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ADHDという”個性”との付き合い方
私は、自分のことを不注意優勢型ADHDグレーゾーンだと思っている。診断を受けた訳ではないけれど、当てはまる症状が多すぎる。
ADHDってなんだ
一般的にADHDによくある症状として、とあるコラムでは下記のような項目が書かれている。
・周囲が気になって、目の前にある仕事に集中ができない
・マルチタスクが苦手である
・優先順位をつけることが難しい
・衝動買いをしてしまう
・約束や期限を忘れてしまう
・なくしもの・忘れ物が多い など
そもそもADHDとは何かというと、「発達障害の名前」である。
ADHDは「Attention-Deficit Hyperactivity Disorder」の略称で、日本語に訳すると「注意欠如・多動症」です。文字通り「不注意」「多動傾向」が主な特性となります。
要は性質に名前がついているだけで、程度はグラデーション。明らかに生活に支障が出るレベルになると発達障害として認定されるのかもしれないが、わたしはとても気をつければなんとかなるレベルだと感じている。
大きく注意欠如・多動・衝動の3つの性質があるとされていて、私自身は多動の症状は薄いけれど、衝動と、特に注意欠如の症状が強い。
自覚症状: 注意欠如
特に注意欠如は甚だしく、ほんっとうに物をなくすし、置き忘れる。鍵もスマホも人生で何度もなくしている。絶対に無くすことがわかっているので左右独立型のイヤホンなんか買えない。約束の時間に間に合うというのが苦手だし、いろんな旅行の細かい予約を間違えるし、仕事でも細かいケアレスミスは絶えない。
紙袋が怖い。自分がいつ手を離して、どこに置いてきてしまうかわからないからである。できるだけ持たないようにしているけれど、買い物や何かをしたとき、どうしても紙袋になってしまうことがある。大人になってもなお、ときどき気が緩むと電車においてきてしまったりする。
大人数の旅行のとき、自分が物を無くしたりしないように必死だったことに後から気づいた。自分がスマホをなくした!となったらそこでみんなの旅が中断してしまう。その迷惑はかけたくないのである。
その旅行の後半、人数が減ったとき、気が抜けたのか案の定切符をなくした。緊張感があればある程度大丈夫だけれど、気が抜けた瞬間にやらかす。
おっちょこちょいと言って仕舞えばそれまでなのだけれど、ADHDという名前を知って「あ、これじゃん」と思ったとき、なんだか誰かに過去の怒られ続けてきて辛かった自分を救ってもらったような気がして嬉しかったのをよく覚えている。
自覚症状: 脳内多動
これもADHDのあるあるだと思うけれど、部屋の片付けができない。これはもう、本当に小さいころからできなくて、親に逆ギレしたことがあるくらい。
片付けられないのがなぜなのか改めて調べてみたところ、ものを出し、使った後、片づける前に違うところへ注意が向いてしまっていることが1番の原因だと思われる。脳内多動というんだそうな。
普段からたぶん、ものすごくたくさんのことを考えている。すぐに思考があっちにいったりこっちにいったり、それだけならいいけれど、常に脳内を羽虫がぶんぶん飛んでいる感じなのである。集中したい時に集中できない。やらないといけないことが100個頭に浮かんで、どれからやればいいのかわからない。
言われてみれば、話が飛びまくる自覚もある。自分の中ではAとZが繋がっているけれど他の人には伝わらない。特に仕事のとき、上司にさえ、ものを説明するときに苦労した。私の中では当たり前に繋がっている話なので、話が複雑であればあるほど、どこから説明すればいいのかわからなくなってしまうのだ。で、「まって、わからない、落ち着いて!」と何度言われたことか。
また、興味の範囲がすぐ変わる。飽き性で同じ環境に長くいられない。映画が好きだけれど家で1本続けて映画を観られない。すぐ別のことを思いついてしまってスマホを触りたくなってしまう。
脳内多動がひどくなると、パニックを起こすこともある。わたしも仕事のときなど、よくプチパニックになっていた。自分の容量を超えて思考が膨らんでいってしまう感じ。あれは怖い。やらなきゃいけないことばかりすごいスピードで思い浮かんでは消えていく。
伝えるのが難しいけれど、「あれもやらな、これもやらな、でもあれも残ってる、あれ、今は何するんだっけ???」ということになるのが人よりちょっと酷いんだと思う。よくある。
自覚症状: 衝動
私自身は、衝動はあまりひどくない気もする。例えば、じっとしていることが苦手ではないし、他の人を遮って話す、ということもないと思う。けれど、衝動を存分に出せる環境は大好きである。例えば予定をあまり立てない自由な旅。予定がない休みの日。文章を書くこともその一つかもしれない。
2日休みがあって、「あ、海が見たい」と思ったら適当に海が見えるところまで行き、安宿を取ってしまったりする。
突発的な予定は全然ウェルカムで、フットワークは羽根くらい軽い自信はある。予定がぎちぎちに詰まっている旅行は結構苦手である。あ、あれやりたい!ができないのがしんどい。
仕事がとにかく、たいへん
社会人になってからが大変だった。学生のときは誰かに迷惑をかけることが少ない。課題を出せなかろうが、確認をミスろうが、困るのは大体自分だけ。結局単位がこない、とか、最悪卒業できない、となるくらい。人に迷惑はかけない。
仕事はそうはいかない。わたしのミスひとつで場合によっては社長が頭を下げにいかなくてはならなくなってしまう。それは流石にまずい。迷惑がかかる範囲が違う。
ミスをしないように、しないように、と本当に集中して気をつければある程度ミスは減らせるが、どこかで気を抜くとやらかしてしまう。
普通の人は、「仕事なら大丈夫」というけれど、わたしはけっこうやらかすので、自分をADHDのグレーゾーンだと勝手に認識している。
いつ自覚した?
