【第2回】 何度読んでも味わえるエッセイの書き方。 (話す人:浅生鴨さん)
元NHK職員であり、現在は広告企画制作を手がけつつ、『伴走者』や『猫たちの色メガネ』など幅広い作風の物語を書く小説家でもある浅生鴨さんの初のエッセイ集『どこでもない場所』が左右社から出版されました。かもさんのご好意で取材の機会をいただきました。
個人的には、本を読んで不思議な世界に迷い込み、話を聞いてさらに迷いの森の深くへと踏み込むこととなりました(笑)。しかし内容は、主体性のない人生の楽しみ方や受注体質の人のための仕事の流儀をはじめ、文章の書き方のお話にまで広がり、読み応えのあるものになったと思います。お楽しみいただけると嬉しいです。
第2回 何度読んでも味わえるエッセイの書き方。
末吉
あらためて、「これ、全部ほんとにあったことなんですか?」って疑っちゃいたくなるお話ばかりですよね。
浅生
その浮遊感がおもしろいっていうか。嘘と現実のあいだぐらいっていうか。もちろん本当にあったことで、本当に体験したり見聞きしているんだけど。
たとえば、三人が言ったことを一人分にまとめていたり、物事のなかからいらないものを切っちゃって本質だけ残したりっていう、脚色はもちろんしているんで。そうしないと、読み物として成立しないから。
末吉
ほんとに事実だけだったら、、ですね。
浅生
ただ単純にあったことを、そのままぼくの視点でぼくのまんま書いちゃうと、なんかね、たぶん変な感じにならないなあと思って。一回読んだら終わるエッセイになっちゃう。
末吉
いやぁ、そうか。その視点すばらしいですね。
浅生
何回も読めるエッセイにしたいなあって。書籍として紙として世の中に出すものだから、やっぱり存在に耐え得るだけの質を担保したかったんですね。
一瞬で流れていくツイートの世界とはちょっと違ってて。
時間の射程を長くするには、何度も読めるエッセイにしようと。だから、ちょっと客観的にした方がいいかな、と思ったんですよ。
末吉
なるほど。客観性と、さっきおっしゃってた浮遊感。変なところを残すっていうか。
浅生
違和感を残すというか。「なんで気持ち悪いんだろう?」って思って、もう一回読むってことがやっぱりあるので。
末吉
あー、そうですよね。
浅生
何かが引っ掛かるという。でも、それは広告やテレビ番組も同じなんですけど、一回でわかるものって退屈しちゃうんです。みんな。
末吉
それだと、どんどん流れていきますしね。
浅生
そう、だからちょっと引っ掛かる変な感じを残すっていう。
末吉
ぼく、「どこでもない場所」を2回拝読させていただいた感じなんですけど。鴨さんと一緒に迷いながらこの本を読み終えたあとに、今までと違う、ちょっと不思議な世界に出てきた感じがしたんです。
浅生
えーなんだろう、それは(笑)
末吉
なんか一緒に迷子してて、いろんな人に出会うじゃないですか? 例えばおばさんとか。あとはどこでしたっけ? ミニスカの……。
浅生
キューバです。
末吉
キューバ(笑) そうそうそう、あんな人たちに謎のハグがあったりとか。なんか、そういういろんな架空の体験をして出てきたときに、読む前よりもちょっと不思議なこととか起こるんじゃないかっていう。そういう感覚の世界に出てきた感じだったんですよね。それがすごい不思議な感覚で。
浅生
世界はここまであるんだよ、っていう。
末吉
こんなこと、そうそう起こらないだろうみたいなことがたくさん書かれている。でも実際にはけっこう起こるものなんですか?
浅生
うん、起こるし、みんなにも起きてるんだけど、ただ気づいてないんです。そこだけの話のような気がする。
例えば、車を停めて車から離れて戻ってくるあいだに、実はその車の上に何か動物がしばらく乗っていたかもしれないわけじゃないですか?
で、乗っていたかもしれないという視点で見ていると、その足跡を見つけることができるんだけど、乗っていたと全く思わなかったら足跡を探しもしないから、そうすると見つからないですよね。だからぼくは、その痕跡をずっと探してるんだと思うんですよ。
末吉
痕跡ですか? それはなんの痕跡ですか?
