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down the river 第二章  第三部〜再誕⑨〜

体育祭、文化祭とあまりユウにとっては関心の無い行事が続いた。
体育祭は不良っぽい連中が日の目を見て、何故かもてはやされるという理解に苦しむ行事だし、文化祭はよく分からない、歌いたくもない唱歌をひたすら練習させられ、発表し、ヒステリックに感動するという集団ヒステリーを誘発させているのではないかと疑いたくなる行事だ。
体育祭が終わり、すぐに合唱の練習を始め、本格的に冬の気配が身に沁み始める頃、文化祭が終了した。
クラスの女子達が抱き合い泣き合いとしてるのをユウはボンヤリと眺めていると高校受験が間近である事が何となく針で軽く刺される様な刺激として伝わって来た。

「あれ?有田くん?」

「おぉ…迫島?迫島だっけ?」

「なんだお前ら。なんかよそよそしいな。気持ち悪いぞ?」

迫島とユウが校門を出ると敬人がユウを待っていて3人が鉢合わせとなったのだ。

「敬人、どうした?合唱出なかったんだじゃなかったっけ?」

「ん、いや、まぁその浦野先生に負担じゃなかったら学校に来るだけ来ればって言われてな。」

浦野という名前を聞いてユウは身体をビクつかせた。
おあずけを喰らったあの日から数日後の日曜日に補習という名目で学校へ行き身体を重ねたきりだ。
それ以来、浦野の裸体と恍惚の表情と生々しい香り、苦しそうな声、艷やかな肌の感触、唾液、体液、汗の味がユウの五感に焼き付き、頭から離れない。その状態では当然ユウが得意としていた昇華も上手くいくはずもなく自己処理をして何とか今を凌いでいる。

「ふんふん、保健室で勉強かなんかしてたの?」

ユウは焼き付いた浦野の感覚をなぎ払う様な大きな声で敬人へ質問した。

「なんも…。何となくこうやって俺のこの時間が終わってくんだなって。そうやってよ、保健室でボーッとしてたらユウ、お前の顔が無性に見たくなってな。お前には散々迷惑かけたからあんまり威張ってモノ言えねえんだけどさ、今日少しだけ一緒にいてくれねえか?」

「…え?」

ユウの停止していた感情が再び鈍い音を立てて動き始めた。
心臓の鼓動が速くなり、冬空の屋外だというのに一気に汗が溢れ出す。

「いや、ダメならいいんだ。ユウ、気にすんな。な?迫島、悪かった。邪魔したな。」

敬人は焦った様に手を横に振り目を伏せた。
すると、迫島がキョトンした顔で話し始めた。

「いや、なんも悪くないよ?有田くん。ユウも嫌な顔してないし、俺も別に時間が無いわけじゃないから。ユウ、お前決めていいよ?俺からの宿題がキチンと間に合えば別に今日じゃなくてもいいよ?」

「あ、あ、あ、あぁそ、そ、そうか、ヒデ、そうか…。そうか…。」

ユウは奇妙な興奮でまともな返事ができない。
そんなユウを見て迫島が畳み掛けた。

「ユウ、俺はいいよ?ただ週末、土曜までに最後の1曲の歌詞を仕上げるんだ。それが条件。お前の顔見てたら有田くんといたいって、そんな顔してるよ?違うか?」

『あぁ出た…必殺(違うか)…これヒデの口から聞くとなんも抵抗出来なくなるんだよなぁ…。』

ユウは顔を赤らめるとうつむき、首を縦に振った。
敬人は迫島の言葉を聞いてユウを見つめた。
そしてユウの態度とユウの顔見ると敬人の顔はみるみる赤くなり額に汗が浮かんできた。

