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「極力断らなかった」ことで培っ(てしまっ)たノウハウを社会で活かしたい

仕事上で

 「断ったことがほぼない」

のがある意味で自慢(?)です。

もちろん100%断ってこなかったというわけではありませんが、記憶にある中だけでも大小合わせれば100件に1件くらいの割合でしか断ってないような気がします。あくまで感覚的なものですけどそれくらい日頃断ってません。

なぜそれが可能なのかというと、たまたまかもしれませんが私の経歴が特殊だからなのかもしれません。

業界

たとえば…25年ほどIT業界に居続けていますが開発プロジェクトという形で、対象業界としては会計医療以外はほぼ携わったんじゃなかろうかと思うんです。公共、金融、証券、製造、建設、工事、物流、観光、飲食、交通、etc.…ざっと思いつくだけでも手広くやったなぁと感じます。もちろんあくまで「業界」という種別に対してでしかありませんから、その中のすべての業務に関わったわけではありませんけど。

あ、でも第一次産業(農業、林業、水産業、etc.)は関わってないかな?
あ、士業(弁護士、税理士、会計士、司法書士、etc.)も関わってなかった…。


業務

社内業務についてはざっくりと経理以外はほぼ関わったと思います。開発はもちろんのこと、組織には属していなくても営業総務人事監査教育、etc.…なかには経営者の秘書的なポジションなども依頼を受け、相談を受け、他部署でありながら部分的に担っていたり、スポットで支援していたりといったことはよくありました。直近は企業の品質保証を1人で担っていましたので、こと品質に限って言えば製品やサービスの質だけでなく、ありとあらゆる質についても厳しい視点を持てるようになりました。自分自身の業務についても気付ける点が増えて、精度が高くなったのは喜ばしいことです。

その他にも委員会?的にQMSやISMS、プライバシーマークの構築や責任者も長く兼任していました。そのつながりで社内の資産管理設備管理なども行っていました。

ほぼ部下ゼロで。

今思えばいつも丸投げなんですよね…。


役割

組織内の役割

役割的には新人から部長相当まで担当していましたが、4回も転職していることもあってあまり肩書きに関係なくどのような立場であっても大抵のことはやってました。

これはある意味で自信の根幹になっています。

たいていの人は歳を重ね、出世すればするほど初歩的な業務を新人や若手に任せきりになっていくためどんどん個人としての力量が低下していくものですが、私の場合は今でも新人や若手を指導したり、やって見せたりできる程度にすべて高水準で修められています。たまたま部下もほとんどいない中、一人で何でもやってきたということもあって、いまだに作業レベルでいえば一人でできることが多いというのも強みです。

逆に言えば、末端の担当から部長相当までの業務であればどれも卒なくこなせるわけです。しかも、業務のパフォーマンスだけはこれまで周囲のだれにも負けませんでしたし、今現在でもそれは変わっていません。

去年は7人いる組織のうち5人が他部門支援で不在の中、残りのたった2人で7人分…どころかさらに追加されたミッションもこなしつつ、もう1人の方が療養等で長期不在の間もなんとか維持し続けましたので、1人で4~5人分のパフォーマンスは出せた自負があります(おかげで表彰されました。面倒な仕事も増えましたけど)。

これは企業から見れば使い勝手のいい存在と見えるかもしれません。

しかし目先の使い勝手ばかり考えて後進育成を疎かにしていると、これまでの企業のように私がいなくなったことでちょっと課題・問題が起きた時に誰も担当ができず困った状況になってしまう…ということになります。人材の使い方を根本から誤っている証拠です。「できる人にやらせておく」という属人的な活動方針の推進は決しておススメできません。

プロジェクト内の役割

また、デリバリー部門として開発を長らく経験してきましたが、その活動においてもプロジェクトではすべての役割を担ったといっていいでしょう。プログラマーエンジニアテストエンジニアプロジェクトリーダープロジェクトマネージャーPMO、etc.…といった標準的な役割はもちろんですが、その他にもDBAアーキテクトあるいは10億規模のQAなども担いました。

役割だけ列挙するとたくさんやってはいますが、ご想像の通りただの器用貧乏です。

50歳間近になって今でも自信をもって担当できるとすれば、やはりテストエンジニアプロジェクトリーダープロジェクトマネージャーPMOQAくらいでしょうか。プログラマーもできなくはありませんが、昔に比べるとプログラミング言語が相当限定されると思います。最盛期は10~15言語くらいは扱えていましたが、今は3~4言語が限界です。

ここ数年はQA業務が中心だったこともありますし、どのような立場になってもトラブルプロジェクトの解決を主としていたこともありますので「読む」だけならまだ20以上のプログラミング言語も問題はありませんが、しっかりとアーキテクチャを理解してスマートなプログラム構造を構築できるのは数言語が精一杯です。

