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down the river 第三章 第一部〜不浄③〜
浦野とユウは身体の全てを密着させた状態でベッドの上で横たわっていた。
汗ばんで更に艶を増した浦野の左肩にはユウが食らいついた痕跡が赤く残っている。
後1㎜か、それ以下にユウの犬歯が食い込んでいたら出血していただろう。
「ユ、ユウ…さ、最低…」
浦野は息も絶え絶えにユウの腕の中で喋り始めた。
「え?さと美、さと美も…名前で呼んで…くれる…様に…なったんだ…。」
ユウも息は絶え絶えだ。
「う、うるさい…こ、この最低男…は…ホント
に…痛っ!…うぅ…。」
浦野は苦痛に顔を歪ませると自分の左肩の傷を見た。
汗が傷を覆い、痛みが走っている様だ。
「さと美…大丈夫?ごめん…。」
「痛いよ…ユウ…酷い…」
「ごめん…。」
ユウは謝りながら浦野の肩の傷を口に含んだ。
「うあ!ウッ!ちょ、ちょと、ちょっと!痛っ!痛いよ!」
ユウは無言で口を離さない。
「うわぁ!痛いって!それに血が出てたらどうすんの!!」
ユウは「ん?」と言葉にはしていないがそう言った様な素振りを見せると傷から口を離した。
「血が出てたら?どうもしないよ。まぁ出てないけど。」
「病気にでもなったらどうすんのよ、もぅ…イタタ…」
「さと美が病気になっちゃうの?」
「違うよ!バカ!ユウがだよ!血液って怖いんだからね!私だって何持ってるかわかんないんだよ!」
ユウはキョトンとして浦野の顔をジッと見つめた。
「な、何よ…。本当にダメよ。そんな事したら…。」
浦野は顔を赤くしながらユウの行動を叱ったがユウは何も堪えていない様子で笑い始めた。
「ハハハ!これまで散々さと美の色んなものを俺の身体に入れて来てるんだよ!?血液どころじゃないでしょ!ハハハ!」
浦野はユウの言葉にため息をつくとユウの口に右手の手のひらを当てて塞いだ。
「ハハハ!…ムググ?」
「コラ、ユウ?まぁあなたの言う事は間違ってないわ?確かにそうね。でも、ウェディングドレスを着るのよ私。ウェディングドレスを着る女の身体にこんな傷をつけたらダメだよ。わかった?」
ユウは浦野の細く、小さな手を握り自分の口元から無理矢理引き剥がすとまだ喋ろうとしていた浦野の口を手のひらで塞いだ。
「ムグググ!」
「ウェディングドレスを着る女の身体?フフフ…。まったく…そのウェディングドレスを着る女の身体を使ってよ、男を誘惑してよ、取り引きを仕掛けた女がよく言うよね。」
ユウは真顔で浦野を罵倒した。
浦野は必死に抵抗するが流石に高校生ともなると分が悪い。
「ムーッ、フーッ。」
「ウェディングドレスか…」
ユウはサディスティックな笑みを浮かべると、浦野の左肩の傷に歯を重ねる様にかじりついた。
「ムーッ!!ムーッ!モーッ!ムムグ!!」
浦野は目を固く閉じて、身体を傷付けられるという恐怖と痛みに身体を震わせながらユウが満足するまでの間ひたすら耐え忍んだ。
・・・
「お前はホントよく喋るね、ユウ。」
「んむ?」
遅い夕飯をかき込むユウにユウの母親が頬杖を右頬について疲れた様子でユウの話を遮った。
「なんか高校生になってから本当によく喋るわ。どうしたの。えぇ?」
「そんな喋ってるかな…。気にしてないけど。」
「なんていうか…友達の話とかさ、学校の話とかよくする様になったよね。中学校ん時とかあんまり話さなかったけどね。何?どういうこと?良い方向なの?悪い方向なの?」
ユウは考え込んだ。何も返す言葉が無い。
ユウはただ誤魔化しの為にベラベラと嘘八百を並べていただけなのだ。
学校では何も特筆すべき事など無いし友達もいない。
