down the river 第三章 第一部〜不浄⑦〜
「おぉ!新田ぁ!新田じゃん!座んなよ!こっちこっち!ホラ!早く!!」
ユウが第2生徒会会議室に入るといきなり大声が飛んできた。
第2生徒会会議室は長机が長方形に置かれ、パイプ椅子が設置されており、会社の会議室とあまり相違ない。
古びた壁と床、そして横に綺麗に並べられたボロボロの棚が歴史を感じさせる。
「犬塚さん、こんにちは。」
ユウは正面の黒板に背を向けて座る大声の主に頭を軽く下げて挨拶をした。
『座る位置からして…真理さん役員?そうなの?マジで?あの人が?』
まだ2回程度しか会って話をしていないし、真理の事をよくわかっていないユウは偉そうにその立場を疑った。
「おい、コラ新田、真理でいいって言ったでしょ?よそよそしいから嫌なの。」
「はぁ…すんません…真理さん…。」
「ふん、わかればよろしい。さっ、座って座って。新田部活やってないんだね。まぁそういうの嫌いそうだもんね。」
「はい、確かにあんま好きじゃないっスね。真理さんは?生徒会の役員なんですか?」
「そう、その通り!凄いでしょ。この座り位置は何をやる人でしょうぅか!?」
「へ?」
「いや、だからあたしのこの座ってる場所からなんとなくほら、わかるでしょ?何者なのか!」
「正面の端っこ…。」
「そう、何者でしょう?」
「しょ、書記?」
「正解。良く出来た。偉い。さっさと座んなよ。」
「はぁ…。」
中身の無い会話を終えるとユウは席に着いた。
それとほぼ同時にやる気の無さそうな1年生3人と2年生3人が立て続けにドカドカと入って来た。
1年生は全員男子、2年生は女子が2人と男子が1人だ。
恐らく皆教師に無理矢理出席させられたのだろう。
全員が面白くなさそうにブスくれている。
「よぉし、これで全員だね。会長はもう少ししたら来るはずだから先にあたしが進めていくね。」
真理の通る声が会議室に響き渡った。
真理が声を発する度に軽やかに踊る短い髪は本当に美しい。
ユウを含む1年生男子全員の視線はそれに釘付けだ。
『いや…マジでかわいいなぁ…。彼氏とかいるんかな…。』
ユウはなんとなく惚けていると真理の振りが飛んできた。
「新田!わかったかな!?」
「へ?」
「日にちは?あたし何日って言った?」
「あ、いえ…その…。」
「再来週の土曜日!朝7時にここ!いい!?もう、ちゃんと聞いてて!」
「ど、土曜日!?で、です…か?」
「そう、なんか文句あんの?」
「あ、その、いえ…」
『まさか幼馴染みの男にたっぷり愛されに行くだなんて言えないよね…。タカちゃん…。』
今週は敬人の用事で会えないし、来週はわからないと返事をもらった。
再来週なら確実に会えると敬人から良い返事をもらったばかりなのだ。
「お、会長、来ましたね。一通り説明は終わりましたよ。」
「ん、ありがとう。よいしょっと。会長の尾田です。ちょっと座りますよっと…。」
会長は軽く会釈をすると辺りを一瞥し、正面の真ん中に腰を下ろした。
「じゃあ、改めてこんにちは。生徒会長の尾田です。もう犬塚から説明受けてると思うから色々言わないです。これ、このパンフレットに概要が全て書かれてるからしっかり読んでおいて下さい。君達は…」
ユウは生徒会長の目つきが急変したのを確認した。
「君達は部活をやっていない。かと言って成績優秀というわけではない。だから先生方の指名で我々生徒会とボランティア活動をやる。評価されて表彰されるだけが良い生き方じゃない。だがそれは評価されて表彰される事をしてから言うべき言い訳だ。君達は第1段階にすら到達していないんだ。」
『おほぉ…言ってくれんねこの会長ってば…。まぁなんも返す言葉もねえけどな。タハハ…。』
周りの生徒達にも軽い緊張が走る。
2年生の女子は生徒会長を睨み付けている。
「ま、でもせっかくやるなら楽しくやりましょう。皆でやればきっと楽しいですからね。犬塚の説明通り再来週の土曜日午前中にR保育園にボランティアに行きます。主に清掃、園内の木の手入れ、後は子供達と遊んであげたりとかですかね。昼食を取ってから解散となります。我々生徒会役員も全員行きますよ。僕、副会長、ここにいる書記の犬塚、会計、そして生徒会担当の先生と。中々賑やかになりますよ。」
『ほぉ…なんだかだるそうだなぁ…。しかも昼飯食ってから解散かよ…だりぃなぁ…。』
その後会長の話は10分近く続いた。
緩急があり、時に興味を引く話題を振って来るなど暇をさせない話し方で、あっという間に時間は経った。
「はい、それじゃあ注意事項とか書いてあるのでしっかり読んでおいてくださいね。えぇと…犬塚、今度は?いつ集まるんだっけ?」
「来週、来週です。火曜日の放課後ですね。」
