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down the river 第二章 第二部〜再生③〜
『やばい。なんだこりゃ。神さん綺麗過ぎだろ。』
新校舎の倉庫1室の後ろ黒板の中央に美沙が佇んでいる。まだ陽が昇りきっていない明るいとも暗いとも言えない中、神々しさを携えて美沙が佇んでいる。
『信じられない…こんな綺麗な人が…綺麗な人が…あの哲哉と付き合ってるなんて…。神さん…なんて綺麗なんだ…』
ユウは静かに美沙の所へと歩みを進めた。
「ユウ、なんか久しぶりに会った気がする…ね。」
「あぁ、神さん。なんか…2人で会うってなくない?なんか凄い…うん…なんか…て、て、哲哉に申し訳無い様な…」
「ユウ、そんなことはどうでもいいの。」
美沙はユウを険しい目で見つめている。明らかにユウの言葉を聞いて怒りに満ち溢れた顔に変化した。
「なんだよ…神さん…」
その顔にユウは苛つきを覚え、瞬間湯沸かし器の様に頭に血が上ると、声を荒げた。
「呼んだの神さんだろ?なんだよ!」
「…ご、ごめん…ユウ…怒んないでよ…なんで…なんで…なんでそんなに怒るの?…そんなユウ嫌だよ…」
しおらしい美沙を見てサディスティックな感覚がユウの股間を襲う。だが弱者の特性なのだろう。美沙が下手に出たのをいい事にユウはここぞとばかりに喚き散らした。
「俺はいっぱいいっぱいなんだよ!色んなことで!!なんだよ。彼氏にちくんのか!?ユウからこんなこと言われた〜って!?どうぞどうぞ!ちくれよ!」
「ちょっと…怖いよ…ユウ…うぅッウッウッウッ…アアア…どうしたのよぉ…ウッウッ…」
美沙は遂に泣きだしてしまった。
「ご、ごめん。本当に…」
ユウは頭を下げて目を伏せた。
沈黙が訪れた。美沙のすすり泣く声と朝の僅かな雑音が重い空気の中を1分程度の時間と共に通り過ぎていった。
「うぅ…ユウ…前はそんなんじゃなかった…なんで…そんなに嫌なことがあったの?皆の弟、そんな風に思っていたのに…」
美沙は嗚咽を交えて変わってしまったユウを問い詰めた。
皆の弟と呼ばれていた事をユウは思い出す。幸せだったあの頃が頭を駆け抜けた。邪悪で汚い感情など一切無いあの友人関係は、身体の関係を結んだことで複雑化して、邪悪な感情を生み出し、自分を汚い人間に仕立て上げたことをユウは理解していた。身体の関係を知らない美沙に変わってしまったと指摘されたことはユウにとっては衝撃だったのだ。
「変わった…?まぁ…ずっと同じってわけにはいかないよね。」
「そう…もうあのユウはいない…のね?」
美沙の上目使いがユウを刺激する。
『こんなにかわいいのに…こんなに綺麗なのに…あの哲哉と…俺のものじゃないんだよな…』
「哲哉が変なの。」
ユウの思考を読んだかの様に美沙が口火を切った。
「ユウ、哲哉がおかしいの…いや、哲哉だけじゃないの!敬人も!栗栖も!そして…ユウ…あなたも…」
「…!」
「前から少し様子はおかしいとは思ってたよ。でも…」
「…でも?」
「栗栖以外は全部つながったよ。」
「どういうこと?わ、わ、わからないな…」
『なんだ?誰かバラしたか?一体誰が…栗栖さん?まさか…いや、栗栖以外は…ということは…』
ユウの身体は季節外れな大汗に包まれる。
「裏切り、おもちゃ…敬人…哲哉…友原…弓下…俺を捨てて…ユウ、あなたはそう言っていたわ…」
「だだだ、だだ誰がそんなこここことを…」
ユウの歯が激しく鳴り始め、心の鼓動が速まった。