「だってよ、有田くん。良かったね!じゃあユウ、俺からの宿題忘れるなよ。土曜の補習後に家に来るんだ。じゃあね、俺は帰るよん。」

迫島はにこやかに手を大きく振ると、2人の返事を待たずにさっさと帰ってしまった。
そして残されたユウと敬人の間に妙な雰囲気が流れた。

「た、敬人、とりあえず煙草吸いに行かないか?ヒデ…さ、迫島と良い場所見つけたんだよ。そこでさ…その…コーヒーでも飲もうよ…な?」

ユウは汗が止まらない。心臓の鼓動も速くなる一方だ。

「あ、う、う、うん、そうだな…行こ行こ。あ、案内してくれよ…たの、楽しみだなあ。」

敬人は棒読みのセリフで答えると顔を赤くしてうつむいてしまった。

「こっちだよ、敬人、早く行こ。」

『え?え?なんでこんなにドキドキすんだ?おかしくねぇか?今まで散々一緒に学校行ってたじゃねえかよ…。敬人、お前が変な事言うから意識しちまうだろうが…。ヒデ、お前もだ!お前も!』

「う、うあ、お、うん。こ、こっちか、こっちなんだな、はい、うん、行こ行こ。」

『ユウ、急に女の顔になった。やばい、また、変な気持ちになっちまう。でも迫島には感謝だな。あいつがああやって言ってくれたからこうしてユウと居れるわけだからな。』

2人の歩いていく時間に言葉は無かった。
そしてそれはいつも通り、不快ではなく心地良い沈黙であり、それが2人を柔らかに包み込んだ。
川沿いを沈黙のまま歩き続け、迫島といつも行く小さな橋の下にある秘密の喫煙所が見えてきた。
ユウはポケットをチャリチャリと漁り、裸銭を手に取ると橋の手前にある自動販売機へと足を向けた。

「敬人、何飲む?奢るけど。」

ユウは後方の敬人へ声をかけた。

「うえ!?」

敬人は驚きのあまり妙な返事を返した。
10分以上2人は沈黙していたのだ。仕方がない反応だ。それを理解したかの様にユウはもう1度優しく敬人へ聞いた。

「あ、いや、寒いだろ?コーヒーでも飲むかって。奢るからさ。」

「あ、お、お、おう。悪いね。んじゃコレ。」

ユウは小銭を自動販売機に入れると敬人が指を向けた商品のボタンを押した。
静かな川沿いに自動販売機から缶が出てくるガタンという音がこだまする。
ユウは出てきた缶を手に取ると敬人へ手渡した。

「熱っ。ほら敬人、気を付けて。」

「あ、悪い、あんがと。熱っ。」

敬人が受け取る瞬間、ユウと敬人の指が触れ合った。

『敬人…。なんて高い体温なんだ…。これの何倍も何倍も熱いものを、俺は体内に取り込んでいたのか…。』

ユウの脳に敬人と身体を重ねた光景が走馬灯の様に駆け巡る。
唾液と体液を交換し、手を握り合い、身体を重ね、粘膜を擦り合わせ、2人で必死に絶頂を目指したその瞬間が鮮明に蘇った。

「ユウ?」

敬人は呆けているユウの顔を覗き込んだ。

「んおぉ!悪い。俺も買っちゃうからちょっと待ってくれ。」

ユウは慌てて自動販売機に小銭を入れてホットコーヒーを買うと敬人の方を向き、わざとらしい笑顔を敬人に見せた。

「フフ…プッ…なんだその顔は!ハハハ!」

敬人が声を上げて笑った。
ユウは信じられないといった顔で敬人を見つめた。
その間も敬人は笑い転げている。
その敬人の笑顔にユウは泣いた。
この顔が見たかったのだ。敬人のこの顔をユウはずっと見たかったのだ。

「ハハハ!」

目を細め、腹を抱えて笑っている敬人はユウが涙を流している事に気が付いていない。

「タ、タカ、タカちゃん…。」

ユウはその幼く、無邪気な敬人の笑顔に封印していた呼び方を口走った。

「!!」

敬人は久し振りに聞いたフレーズに驚き、それを言ったユウが何故か泣いていることで更に驚いた。

「ユウ…お前…泣いてる…泣いてるのか?」

「タハハ!何か…ね!ほら、ほら、早く行こう!コーヒー冷めちまうよ!」

「ユウ…。変な気にさせたらごめん…。」

敬人はそう言うとユウを全力で抱き締めた。
と、同時にユウの涙を抑えていたものは崩壊してしまった。

「タカちゃん…ごめん…ごめんね…本当にごめん!ごめんよぉ!ごめん…許して…!!許し…て!!うわあああ!!」

「ユウ…。お前がなぜ謝るんだ?ユウ…。いいんだ。悪者は明らかに俺だよ。お前は…お前は悪くない。ただ…ただ悪いと思っているんだったら…まだこのまま…抱き締めさせておいてくれ…。いいか?ユウ…まだ…こうしていたい…。こうしていたいんだ…。」