逆にコンサルのような役割や保守・運用などはあまり経験がありません。ゼロではないのですが自信をもって「経験した」「今でもできる」と呼べるほどのノウハウとしては不十分だと自覚しています。


技術要素

系統

ITとしての技術要素についてもAI以外ほぼ経験したのではないでしょうか。

いわゆるWebアプリケーション系Windowsアプリケーション系組み込み系の開発は一通り経験しています。それぞれどの立場でも経験だけはしているのですが、それでも偏りとしては…エンジニアとしてはWindowsアプリケーション系。プロジェクトマネージャーとしてはWebアプリケーション系が中心でした。組み込み系にはQAやSEPGとして関わることが多かったように思います。

ただ…どの系統でもそうですが、システムの構成やプロジェクトの進め方などの最適化について深く吟味する機会は多かったため、エンジニアリングとしての精度はそれなりに磨かれてきた自負はあります。その分、血反吐を吐くような苦労も多かったんですけど…。

傾向

先述の通り、私は「トラブルプロジェクト」にかかわることが多かったというちょっと特殊な経歴を持っています。25年間この業界にいてまっとうな新規開発プロジェクト…というものを最初から最後まで携わったというのは数えるほどしかありません。

トラブルプロジェクトの解決:5割
焦げ付いたプロジェクトの立て直し:2割
新規プロジェクトの開発:1割
進行中プロジェクトへの途中参画:2割

といったところではないでしょうか。今、経歴書見ながらざっと洗い出しましたけど。


断る条件

じゃあ「どんな時に断るのか?」というと、それもある種のアルゴリズム…というか判断基準があります。それも至極まっとうな。

  1. 明らかに越権で依頼されるようなもの

  2. その責務を果たすべき人が明確なもの

  3. その業務内容の意味や目的に疑問を感じるもの

のいずれかあるいは複数を満たす場合です。

わかりにくいのは③かもしれませんね。案外多いのも③なのですが、過去踏襲で継続的に行われている業務というのは「これまでやってきたから」という理由だけで、その内容を全く見ようとしない人やその業務の本当の目的を理解していない人というのが結構多いものです。

そうした仕事を自分の責務の範疇でもないのにただ漫然と思考停止して引き受ける…というのは、自分にとっても企業にとっても全くの価値がないどころか

自分にとっては「寿命の無駄遣い」
企業にとっては「その工数分の報酬を支払う経費の無駄遣い」

になると考えているため、まず引き受けることはありません。元々私の業務ではありませんし、責任の範疇にもないわけですからお断りすることが多いと思います。どうしても引き受けさせたいのであれば、その業務を実施することで得られる価値・意義がどこにあるのか明確に示し、私を納得させる必要があります。

納得しないまま引き受けた仕事なんてたいていはパフォーマンスも最低になりますし、ほぼその効果もでないことでしょう。むしろそれがわかっているからこそ断りたいわけですし、逆に効果がきちんと予測できていればその時点で納得もしますし、率先して引き受けます(引き受けてもいい範囲内で)。


最後に

そもそもトラブルプロジェクトに長くかかわってきたこともあって課題解決や問題解決はおそらく同業界の中でも相当高い水準にあるのではないかと思っています。測ったことありませんが、部門内だけでなく部門外はもちろんのこと、他企業からもたまに相談を受けたり指名されたりしてきた過去を考えれば、

 「ほかに相談できる人がいなかったのかなー」
 「その部門では頼れる人がいないのかなー」
 「その企業では解決できるレベルの人がいないんだなー」

などといった要因からそう思ってしまうわけです。

しかもIT業界のトラブルプロジェクトなんて、そもそも自業界のノウハウだけでは解決できません。かならずお客さまの業界ノウハウにまで足を突っ込む必要が出てきます。当然、まったく無知の状態で解決に飛び込むようなことだってありました。逆に言えば、無知でも解決はできるのです。

大事なるのは「知ろうとする姿勢」とその「手段」です。
つまりインプットを手に入れるまでのプロセスが重要になってきます。

20代の頃はさすがに私の力不足で「できなかった」ものもあったかもしれませんが、30代…そう30代も半ば伴ってくるとそれまでの苦い経験はいったん自分の中で吸収してそれなりにプロセスに則った活動ができるようになっていたのではないでしょうか。

少なくとも私が活動するうえで必要なプロセスに則り、十分なインプットを提供してくれた業務であればたいていのことは「できた」と思います。逆に、非協力的なためにインプットが不十分であったり、そもそもインプットがなかったりするようなケースでは必ずしも「できた」と言えないものも当然あります。