ADHDという言葉が流行ってきたのも最近な気がする。わたしは、社会人になって、人ができることが思ったよりできないことにうっすら気づいていた。そんなとき、ADHDの本を本屋で立ち読みした時にこれだ!と思ったときだった気がする。
これ以外にも色々な人のブログや本を読んで、うまく生きるTIPSが手に入った気がしている。先人の知恵が一番参考になる。
ADHDの頭の中
脳のワーキングメモリが少なめ
ワーキングメモリが小さいという言い方があって、本当にそうだと感動した。スマホで同時にたくさんのアプリを開いておいておくことができないイメージ。
だから、電車を降りそびれるし、物をよく忘れる。電車をおりる、ということを考えながら別のこと(読書とか)ができない。
また片付けができない理由をここでもう一つ発見した。ワーキングメモリが小さいので、しまったものの存在をわすれてしまうのが怖いのである。
ものを片付けて、収納して見えなくなってしまうと、私にとってそれはもう、ないものになってしまう。覚えておきたいのに、メモリからなくなってしまうのである。
例えば、ハンコを押して出さないといけない書類があるとする。そういうものを、例えば締め切りが1ヶ月先だからまだいいかな、と一回ファイルに入れてしまってしまうと忘れてしまうということが経験上わかっている。思い出せないだろう恐怖で、しまえないのである。その結果部屋にモノは散らばる。けれど、大体全てあとで処理しなければいけないモノだらけでしまえない。
その分、処理速度は早め?
ワーキングメモリが少ないからこそか、おもしろいことを思いついたり、ぱっぱっとたくさんの処理を次々しないといけないような仕事は得意だったりする。
また好きなことであれば一つのことに集中して取り組める。過集中してしまうこともある。わたしも小さいとき、本を読んでいると数時間は声をかけられても気づかないような子どもだった記憶がある。
思いがけず時間を忘れることもあるけれど、そのときの成果は高いものになる傾向が高い。
そして、ADHDにはフットワークが軽い人が多く、スピーディーな判断も得意なので経営なんかは向いているとされている。個人的には、色々な面で才能が豊かな人も多い気がする。個性強めだね〜いいね〜という人が多いのである。
ミス対策Tips
わたしは財布と鍵にAirTagを使っている。これは便利!GPSでどこにあるかすぐに教えてくれるし、家の中でなくしても音で探せる。
iPhoneのメモ帳はフル活用。思いついて忘れそうだな、と思ったらすぐにメモ。時々見返して抜け漏れがないかチェックする。
仕事だと、これでもか!というくらいにタスクを細分化してリスト化すること後回し癖を解消。どのくらいかというと、「1. このファイルを開く」くらい。そんなものからすぐ後回しになるので、ひたすら朝イチでやることリストをつくることから仕事を開始。そうすると、なんだかできる気がして気分も上がり、仕事が楽しくなるのである。
ADHDと付き合っていく人生を楽しむ
ADHDだからいろんなことを諦める、とか、「どうせADHDだから」と開き直るのも違う気がする。これが障害だからといって遅刻が許されるわけではないし、誰かが仕事をしてくれるわけでもない。
けれどADHDという自覚ができたことで、わたしは気が楽になった。もともと、なんで他の人はできることがこんなに難しいんだろう…こんなにミスするのはできない私のせいだ、と思うしかなかったところが、こういう性質です、というラベルを自分に貼ることができた。ストンと、腑に落ちた。
これは性質なのだから、例えば、一つのミスが許されない環境に身を置かなければいい。ミスをしてしまったら、落ち込むのではなく、次に同じことをしない仕組みを考える方に労力を使えばいい。
もうわたしはミスしたときに必要以上に悲しくなることはないだろう。もちろん大切なものを無くしてしまうなど、大きなミスをしてしまったら悲しいけれど、自分を責めることを諦めることができた気がする。ああ、ADHDでちゃった、と呟いて、ミスへの対処と次への対策を冷静にしていける。
ADHDは個性の形の一つ
困った性質と引き換えに得ている得意なことや、強い個性があるんだと信じている。私はたぶん、ADHDだから勉強が得意だったし、読書が好きだし、回り回ってこうしてジンバブエにも来られているんだと思う。
苦手は最低限カバーして、得意なことで生きていく。個性として自分でも受け止めて、でもサボることなく対策し、それでもダメだったらADHDだからしゃーないと笑って諦めて進んでいく。そういう人生にしたいものだと思う。
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