「あ…あ…あ…ごめんよぉ…タカちゃん…ごめ…ごめんよぉ…。」

通りには誰もいない。
2人は久し振りにお互いの体温を感じ合った。
握り締めた缶コーヒーよりも温かく、そして優しい香りが温もりとなって2人を包み込む。

「ユウ…。ユウ…。」

「タカちゃん…もっと…いっぱい名前呼んでよ…そしてもっと強く…強く…抱き締めて…。」

・・・

「俺、今音楽やってんだ。ヒデと。」

ユウは煙草に火を点けて煙を吸い込んだ。

「でな、作詞もしてるんだよ。曲はさすがに作れないからさ。」

何とも自信に満ち溢れた顔で、ユウは缶コーヒーを開けた。橋の下にパキンという音がこだまする。
敬人は大きな反応を示さずに煙草を箱から手際良く取り出すと口に咥え、火を点けた。

「充実してるってことか、ユウ。」

「そうだね。下村先生わかる?」

「あぁ、あの少し暑苦しい先生だろ?」

「そう、下村先生がさ、性欲とかに打ち勝つにはとにかく何でも一心不乱にやるといいって言うわけ。だから、音楽…あ、俺ベース弾きながら歌うんだよってまぁそれは置いといて、音楽に勉強にととにかく今めちゃくちゃ、ううんと何か良い言葉無いかな…がむしゃら、うんがむしゃらにやってる。そしたらさ、セックス以外にも楽しいことが見え始めたんだ。」

「そういうもんか?辛いと思うけど、我慢するのって。」

「成果が見えてくるのが本当に楽しいんだ。そしてその成果を人から褒めてもらったり認めてもらったりしたその快感はセックスと同じくらい気持ち良いんだよ。熱ッ!」

ユウは話に夢中になり煙草を根本まで燃やしてしまった。
ユウは慌てて2本目の煙草に火を点けて話を続けた。

「凄い気持ち良いんだぜ?うん、本当に。」

「そうか…。俺にはわからんな、そんなこと。」

敬人も2本目の煙草を咥えた。

「うん、まぁそうなる為にはかなり辛い時期もあるけどさ。」

「いや、わからないってそういうことじゃないんだよ。」

敬人は口に咥えた煙草を再び箱に戻すと、ユウに顔を近付けた。

「な、なんだよタカちゃん…。」

「目の前に、本当に抱き締めたい奴がいるのに…それより優先出来ることなんてあるのか?そんなもん俺にはわからない…そういうことだよ。」

「タカ…ちゃん…。」

ユウの胃が心地良く縮んでいき、鼓動が速くなり始めた。

「わ、悪い…ユウ、今、お前はそういう時期じゃないんだったな。今1番頑張って楽しい時期なんだ。悪かった。忘れてくれ。ハハハ。しかも俺は完全に許されたわけじゃない。そしてこういう行動でお前を狂わせたんだ。ハハハ…反省してねえな、俺も。悪い悪い…。忘れて。マジで。」

ユウは下唇をキュッと軽く噛むと、顔を右斜め下に向けた。

「タカちゃん…しよっか…。久し振りに…。」

「え…でも…。」

ユウは顔を上げると恥ずかしそうに、しかし、しっかりと敬人の目を見つめた。

「最後。最後になると思う。たぶんゆっくりタカちゃんとするのはこれが最後になる。もう、時間は無くなる。だから…」

「ユウ…。」

「ま、まあ、その、卒業して高校生になってからも…その、俺とセックスしたいってんなら…うん、また、卒業してからすればいいんだけど…さ…。俺…もう自分がよく分からないんだ。男?女?俺は性別が無い生き物だと思ってた。でも…それを与えてくれた人が2人いるんだ。1人はないしょ、タハハ…もう1人はさ…タカちゃん、タカちゃんだよ。」

