないですよね?
チカツ
死ぬことがとても怖かったから、勝手に自分の中で恐怖を感じて。「このまま死んじゃうんだったら、今のうちに何かやらなくちゃ!」って思って。
末吉
2度のターニングポイントがあったって感じなんですね。
チカツ
そうやって今、過去を振り返ってみると、人一倍腰の重い人間がよく決断したなって思います。
末吉
いやぁ、怖いですよね。普通に考えたらその選択って。ターニングポイントやタイミングっていうところでは、ライフワーク的なお仕事。「職人さんの道具の絵」や「靴の絵」を描くっていう。そのタイミングなのかなっていうのは、いま感じているってことですよね?
チカツ
そこは、現状でまだわからないですね。タイミングなのかどうかは。
末吉
仕込み中という感じですか?
チカツ
仕込みというよりは、元々そういうことをやりたかったから。それが今、イラストレーションの仕事もやりつつ…
末吉
段々シフトしていっている?
チカツ
同時進行ができる状態になってきているから。またちょっと、自分のやりたい方向に無理矢理もっていこうとしているというか。
末吉
あー、そうか! これは、ご自身でわかっているんですよね? わかってきてるっていう。
チカツ
たぶんね、僕の場合は常にそうで。どこかのデザイン会社で働いていたとしても、ルーティングワークになってそこで学ぶことがなくなると「あれ、これでいいのかな?」って。
続けていることに成長を感じなくなると、居場所を変えたくなるんです。家もそうかな、うちは引っ越しが多くて、なんか空気が濁ってきたなって感じて、引っ越しすると物事が上手く回り始める。
末吉
居場所を変えたくなる?
チカツ
本当はそろそろ写実の絵も飽きているのかもしれないけれども、「やりたい!」と思っていたものがまだ完成していなくて、とにかく完成はさせたい。完成させないとただ投げ出すのと同じになっちゃうから、「やらなきゃ」っていう焦りからやっているだけで。でも、写実の絵が自分の中でやりきったとなったら、もうすっかり写実の絵は辞めちゃって、違う表現方法を探しているかもしれないですし。
( 青山塾時代の習作 )
末吉
なるほど、そういうことですね。
チカツ
僕だけじゃなくて、みんな同じようなものじゃないかな。でも人生は限られてるから。
末吉
いや、ほんとに。そういう中で、揺れ動きながら進んでいるのだと思います、僕もみなさんも。
チカツ
今の時代の人って、若いうちは選択肢が無数にあるから、若い時代に決めにくいんですよね。決めかねているうちに年齢が上がっちゃって、行く方向がどんどん塞がっちゃう。自分は歳は関係ないと思っても、周りはそう見てくれないから。
それを考えると、早めに覚悟を持ってひとつの方向を定めて、その道で迷いながらも進んだ方がいいような気がします。
末吉
ざっくりとは方向性を決めて?
チカツ
そうですね、西に向かうのか東に向かうのか、方向性だけは決めて。僕の中では、20代からその辺のことはあまり変わっていないかな。
末吉
なるほど。昔からそうだったんですね。
チカツ
軸の部分がずれそうになると、また戻してってやってきただけだから。もうね、生涯でやりたいことが、決まっているのかもしれないけれども。でも本当は若く気力も体力もあるうちに、できれば一気にやりきっちゃう方が、逆にゆくゆく違う方向にも拡がりが見えてくる気がします。
末吉
いやぁ、確かにそうですね。
チカツ
以前、西岡文彦(ニシオカ フミヒコ)さんだったかな? 確か「ピカソは本当に偉いのか」ってタイトルの講演を聴きに行ったことがあって。宗教にすがる時代があって、王政時代には「王様」を信じて、人はそれに従って生きてきた、と。
でも、現代はそういう生きるための指標が無くなって自由になってしまったから、何のために生きるかっていったら、書道なり柔道なりでいう「道」みたいなものを各自が見つけて生きていくのがもしかしたら幸せなんじゃないかって。確かそんなようなことを話されていました。
( 『それぞれの生き方』と名付けられた作品 )
末吉
なるほど、「道」ですか。チカツさんにとって「道」って、言葉にすると何でしょうか?
チカツ
上手く言えないなぁ。絵を描くことを通して自分をどこかに導いてくれる光みたいなもの? 絵を通して生きることも含めた自分が信じる指標みたいなもの? 大げさだけど自分のための自分の宗教? …なのかもしれません。
…分からない。言葉にするのは難しいけど自分に置き換えるとそういうことなのかなとそのときは共感しました。
末吉
経験したり考えたりしながら、自分の中で見つけてきたいろいろな大事なことを、チカツさんの場合は絵として何か回答として出すってことですか?
チカツ
それもひとつかもしれません。
( つづきます )
【 profile 】
チカツタケオ
デザイン事務所数社に勤務の後'98年よりフリーランスイラストレーター、デザイナー。'06年青山塾イラストレーション科修了。’06年9月〜'08年2月南仏Aix en Provence滞在。’07年ザ・チョイス年度賞優秀賞。'09年第8回TIS公募金賞。