そして誤魔化す事案があるわけでもないし、そもそも浦野とセックスをしていて帰りが遅くなった事も話さなければ良いだけだ。
母親とはいえそこまでお見通しという事は無い筈である。
「し、心配かけねぇ様にしてるんだよ。わ、わかんねぇかなぁ、息子のこの気持ち…タハハ…」
「タハハね。」
「な、なに。何だよ。」
「はぁ、お前もそんな年齢になったわけな…。」
「何だってんだよ。」
「別に心当たりが無いなら今後の為と聞いとけ。心当たりがあるってんなら改善すべきだよ。」
「だから何!」
「まぁお前はそんな事ないだろうけど。人は嘘をついたり何かを誤魔化そうとする時にある特徴が出るんだ。この世の中色んな奴いるけどほぼ当てはまる。その特徴はね、いつもより良く喋るんだ。そしてその内容はどうでもいいことばかり。」
「…。」
「そして…うん…まぁお前も高校生だからね。話しとくかね。大概その特徴が出る時に嘘や誤魔化そうとしている事ってのは男女関係のもつれが多い。お前が母親の私に男女関係のもつれを誤魔化す意味がわからんけど。だからまぁそれじゃないんだろうし、本当に私に心配かけない様にしてるんだろう。じゃあ嘘や誤魔化しの上手い奴はどういう風にしてるかな?わかる?」
「し、知らねえよ…。」
「喋らない。」
「は?」
「喋らないんだよ。物凄い落ち込んだみたいになるんだよ。喋ってボロが出るのを防ぐ為に。いつもより口数が少なくなって元気が無くなる。そうしたら相手はどう思う?」
「そりゃ喋らなかったり元気無さそうだったら心配すんだろ。普通そうでしょ。」
「うん、そう。そう考えるよね。そしてその時点で勝ったも同然。どうしたの?ってなるよね?」
「ンフフフ…」
ユウは鼻で笑うと止まっていた箸を動かし始め、再び食事を始めた。
「お母さんこそその話は嘘だろ。ん?どうしたの?って聞かれるって事はよ?答えなきゃいけねえだろ?ボロが出やすくなるでしょ?」
「うん、だから答えない。答えないの。」
「だからそれじゃ余計に疑われるだろ?」
ユウは勝ち誇った顔で茶碗に入った米をかき込んだ。
「疑う?心配すんだろってお母さんに言ったじゃん。」
ユウは米をかき込み終えるとゆっくりと茶碗を置いた。
「どういう事だよ。」
「疑うと心配するって全然意味と力が違う。人は疑う時は何とかボロを見出そうと躍起になる。そしてそういうフィルターをかけてその人を見る。最初からクロだって見方をして話をしたり聞いたりするんだ。だから嘘や誤魔化しを見つけ出されやすい。」
「…?」
「わかんなくてもそのまま聞いとけ。ところが心配するってのはそうじゃない。相手は弱き者、いたわるべき者って見方をする。そういうフィルターをかけて話をする。心配するとね、嘘や誤魔化しが霧がかかったみたいに見えなくなる。情けや心配をかけさせたらほぼ勝ちなんだよ、嘘や誤魔化しは。そしてほとぼりが冷めた頃、相手に謝れば終わり。ごめん、あの時は…なんかおかしくなってたみたいって。そう言われたらあんたどう思う?」
「は?おぉ良かったなって思うだろ。」
「そう言われて疑う?」
「あ…」
「疑わないだろ?」
「う、うん…。」
「刑事さんが容疑者に尋問する時に、情けとか義理人情を捨てて臨まなきゃいけないのはそういう事。」
「あ…ご、ぐ、ごちそうさま…」
「あい、食器、ちゃんと片付けてよ。」
「あぁ。」
『なんなんだあいつは…。』
ユウは食器を片付けると、心の中も無言になってしまった。
男女関係のもつれ等ではない。
ただ何となく悪い事をした気になっていただけだ。
迫島の淡い恋心を食い物にして、迫島を見下し、それを性欲の起爆剤にして浦野とセックスをした。
心の奥底を見ればユウは悪かもしれないが、行動はただ身体の関係を持つ年の離れた男女がセックスをしただけの事である。