「性別をくれた?…俺はそんな綺麗な感情なんか持ってないよ。」

「かもしれないね。だけどそれでいいんだよ。」

ユウは敬人見つめていた目を空へと向けた。
そして大きく溜め息をつき、もう1度敬人を見つめた。

「タカちゃん…しよ?色々考えるの面倒臭くなっちった。感情?性別?性?そんなもんどうでもいいよ。俺…タカちゃんとしたい。セックスしたい。たくさんしたい。もうそれだけでいいと思う。ダメ?中学校時代最後!ね?」

敬人はゆっくりとした動作でユウの両頬に手を当てた。

「ユウ、俺もお前と同じ。ずっと我慢してたけどやっぱダメ。行こう。うちに来い。」

「ん。わかった。良かったよ。じゃあ、キスして。今。キスしたら行こう。」

2人は橋の下で唇を重ね、唾液を交換した。手を握り合い、情熱的且つ、優しい、長い長いキスだ。
ユウは久々に味わう煙草臭い敬人の唾液に心まで溶かされてしまった。

そして敬人の家で2人は久し振りに身体を重ねた。
しかしその時、ユウの顔は女ではなかった。
男の顔、男の喘ぎ、男の動き、男として敬人に抱かれていた。
2人は身体を重ねながら卒業までの間、身体は求め合わないと誓い合うと2人同時、同タイミングで何度目かすらわからない絶頂を迎えた。

・・・

ユウは玄関に立ち尽くしていた。

「はぁ…尻が痛いんだけど…。イテテ…。」

久し振りである敬人との激しい行為に没頭してしまったその副作用がユウの臀部を包んでいる。
ジンジンと心地良い痛みではない。
少量ではあるが出血してしまったほどの激しさだ。

「そして、なぜかまたあいつがいる…と。なぜ…もう…。」

いつものユウは例の女性の気配を感じると家の中に入ることは出来ないのだが、この日のユウは少し様子が違っていた。
興味が湧いてきたのだ。興味が恐怖と悪意を超えてしまったのだ。
一体何だろう、何者なんだろう、何でここにいつもいるのだろう、今日のユウはそれが知りたくて仕方がない。

『なぜだろう…。怖いけど…怖いけど…知りたい。一体なんだろう…。』

まるで背中を押されている様な感覚に陥っている。
そしてなぜか不思議な勇気が湧いてくるのだ。
敬人が後ろから抱き締めてくれている様な何とも言えない安心感と心強さが湧いてくるのだ。
ユウは玄関で手荒に靴を脱ぎ去り上へと足を上げた。

『クソ…怖えよ…。』

家の中に入ると、停止していた空気がぼんやりと動き出すのをユウは肌で感じた。
浴室の換気扇はいつもと変わらず不気味な音を奏でている。

『どうしよう…。行くしかないのかな…。知りたいしなぁ…。』

そう考えて覚悟を決めると突然バチバチとユウの目の前にフラッシュが焚かれた。
酷い頭痛と耳鳴りがユウを襲う。

『え?え?まずいな?やばい!気持ち悪いし…頭超痛いし…は?え?』

「は?なんで?何やってんの?何?どうして?」

見えてきたのだ。
フラッシュが焚かれる度にその気配の実体がコマ送りの様に見て取れたのだ。

「なんで?なんで?なんでだよ…。幻?テ、テ、テレビでやってた…生霊って奴か?え?え?幽霊になっちゃったの?」

ユウの目から涙が流れ、膝を床に落とした。

「なんで、こんな形でここで俺を睨んでいるんだ?どうして?」

ユウは悲しみと恐怖と混乱でその場に嘔吐した。






「なぜだ…お母さん…。」






※いつもありがとうございます。
次回第二章 第三部〜再誕Thousands of departures〜は本日より3日以内を予定しています。
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※未成年者の飲酒、喫煙は法律で禁止されています。
本作品内での飲酒、喫煙シーンはストーリー進行上必要な表現であり、未成年者の飲酒、喫煙を助長するものではありません。

※今シリーズの扉画像は
yuu_intuition 氏に作成していただきました。熱く御礼申し上げます。
yuu_intuition 氏はInstagramに素晴らしい画像を投稿されております。
Instagramで@yuu_intuitionを検索して是非一度ご覧になってみてください。


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