「うん、そういう事です。じゃあ今日はこれで終わります。ほんじゃあ解散します。」
会長の一言で会議室にいる全員が同タイミングで立ち上がり我先にと出ていった。
そのタイミングを逃したユウは最後尾にいた。
「えぇと、新田くん?ちょいといいかな?」
ユウはビクッと反応し振り返ると会長が微笑みながら手招きをしている。
そしてその横にいる真理も負けじと美しい髪を揺らしながら激しい手招きをしている。
『おいおい…。なんだか嫌な予感しかしねえなぁ…。何だってんだ。電車の時間もあるんだが…。』
ユウは心の中で不満をタラタラ漏らすと踵を返し、2人の元へと戻った。
「お呼びで?」
「アハハハ!何その言い方!なんで?なんでそんな言い方なの!?」
真理が手招きを止めて手を叩いて笑い転げた。
ユウは真理のその行動に対して若干の苛つきを覚えながらも声色を変えずもう一度同じフレーズを吐き出した。
「お呼びで?」
「新田くん、君と話がしたかった。」
会長が微笑みながらユウに近付いてきた。
「何で僕なんかと?」
「僕は尾田だよ?尾田。聞いたことある名字じゃない?」
「え?」
「尾田だよ。尾田尊、聞いたことある名前だろ?」
「えぇ!?まさか尾田さんの…!?マジですか!?本当ですか!?」
「そう、尾田尊の弟、尾田和志だ。瀧本と同級生って事になるね。瀧本…知ってるよね?」
「男兄弟なのに会長と尾田さんて仲良しなんだよ?勝手なイメージで悪いけど、なんか男兄弟って仲悪そうだもんね。でも尾田さんところは本当に仲良しなんだ。だから新田の話は会長に筒抜けなの。当然瀧本さんにも筒抜けだよ?アハハハ!ビックリした?」
ユウは会長との会話にズケズケと入ってきた挙げ句、よくわからない男兄弟のイメージ像まで勝手に付け加えてきた真理に若干の苛つきを覚えながら会話を続けた。
「じゃ、じゃあその…会長もその…音楽を?」
「いやいや、僕は尊のやってる事は理解出来ないからね。轟音を出して、暴れて、騒いで…理解に苦しむよ本当に。普通の音楽は好きなんだけど、尊が創造する音は本当に理解出来ない。でも人気があるんだよね。わからないもんだよね。そんな尊が新田くんを天才だ天才だって騒いでるからさ、一度話をしてみたかったんだ。」
『ほぉ…兄弟って名前で呼び合うのか…お兄ちゃんとか兄さん!とか呼んでそうだけど…。この会長の顔はそんな感じだけどな。そんであんま似てないな。』
「で?話してみてどうでした?ただの出来損ないでしょ?」
「新田くんの音を聴かないとわからないかな。」
「まぁ僕はただの出来損ないですよ。天才だなんてありえませんよ。んじゃ電車の時間もあるから帰りますよ。」
「また会おうね。新田くん。今度は音を聴かせてほしいな。」
「機会があれば。ほんじゃ。」
「じゃあな!新田!」
「はいはい。」
ユウは投げやりな返事をするとそそくさとその場から退散した。
尾田の弟という事実には意表を突かれたが、尾田の弟には良い印象ではなかったからだ。
「話聞いてるとなんか…見下してる感じが見え隠れするなあいつ。尾田さんとは大違いだ。なんだあいつは…。」
ユウは顔をしかめてポケットに手を入れると肩で風を切るような似合わない歩き方で駅へと急いだ。
・・・
その日の夕方、夏祭り会場である神社の近くの公園に敬人とユウはいた。
過去に様々な事がここで起きた。
嫌な事ばかりではなかったが転落が始まったのはここからであり、そのキーマンとなる友原、弓下、との出会いはここだった。
そして男性同士の情事、そこから性の地獄へと転がり落ちて行くのに時間はかからなかった。
ユウは純粋で恐怖を知らないが故の愚行を繰り返し、後悔し、転落し、そして這い上がってここまで生きてきたのだ。
遠く遠く回り道をして再びユウと敬人は関係性を結び直している。
それを確認するかの様に2人は唇を吸い合い、唾液の交換をしている。
『あぁ…このタカちゃんの口の匂い…たまらない…。やっぱり何回してもタカちゃんとのキスは好きだ…。頭の中が…頭の中が痺れてくる…。』
ユウの口の中で敬人の温かい舌が暴れ回る。
「ぶはァ…タカちゃん…もう、もう、もう欲しい…。めちゃくちゃにしてほしいよ…。」
ユウは敬人の暴れ回る舌から逃れて、懇願する様に小さな声で囁いた。
「ユウ、相変わらずかわいいな…。お前を変わらず好きでいてよかった。まぁその…色々あったけど…。」
敬人はユウを見下ろし、ユウの頭を撫でた。
「恥ずかしいけど嬉しいよ。タカちゃん…行こ?」
ユウは小首を傾げて、敬人を見上げるとその顔はすっかり「女」になっていた。
女になったユウを久しぶりに見た敬人はたまらずに、ユウの手を力強く握った。
「痛っ、痛いけど…う、嬉しい…」
ユウが呟くと敬人はユウの手を更に強く握り締めてユウを公園内のトイレへと引きずり込んでいった。