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「ゴジラ −1.0」米国快進撃はラッキーでない ヒット生み出した東宝の国際戦略

■『ゴジラ −1.0』、北米で日本映画の新記録達成

12月1日に北米公開した『ゴジラ −1.0』が記録破りのスタートを切っています。12月3日までの興行収入は1103万1954万ドル(約16億円)、北米週末興行3位にランキングされました。
これは『「鬼滅の刃」上弦集結、そして刀鍛冶の里へ』の1011万ドルを超え、2023年に北米公開された外国映画で最高です。
 
アニメ映画では大ヒットも珍しくなくなった近年の米国映画興行ですが、日本の実写映画では変わらず大きな壁があります。大規模公開は少なく、観客動員数もあまり伸びていません。
役者や舞台のほとんどが日本となることや、言語の壁のため親近感があまり持てないのが理由とされています。
これまでの大きな興行記録が、1989年公開の『子猫物語(英語タイトル:The Adventures of Milo and Otis)』の1300万ドル、1996年の『Shall we ダンス?』の950万ドル、2000年の『ゴジラ2000 ミレニアム』の1000万ドルと言えば、ヒットの少なさが分かるでしょう。
 
ところが『ゴジラ −1.0』は初週末で、『Shall we ダンス?』と『ゴジラ2000 ミレニアム』の記録を上回りました。日本実写映画でこれまで最大ヒットは『子猫物語』ですが、本作は米国の脚本家による再編集された短縮バーション。さらに1989年と1990年の2回にわたる変則的な公開をしています。
そのままの日本映画との点では、『ゴジラ −1.0』が日本映画最大のヒットと言っていいでしょう。なによりも初週末1100万ドルの数字が、最終的に『子猫物語』の1300万ドルを超えるのは、ほぼ間違いないはずです。

■なぜいまなのか、大ヒットの理由を探る

突然にも見える『ゴジラ −1.0』のヒットは、なぜ起きたのでしょう?
 「そもそも内容が素晴らしかった」
 「日米のこれまでのゴジラ映画の知名度と評価の高さ」
 「日本アニメ人気からの波及」
といろいろ理由は考えられます。
 
勿論、内容の素晴らしさは、『ゴジラ −1.0』の最も重要な要素です。
公開前から作品は、各メディアで絶賛状態でした。米国を代表する批評サイト「Rotten Tomatoes」では専門家の97%、一般観客の98%がポジティブな評価をしています。
 
もうひとつ大きかったのが、上映するスクリーン数です。当初は限定公開とされていた『ゴジラ −1.0』ですが、蓋を開けてみればオープニングは2308スクリーン、通常の全国公開とされる2000スクリーンをだいぶ上回りました。
どんなによい作品でも、観客に作品を届かなければヒットとは行きません。観客を十分受けいれる体制が劇場にありました。
何気に、これはすごいことです。アニメも含めてこれまで日本映画は、このスクリーン数が確保出来ないため良質な作品を観客に届けられず、たびたび涙を呑んできたのです。スクリーン数の多さが、『ゴジラ −1.0』のヒットにつながったのは間違いないでしょう。

■ハリウッドの作品不足も追い風に

そもそも、この難しいとされるスクリーン数拡大を実現できた理由はどこにあるのでしょうか?
実は春から続いたハリウッドのストで、公開出来る大作映画が足らなくなっていたことも幸いしました。12月第1週は通常であれば、クリスマスシーズンに向けた大作映画が並ぶ時期です。
ところが今年はぽっかり空いた穴のように、話題作がありません。2023年11月3日に公開される予定だったワーナー・ブラザースの大ヒットSF映画『デューン 砂の惑星』の第2部は、来年春に延期されています。
さらに直前に公開したマーベルコミック原作の『マーベルズ』、ディズニー映画の『ウィッシュ』の興行成績が大不振だったことも見逃せません。目玉がなくなってしまえば、劇場としては口コミで絶賛されている作品を上映しない手はありません。

■配給「Toho International」、ってどんな会社?

もうひとつ注目したいのが、本作の配給会社が「Toho International」となっていることです。
聞きなれない会社ですが、名前のとおり日本の映画会社、そしてゴジラの生みの親である東宝の100%出資の米国法人です。2019年に154億円もの増資をして注目を浴びました。
積極的な事業開始はそれ以降で、東宝の国際事業展開の戦略会社です。米国での映画配給は、『ゴジラ −1.0』が初めてのはずです。
 
日本の映画会社大手とはいえ、ハリウッドメジャー系配給会社が市場シェアの大半を占める北米で、2000以上のスクリーンを最初から押さえることはほぼ奇跡と言っていいです。
実際に誰が、どうやって、これをアレンジできたのか気になるところです。ただ確かなのは今回、東宝は当初から大きな勝負にでるつもりだった気配が濃厚なことです。
 
スクリーン数は大切ですが、より重要なのはそれをヒットさせることです。
たとえ最初にスクリーンを大量に押さえたとしても、作品がヒットしなければ二度目はありません。東宝にとっては、まさに天王山です。
映画公開にあたって、山崎貴監督や主演の神木隆之介がロサンゼルスに赴きイベント登壇をしています。公開前のメディアでの大量のレビューからは、かなりアグレッシブに試写を実施したことも分かります。
『ゴジラ −1.0』ヒットさせるとの強い意志がそこにあったはずです。

■最初から米国ヒットを狙っていた『ゴジラ −1.0』


東宝が2022年に発表した経営戦略「TOHO VISION 2032」では、4つの成長戦略のひとつに「海外」を挙げています。
東宝の海外での成功は、これまでは『僕のヒーローアカデミア』や『呪術廻戦』、新海誠監督映画の海外展開といったアニメが多くあがります。また事業の中心は海外配給会社への権利販売です。
 
一方で、Toho Internationalを中心に、東宝の国際展開はもっと広範囲になりつつあります。
『名探偵ピカチュウ』や『モンスターハンター』などでの国際共同製作、さらに自社による海外ライセンス事業も含まれます。2019年以降、東宝は海外企業に販売していたゴジラの国外でのキャラクターライセンスを全て回収し、自ら商品展開に乗りだしています。さらに2022年にはクランチロールの商品部門で経験のあるチームを採用しました。
そして「共同製作」、「ライセンスマネジメント」に続いて、「海外配給」がこの事業ラインナップに加わります。
 
海外で映画配給を自ら手がけることが出来れば、作品からの利益はいっきに大きくなります。東宝は2000年の『ゴジラ2000 ミレニアム』や『僕のヒーローアカデミア』、『呪術廻戦』など、海外での映画ヒットはありますが、その配給はソニー・ピクチャーズやクランチロールといった現地企業がしました。
映画ヒットによる利益の多くは、映画館と配給をする彼らのものです。MG(ミニマムギャランティ)はあるものの、MGを超えた利益からは限られた配分収入だけです。
自社配給した『ゴジラ −1.0』は、同じヒットでもこれまでの現地にライセンスを供与してきた作品に較べても、東宝の収益は大きいはずです。
 
勿論、自ら配給することで、プロモーションをはじめ、東宝の投下コストは大幅に増えます。映画が当たらなかった時のリスクも格段に大きくなるでしょう。
それでも自らの手で送りださなければ、日本映画のヒットはない。そうした判断があったかもしれません。
『ゴジラ −1.0』の快進撃は、決して偶然やラッキーだけで生み出されたものでありません。
誰もが納得する傑作をアメリカでヒットさせるとの強い意志、さらにこれを起点に海外事業拡大を目指す東宝の事前に準備された戦略があったはずです。


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