たった2年弱の期間にユウな何度となく絶望を味わってきた。しかし、今回は特別だ。全てが終わる、そう予感させるには十分な材料が揃っていた。
「あなたが言ったのよ!ユウ!あなたの口から聞きたいわ!どういうことなのか!哲哉は全然私と会わなくなったのよ!哲哉はもう私と会ってくれなくなったの!なんで!?敬人も栗栖も全然口を聞いてくれないわ!なんで!?どうしてよ!!あなたの口から説明してよ!」
「な、なんだよ…どういう意味だよ。神さん。哲哉と別れたの?」
「哲哉?あなた哲哉のことテツちゃんて呼んでたのにどうしたの?なんで急に呼び捨て?」
「今そんな話してねえ!!!どう呼ぶこう呼ぶは関係無い!!」
「ウッ…」
美沙は美しい顔を歪めるとまたポロポロと涙を流し始めた。
「わかったよ。俺から説明させて。神美沙。いいか?まず…」
ユウはヒュウと息を深く吸い込み覚悟を決めた。
『1番敵に回しちゃいけない人なんだけど…俺が壊したものだからな…俺の全てを伝えよう…楽になろう…』
「まず…くっ…」
ユウは次の言葉を出そうとするが出てこない。
『ま、ま…前にもこんなことあったっけ…でも…もういいんだ…死のう…死んで逃げよう…散々な思いをしてきたからな…そして何より、哲哉と敬人に裏切られたって言っても神さんは信じてくれないだろう。もう完全に俺が悪いって思ってる。』
「ユウ!何よ!言いなよ!!」
「くっ…かっ…」
「言えよ!!」
「俺は…」
『死…』
「俺は…」
『死のう…』
「俺は…男とセックスしてる様なヤツだ…」
この言葉を吐き出した後、ユウの鼓動はその動きを止めるかの如く遅くなっていく。リラックスとは違い、鼓動のピークを過ぎてその役目を終えたかの様に緩やかに動きが遅くなった。
「え…?」
「聞こえなかった?俺は男が大好きで色んな男とセックスするヤツなんだ。わかるか?神美沙。」
「そうなんだ…」
「驚かないのか?神美沙。あんたの彼氏とも…」
「い、いや、…いや…」
「人の話は最後まで聞きなよ。あんたの彼氏…」
「やめて…いや…いやぁ…」
「哲哉にもたくさん抱かれたよ。」
「いやぁあああ!!!!いやだぁ!!」
「ハハハハ…ハハハハ…ハハ…つまりだ…」
「いやぁ…もういやぁ…いやぁあ!!」
「あんたより俺の方が魅力的ってことだよ!」
「ウッウッうぅ…」
美沙の涙が止めどなく流れている。泣いてるのにも関わらず素晴らしい造形美を保った美沙の顔を見てユウは股間を膨らませた。
「ハァハァ…グッ…ハァハァ…」
緩やかに遅くなったユウの鼓動が再度速くなり、息が乱れ始めた。
美沙の泣き顔で完全に欲情したユウは唇に舌を這わせると自らの股間を触り、その感触にウットリと酔いしれた。
「あ…」
ユウの頭の中でゴリゴリとすりこ木を擦る音が鳴り響き始めた。
『あぁ…なんだ…来てくれたんだ…お前…。なぁ俺…なぁ俺もう楽になっていいかな…。』
いつもの巨大な顔が奈落からせり上がってきた。
『なぁ…どうやって死ぬのが楽なんだ?…亮子…亮子…死ぬって…どんな痛みなんだ?』
巨大な顔が体液にまみれ、口紅が乱雑に引かれた口をニチャリと音を立てて開き、何かを言おうとしたその瞬間、その世界は美沙の顔で壊された。
バリバリと音が鳴っている様な感覚がしたかと思うと美沙の顔が急に目の前に現れたのだ。
美沙はユウの首を掴むと細い腕で渾身の力で締め上げ始めた。
『あぁちょうどいい…殺してくれるんだな…。神美沙…頼む。楽にしてくれ。お前の憎しみも晴れるだろうよ。』