ですから、全部できたわけではもちろんないんですけど、「できなかった」時でもそこで苦心した経験は間違いなく成長させてくれました。

  • 過去の経験に照らし合わせて、今の実力で対処可能か

  • 何が不足すればどんなリスクが高まるのか

  • 非協力的な環境下でも極小まで切り詰めて最低限確保したいインプットは何か

なんてこともわかる…というか明確にするようになったので、「引き受けるか/お断りするか」の判断基準としても有用ですし、仮に引き受けるとしても事前にこの点を念押しして合意させておくこともできるようになりました。あるいはあらかじめリスクを予測して別のルートからインプットを入手する手を打っていたり、インプットがなくても過去の経験値から類似点を見定めて予測したり、上手に誘導してなかなか出てこないインプットを「提供したくなる」ようにコントロールしたりもしてきました。

もちろんこれまでの経験、経緯において、こまかいところまですべてを何でもやってきたわけではありませんが

 依頼される範囲
 期待された範囲
 サポートできる範囲
 相手の代わりにやってあげられる範囲

のことはたいていやってきました。

この姿勢は今後も大きく変わることはありませんが、1点だけ反省していることもあるのです。それは

 依頼する側の甘えを助長しているかもしれない

という点です。

中にはしっかりとビジネスライクに接してくださる方もいらっしゃいますが、おそらく過半数は「できるひとにやらせよう」「前はやってくれたんだし、今回も頼もう」といった心理が発生して、自らを磨こうとしない方が多く見受けられました。

しかも組織においても私がやってしまえるものだから、部下や後輩などを下につけようとせず1人で任せきりになってしまうので後進育成もままなりません。

かといってそういう話をすると、本業を別に持っている子を連れてきてさらに負荷を与えようとするじゃありませんか。そういう「片手間にやらせればいいと思ってる」「負荷の計算もできない」「指示系統が乱立する」ようなケースの場合は私のほうからお断りしています。どんなに私の負担が増えても、どんなに後進育成が大事といっても、ガバナンスとして許容できないような方針は推奨できません。

最近では、私が担う業務は大半が時間を見繕って手順化、マニュアル化するようにしています。

私が実施する業務の大半は属人的なものではありませんし、才能などが関与するものでもありませんし、決して技術的に難しいものでもありません。もちろん最低限の知識と理解は必要ですが、それさえあれば誰でもできることばかりです。ただ、誰もしようとしなかったり、興味を持とうとしなかったり、他人にやらせればいいと思っているからいつまで経ってもできないだけなのです。

その証拠にこれまで転職を繰り返す中で、引継ぎとしてキングファイル計10冊分くらいのノウハウを残してきました。実際、退職後に改めて作成しなおしているので、それらのすべてはいま私の手元にもあります。自称「品質保証マニュアル」なんて、まだ作成半ばであるにもかかわらず500ページをすでに超えているくらいです。今の企業でもあらたに覚えたことは随時手順化/マニュアル化して部署内に公開しています。

完璧にとは言いませんが、業務のほぼすべては言語化できますし、これからも様々なパターンに応じて実績を積みつつ、どんどん手順やマニュアルは深掘りしていくことでしょう。そうすれば私と同じことは私でなくとも、誰でもできるようになる領域が確実に増えます。個人ではなく「組織」として対処可能になるので、組織はどんどん骨太になっていくことができます。


もちろんそれらの知識や理解、経験、スキルなどを公開せず、固有の武器として「私」というブランドを確立してもいいでしょうし、そうすることで私自身の立場を確立することもできると思いますし、実際「そうしないか?」というようなお声がけを受けることもあるのですが、もう少し俯瞰して

 企業の
 社会の
 あるいは次の世代の

ことを考えると、何か残してあげたいとも思うもので…。でないと、光り物や宝物が好きで貯めこむだけのトカゲみたいな存在になってしまいかねません。

10世紀末に書かれたスカンディナヴィアを舞台とするアングロ・サクソン語の叙事詩『ベーオウルフ』では、竜は地中の財宝を守るものとされ、黄金の杯を盗まれたことに怒り、火を吐いて国土を荒らし回る。

Wikipedia

私ももう48歳(先日なりました)。もちろんまだまだ現役真っただ中ではありますし、後進に簡単に抜かせてあげる気はないのですが、一方で徐々に引退の足音が聞こえてきているのも事実ですし、いつまでも古い世代が若い子たちの仕事を奪うのもいかがなものかと考えてしまうのです。

これまで極力断らなかったことで培ってきた、こうした知識や理解、経験、スキルなどを墓までもっていくのではなく、何らかの形で還元したいと思うのですが…いっそのことそういったことをメインにした仕事というのを立ち上げるのもいいのかな?という気もしてきた最近です。

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Takashi Suda / かんた
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