何故それを誤魔化そうと必死になっていたのかと、食器を片付ける最中に急に冷静になったのだ。
『ケッ、別に悪い事したわけじゃねぇや。寝よ寝よ。くだらねえ。何が悪いってんだよ。』
ユウは心の中で悪態をつくとその日は速やかに眠りについた。
・・・
ユウは次の日も何となく感じる罪悪感に苛まれていた。
誰に対しての罪悪感なのかはわからない。
迫島に対してなのか、浦野に対してなのか、浦野の婚約者に対してなのか、全くユウの心はすっきりとしない。
ユウは学校帰りの電車の中でぼんやりと外を眺めた。
『人間て実は虫とかと変わらねんじゃね?なぁ尾田さんよ。』
電車の窓枠に沿って不快な音を立てて飛び回る丸々と太った蝿を目で追いながらユウは尾田の言葉を思い出した。
〜暴力で解決しようとすんのは人間じゃねえ。その辺の虫と変わらねえんだよ。虫でもちゃんとてめえの巣の中じゃ仲良くできんのによ。おい、こらガキぃ。お前は虫以下か?〜
尾田が凄まじい迫力で迫島に言った言葉がユウの頭の中で再生される。
『暴力はだめだとは思うよ。尾田さんの言う通りだ。でもコレは別だろ。』
ユウはズボンの上から男性の象徴を2回程擦った。
『俺達人間だって虫だって結局コレが目的で生きてる。恋愛だの愛だのなんてのも後から付けたクソみたいな理由だ。不倫だの浮気だのも同じだ…。…邪魔な蝿だな。お?なんだ?』
田舎の電車だ。ユウが蝿を手で払い、目を座席の下に向けると紋白蝶のつがいが折り重なって飛んでいた。
『おいおい、なんて田舎なんだ。電車ん中に蝶々って…。まぁ駅で停車してる時間が長いからなぁ…。ハハハ、見ろよ尾田さん、雄は皆あぁやって腰を振る。雌は皆あぁやってケツを上げる。人間も虫も、動物も皆そうだ。あんたもそうだろ?見えない、見せないだけでな。赤ん坊を愛おしそうに抱いてる母親も、それを見守る優しそうな父親も、俺とさと美がやってる事をやってるだけだ。ハハハ…だとしたら…そんなに難しいことじゃない…。』
ユウは何かを悟り、何かを理解した様だ。
気が付くと浦野のアパートの近くにある公園にいた。
「当然、まだ帰ってくるわけないか…。」
ユウは1度家に帰り、着替えてからまた出かけたのだ。
母親のご機嫌取りの為に高校生になり免除された炊事や風呂掃除をして遅くなる旨を書き置きしてから出てきたので時間的には余裕がある。
「煙草でも吸うかな。」
ユウは公園のトイレの裏手に行くと、煙草に火を点けた。
「ふぅ…くだらねえな。全部。」
ユウは煙草の煙を上へ向かって吹き出しながら潮の香りを感じていた。
「はぁ…さと美のあそこと同じ匂いだ…ハハハ、それにしても遅いな。」
公園の時計は夕方6:00を差していた。そろそろ帰ってきてもいい時間だ。
「まだ帰って来ない…」
ユウは3本目の煙草に火を点けて、イライラした様子で公園の時計に目を向けると、30分が経過していた。
「チッ…ったく。んかぁああ゛!プッ!」
ユウは浦野の真似をして痰を吐き出した。
それとほぼ同時に浦野のスポーツカーがアパートの目の前にある駐車場に入って来た。
出船駐車をする様子も無く、勢いを緩めずにそのまま頭から駐車スペースに突っ込んだ。
「すげぇ運転だなぁ…。おいおい…。ん?」
浦野が運転席から出ると、その後に助手席から若い男が出て来た。
「ほうほう…。そっか。アレが婚約者…へえ。カッコイイな。」
ユウはトイレの影に身を隠し、舌なめずりをした。
迫島から身を引かれ、敬人にも会えない孤独の中で何かを感じて何かを理解したユウは目を丸くして浦野の婚約者をただひたすら見つめていた。
その横の浦野は嗅ぎなれない煙草の匂いを察知して辺りを見回していた。
浦野は煙草の匂いと共に不穏な何かも察知している様子で美しい顔つきを僅かに歪ませながら左肩に右手を置いた。