【考えるヒント】 とても日本的な映画とは何か / 「英国スキャンダル」
初めて日本で流行った海外ドラマといえば、「冬のソナタ」を除けば「24 - TWENTY FOUR」だろう。トレンディドラマや火曜サスペンス劇場などという、くだらない脚本のドラマに辟易していた主婦たちは「ヨン様ァ」と連呼するようになり、若者たちはジャック・バウアーの活躍に目を奪われた。「24 - TWENTY FOUR」の大ヒットによってアメリカのドラマに注目が集まり、その後に放送が開始された「LOST」「プリズン・ブレイク」「Dr.HOUSE」「ブレイキング・バッド」など、多くのアメリカのドラマのDVDをみんなで争うように借りていた。
ドラマは映画と異なり、なるべく次のシーズンまで視聴者を連れていきたい、という欲のもとに制作されているので、どうしても物語のなかで次々と謎が登場するし、かといって筋書きが破綻しないように謎を出すのも至難の業である。
「面白いドラマなに?」と人に訊かれても、その人が何を面白いと感じるのか分からないし、最近で言えば「ペーパーハウス」はずいぶん流行ったものの、僕は第7話あたりで「このドラマはバカしか出てこないのか」と頭にきて観ることをやめてしまった。「イカゲーム」に至っては「どうせアメリカで流行りまくったシチュエーションものの韓国版でしょ、もう見飽きたよ」と勝手に結論づけて観てもいない。
しかし、さすが演劇の国、イギリスのBBCが制作しているドラマは面白いものが多い。最近ならベネディクト・カンバーバッチが主演した「SHERLOCK」はたいへん出来が良く、シェイクスピアの国の実力が発揮されていた。「刑事モース〜オックスフォード事件簿」も良い。そんなイギリス発のドラマのなかでも特に薦めたいものは、ヒュー・グラント主演の「英国スキャンダル〜セックスと陰謀のソープ事件」(原題は A Very English Scandal)だ。これは60分の各話が3つ、つまり180分のドラマだ。
このドラマはノンフィクション・フィクションであり、1970年代の後半に起きたジェレミー・ソープ議員の同性愛スキャンダルを描いている。ソープ事件と書くとまるでソープランドみたいだが、これは Thorpe である。ドラマのタイトルを直訳すれば「とても英国式のスキャンダル」とか「まさしく英国のスキャンダル」となるのだが、それはイギリスで長らく同性愛が違法であったこと、そして議員という上流階級があの手この手を使って労働者階級を虐げる様子を指している。
ヒュー・グラントといえば「ノッティングヒルの恋人」「ブリジット・ジョーンズの日記」「ラブ・アクチュアリー」など、若い頃はラブコメディに出演している印象しかなかったものの、年を重ねてからガイ・リッチー監督の映画によく呼ばれるようになり、「コードネーム U.N.C.L.E.」や「ジェントルメン」「オペレーション・フォーチュン」などで胡散臭い記者や武器商人の役を演じ、とても似合っていた。円熟した俳優になったと思う。
さて、日本列島はもともと歌舞伎や狂言の国だったものの、それらは"関係者"だけの代物になってしまい、映画やドラマは"芸能プロダクション"によって牛耳られている。つまり、どの業界でも"関係者の関係者による関係者のため"に物事が進むように国ができている。これはひとえに、日本人が余所者を排除する気質を持っているからである。たとえば、僕の家の近所にある映画館(TOHOシネマズではない)の今日の上映作品をチェックしてみよう。
邦画は「正体」「六人の嘘つきな大学生」「海の沈黙」「矢野くんの普通の日々」「室井慎次 生き続ける者」「スマホを落としただけなのに 〜最終章〜 ファイナル ハッキング ゲーム」「十一人の賊軍」である。
観てもいないのに文句を言うなと怒られそうだが、まずこのなかでセックスのシーンがちゃんとある作品はいくつあるのか。ソダーバーグ監督のように"Nodoby's f##king!"と言いたくなる。また、現代の日本という国を批判する作品はいくつあるのか。日本人のありがちな態度、姿勢、そして価値観を疑うものはいくつあるのか。所詮、人気のある"芸能人"を主演させて、関係者が観にくればそれでいい、という、A Very Japanese Movie だろう。こんなことをしているから、全国各地の映画館がTOHOシネマズばかりになったのだ。今村昌平や伊丹十三といった戦前に生まれた世代を最後にして日本の映画がダメになったのは、映画に関わる日本人の質が下がったからだ。他に理由などない。これらを"感動"だの"傑作"だの言っているヒマがあったら、世界の名作映画を観ればいい。水野晴郎やおすぎのような、すっからかんの感想を世間に垂れ流しているから、何かを批判するという健全な精神が損なわれたと言ってもいい。だから、日本人はコメディも苦手である。コメディほど"正しく批判する"精神が要求されるものもないのだから、何かを話題にしようとしても"不謹慎だ""傷つく人がいる"のオンパレードである。イギリスの映画やドラマなんて王室をバカにしまくっているものも少なくないが、そんなことが問題になるわけがないのに、日本で皇室を笑いものにする映画やドラマがあっただろうか。アイヌや琉球、被差別の人たちを題材にした映画が全国公開されただろうか。日本人はもう一度、ちゃんと、自分たちがどれだけ視野の狭い世界で生きているか、海外の映画を観てよく考えた方がいい。もちろん、考える能力のない人に考えろといっても詮無いことなので、自分たちの平均レベルに見合った政治や映画に囲まれているということなのだろう。