浅生
うーん、なんだろ。そこに何かが存在したというか。誰かがいたというか。奇妙な、なんだろなあ…。
ぼくが気づかなければ存在しない出来事っていうのが、きっとある。そこに気づくのがおもしろいっていうか。
末吉
はぁ〜、なるほど。実は先日ぼくはロサンゼルスに行っていて、そこで『どこでもない場所』のゲラを読ませていただいたんです。
すると、ダウンタウンの歩道のど真ん中に薄汚れた白い靴が綺麗に揃って置いてあるとか。デザインだと思うんですけど、道路に九枚のガラスが敷き詰められていて、そのうちの一枚が割れていたんです。妙にそれが気になって、、この下には何があるんだろうなぁ、って。地底人いるかもみたいな( 笑)。
今まではそんなの気にもならなかったし、何十人も一緒にいた誰も見ていなかった。けれど、視点が変わると見えてくる…。
浅生
奇妙な人と出会っても、その人のことを奇妙と思わなかったら、奇妙じゃないんで別に(笑)。バイキングにおばあさんが座ってるのを、「あの人はそういう係なんだな」って思っちゃったら、もうそれで終わりなんですよ。
「このおばあさんは一体?」って思いはじめるところから、たぶん体験が奇妙になっていくんですよね。
末吉
あぁ、確かにそうですね。
浅生
これは書かなかったんですけど、サンフランシスコって今すごい治安が悪いんですよ。で、夜中にうろうろしてたら、暗闇の中がポンッてなんか光って。「何だ?」と思ったら、ものすごい肌の色が黒い黒人が暗闇の中から現れた。
末吉
目だけ見える(笑)
浅生
そう、目だけ光ってるっていう。そんな場面に遭遇したときに、「なんか怖い、たぶん麻薬の人だ! 怖い!」と思って終われば、ただ怖い人が出てきたって話で終るんだけど。「なんで目が光ったんだろう?」「どんな人なんだろうな?」と思って、つまりこっちから別に光を当ててみる。
末吉
なるほど、はい。
浅生
っていうところから、何かを考えはじめるんですよ。だから、ずっとそうやっていろんなものを、「これは一体、どういうことなんだろう?」って、思い続けているような気はしますね。
末吉
それは、小説、エッセイを書きはじめるきっかけだったり、描写の一部になっていたりはするんですか?
浅生
まあ、どっかには入り込んでいると思いますね。ただきっかけは、つねに発注なので。
末吉
ほんとにそうなんですね(笑)。
浅生
発注ですね、発注なきゃ書かないです、面倒くさいし(笑)
末吉
そうですかあ、なるほど。でもそういう視点って、ある意味では現実社会的には無駄っていうか…
浅生
まあ無駄です。
末吉
(笑)。っていうことは、これまでずっと考え続けてきたというか。視点としては持ってこられたってことなんですか?
浅生
そうですね、無駄なことと。あと、ことば遊びもそうなんですけど。例えば、スポーツ新聞に「日体大の陸上部は」とか載ってたら、日体大の「体大」がすごい気になるわけですよ。「あ、日体大とどこかが戦うと、日体大対になるなあ」とか。
末吉
日体大対(笑)
浅生
「大阪体育大学と戦わせたら、日体大対大体大になるなあ」みたいなことを、ずっと考えてるんです。
末吉
う〜ん、なるほど(笑)
浅生
それとか、ナンバープレート見たら、その4つの数字で10にならないか計算してみたり。
末吉
はぁ〜。
浅生
四則演算。
末吉
で、なんとかならないか。なるほど(笑)
浅生
全く役に立たないことをずっとやってるんですよ(笑)。ぼくは無駄と無理でできているようなものがあるんで。
末吉
無駄と無理(笑)
浅生
無駄なことをしてるか、無理してるかのどっちか。
末吉
あ、なるほど。無理っていうのは、仕事のこととかですか?
浅生
イヤイヤやってること、あともう全然それやらなくていいのにっていう無駄なこと。
末吉
どっちかをしてる?
浅生
どっちかですね。
( つづきます )
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【『どこでもない場所』について】
できればお近くの書店に足を運んでご購入いただけると嬉しいです。( かもさん曰く、書店さんが嬉しいから僕も嬉しい ) ですけれども、置いてないお店もあるようで迷子になってしまうかもしれませんので(笑)、Amazonならば確実にお手元に届くと思います。どちらにしてもぜひ〜。
読み終わったあと、きっと世の中の見え方が少し変わって、( 不思議で愉快に )見えてくるはずです。