しかし、女性の細腕で体力もあまり無い美沙はユウが失神する前にその手を離してしまった。
美沙はその手をそのまま両膝に降ろし、肩で泣きながら息をしている。
「なんだ…殺してくれないのか…神美沙。」
「何よ…ハァハァ…殺してやりたいわよ!それになに?いつの間にか私も神さんじゃなくて、呼び捨てなの?」
美沙は汗と涙にまみれた顔でユウをキッと睨んだ。
ユウは美沙の声が聞こえていないかの様に立ち尽くし、ぼーっとしている。
やがて美沙は息が整い始め、両膝から手を離し身体を起こした。
小さな身体を起こした美沙を確認したユウはポケットを弄り、カッターナイフを取り出した。
「ハッ!!い、い、いや…いや…」
美沙はカッターナイフを見ると怯えて倉庫から逃げ出そうとするが、ユウはドアの前に立っていて前のドアに通じるスペースも机や資材に邪魔され逃げ出すことはできない。
「いやぁ…ユウ…嫌だよ…」
ユウはカッターナイフの刃を出すと美沙の足元に放り投げた。
「いやあぁあ!!止めて!ユウ!」
美沙は両手を前に出し、顔をユウから背けた。
股間が膨れたままユウは静かに顔伏せている美沙へ語り始めた。
「落ち着いてさ…気持ちの整理がついてさ…それでも俺を殺したいなら…そのカッターナイフを手に取るんだ。」
「え…?」
「どうにもならねえな。もう俺は完全な悪役だ。さぁ、決心ついたなら…さっさと殺せよ、神美沙。」
「え…?ユウ?」
「色々下調べしてここに来たんだろ?俺を殺す為に…だったらさっさと殺れよ。時間も無い。」
「やめて…ユウ…」
「何も難しく考えなくていいよ。簡単に考えればいい。あんたは自分の彼氏を自分の弟みたいに思ってた男に盗られた。そしてバランスが取れていた仲間関係をぶっ壊された。殺したい。俺は全ての元凶。殺されたい。死にたい。だからさ…そこにある…」
ユウは美沙の足元にあるカッターナイフを拾い上げた。
「あんたがこの薄い…薄い鉄を俺の身体に押し込むか、魚を捌くみたいに俺の腹に切り込みを入れりゃ全て解決だよ。簡単だろ?さぁ…殺せよ。もういいよ。斬られる、刺される痛みより、この現実の方がよっぽど痛みを感じるよ。なぁ…亮子…お前もそうだったんだろ?なるほどね…あぁ…なんか…へへ…清々しいや…」
そう言うとユウはカッターナイフの刃を持ち、柄の方を美沙に向けた。
「さぁ…早く殺んなよ…なんかね…予感はしてたよ。最後に結局解決してくれんのは神美沙、あんただってさ。あぁ辛かった…たかが男とセックスしただけでこんなにめちゃくちゃ複雑になっちゃうなんてな…」
「ユウ…どうして…」
「色々言おうとは思ってないよ。悪者のまま死にたい。さぁ。」
「ユウ…悪者って…」
「悪者だろ?なんでもこういうことが起きたら悪者を決めてそいつを懲らしめなきゃいけないだろ?そうしないと解決ってやつにはならない。」
「ユウ…今、今まで言ってきたことは全部本当なの?うぅ…」
美沙の涙は止まらない。
「あぁ、ナイスな推理だよ。名探偵だね。さすがだよ。切れ者は違うわ。」
「うぅ…あぁあぁ!ああああ!」
倉庫の中に美沙の絶叫が響き渡った。
始業のチャイムまで僅かな時間であったが遅刻を覚悟して美沙は慟哭に耐えながら懸命に経緯、推理、そして自分の思いを話し始めた。
いつもありがとうございます。今年もよろしくお願いします。次回更新は1月7日予定です。
今シリーズの扉画像は
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