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ハワイに至る病⑥
山登りなんて何年振りだろう。というか、成人してから一度もしていないのでは。毎年のように「来年は山登りでもしようかな」なんて言っている気がするから、少なくとも三年ぶりくらいのテンションでいた。ただ、それって大概は冬にそんなことを言うもんだから、いざ山登りシーズンになるとそんなこと絶対に忘れているのだ。そうやって、大人をやり過ごしてきたのだな。
ハワイ四日目は、午前中からダイヤモンドヘッドを登っていた。私達夫婦は、前日に決めた予定を翌日の気分で平気でキャンセルしがちである。そこのウマが合ったからこそ結婚したと言っても過言ではない。登山などという予定は、特にキャンセルしがちだ。事実、結婚してから幾度となく予定が立ち消え、結局一度も実現していないのは前述の通りだ。だから今回のダイヤモンドヘッド登山の予定も、いくらそこまで標高が高くないとはいえ、通常の私達であれば当日キャンセルの可能性が高かっただろう。それなのにこのように決行できたのは、紛れもなくダイヤモンドヘッドを登るためには、事前予約が必要だからだった。しかも入場料も発生し、事前決済なのだ。おまけにサイトには「キャンセルできない」とも記載がある。そこまで固められたら、さすがの私達でもちゃんと行かざるを得ないというものだ。
トロリーバスで登山口まで行き、そこから徒歩で入場口を通過し、公衆トイレなどがあるスタート地点を過ぎると、いよいよダイヤモンドヘッド登山のスタートである。徐々に勾配がキツくなり、道も狭くなってくる。道幅は、行く人と戻る人が一人ずつすれ違うことができるくらい。登山客はとても多く、団体客にも人気のようだった。普段着でカジュアルな格好でも問題ないという事前情報の通りで、サンダルを履いている人までいた。おそらくサンダルの人が後悔し始める頃には、もう後戻りできないくらいの位置まで来ていることに気づいて半べそをかくことになる未来まではとりあえず見えた。こういった狭い道を通る場合、追い越しは相当リスクがあるため、前後の登山客とのペースを合わせるのが必要になってくる。後ろの登山客からは遅いと思われたくないし、かと言って前の登山客に煽り運転的なプレッシャーは与えたくない。だから前後との距離感をちょうど良いくらいの塩梅で保ちながら登っていくことになるのだが、これがなかなか体力を消耗するのだ。いや、どちらかと言うと精神的な消耗の方が大きかったかもしれない。ところどころで、少し休憩したり景色を観たりできるセーブポイントみたいなスポットが出現し、みんなこぞって景色を撮影していたが、私にとっては前後の関係性をリセットできるのが最大のメリットであった。あるとき、前が杖をついたおじいちゃんになった。当然、圧倒的に歩みは遅い。戻りの登山客がひっきりなしに来るので追い越しは不可。おじいちゃんには絶対に圧を掛けたくないので距離は必要以上に保たないといけない。とはいえ、こちらとしてもこのままのペースで登山を続けるわけにもいかない。ここで渋滞の原因を作っている感じになっていたのも多少プレッシャーだった。無論、おじいちゃんが悪いとかじゃないから、余計に気持ちの置きどころが分からなくなっていた。そんなときに、このリセットスポットが現れたことで、安心安全におじいちゃんを追い越して進むことができたのだ。そこでおじいちゃんを私達よりも先に進ませては元も子もないので、そのリセットポイントでの休憩無しで登山を続ける他なかったのは、体力的にはなかなかハードだったが、精神的にずいぶん助けられたのだった。
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ハワイだからなのか、ダイヤモンドヘッドだからなのか、登山客が皆一様に山を舐めている雰囲気がとても清々しかった。私達のように、普段は登山など全くしないのだろうなという人種の人々が山を登っている。それでいて皆一様に楽しそうだった。実際、3、40分くらいで山頂まで辿り着くことができるくらいの標高だし、登山道も100%整備されているから遭難のしようも無いし、老若男女サンダル履き問わず登頂可能だ。予約は必要だが、仕事や学校帰りにそのままの格好でふらっと登りにくることもできる。散歩に出かけたらたまたまちょっと勾配があるくらいのテンションで行ける。それくらい登山をフランクにしている。さっき前にいたおじいちゃんだって、ダイヤモンドヘッドじゃなければ登ってみようと思わなかっただろう。そのハードルの低さなのに「ダイヤモンドヘッドに登った」と言えばなんかすごそうだし、登った本人も変な達成感があるのだ。これは、ちょっと私がPodcastで「落語」に対してやりたい構図と似ている。私は「ゆるラクゴ」というタイトルにして落語のハードルを極限まで下げる番組を作っている。それはつまり、「一旦落語を舐めよう」「細かいことはいいから落語を聴いたり作ったりすることを楽しんでみよう」と呼びかけているようなものだ。まさにそれを、登山に対するダイヤモンドヘッドの在り方が体現してくれているようでなんだか嬉しくなってしまった。
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そんなことを考えていると、気づけばもう山頂だった。普段運動すらほとんどしない私達にとってちょうど体力的にしんどくなるなというくらいで山頂に着いた。山頂からの景色は、少し雲が多かったものの、ハワイの自然や街並みが一望できて美しかった。これは朝日や夕日の時間帯に来たらさぞ感激するのだろうと思った。そして何より、山頂まで辿り着いたことを喜ぶ登山客のハッピーな雰囲気が、ものすごく私の心を晴れやかにさせてくれた。最高潮の満足感と達成感を胸に下山。登りの際に立ち寄らなかったリセットポイントにも寄れて、心にも余裕を持ちながら山を降りることができた。下山中、日本人グループとすれ違った。ホストみたいな色黒の男性上司と女性部下二人みたいな感じだった。
「おいおい!お前らあんま急ぐなって!」「大丈夫ですよ!私達若いので!」「おま!それじゃあ俺がもう若く無いみたいじゃねーか!」
みたいな会話をしていて、なぜだかすごく「日本」を感じて嫌だった。
(つづく)
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日々のモヤモヤなどなどの雑談をしながら、ゆるいラクゴみたいなショートストーリーを創作していく番組です!
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