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レイキとの出会い 見えないものを信じるには
前回はまた少し脱線したけれど、ここまでのnoteでは私が「スピリチュアル自己検閲」をかけてほとんど対外発信せずにおいた出来事たちを拾い上げつつ、「気づきの遍歴」としてまとめて書いてきている。別に私の何かが急に変わったというわけではなくて、自分の中にそもそもあった大事にしているものを順番に出していっているという感じだ。
今回は、この自己検閲に引っかかって表に出さずにしまっておいたものの筆頭である「レイキ」についての話を書いてみたい。
実は、私のホロスコープ鑑定のウェブサイトにもレイキヒーリングのメニューがしれっと追加されていたりするのだが、まだほとんど情報を発信してこなかったため、「裏メニュー」という状態となっている。
私にとってレイキがどのような位置付けなのか、これを機にあらためて振り返ってみようと思う。3年前、レイキを習得したことによって私の意識が大きく変化したのは間違いなかった。
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エンパス体質をどうにかしたい
以前のnoteで書いたが、ホロスコープとの出会いを経て、2020年の夏に会社を辞めて…モラトリアム期間に突入した。
これから何を仕事にしていくかは、ほとんど決めていない状態だった。ただなんとなく、心理カウンセリングやコーチングなど(ホロスコープも含め)、何かしらの一対一での対人支援が自分としては向いていそうな気がしていた。その方面の学びについていろいろと探っていた一方で、ひとつ気になっていることがあった。
それは、私に「エンパス」(共感力、感情移入能力が高い人のこと)の傾向があるということ。うまく生かせていた面もあるが、他者や場所のネガティブなエネルギーも敏感に受け取ってしまい、体調不良になることが多かった。良くも悪くも、周囲のエネルギーとの境界線が曖昧になってしまうようだった。対人支援を仕事にするのであれば、何かしら日常的に他者の影響から自分の心身をガードする対策を取らなければいけないと考えていた。
そこで思い出したのが、レイキだった。
10年前、石垣島で「予言」される
レイキに最初に触れたのは10年くらい前に遡るので、その時の話から振り返ってみる。
2013年の年の瀬、ひとり旅で訪れていた石垣島。現地に「滝ヨガ」というアクティビティプログラムがあったので参加してみたところ、そのインストラクターさんが「よかったら近くにオーラの写真を撮れるお店があるので、行ってみませんか」と薦めてくれた。ちょうど帰りのフェリーまでの時間も空いていたし、旅先ならではの軽いノリで立ち寄ることにしたのだった。
オーラ写真自体も興味深いものだったが、店主であるヒーラーの女性に直接見てもらったところによると、「あなたは本来、こちら側の人なんだけど…東京で編集者をやっているの? うーん… いずれは東京を離れて、エネルギーを扱う仕事をすることになるんじゃないかしらね」とのこと(いま考えれば、予言だった)。
当時は、ちょうど坐禅修行を体験したあと、くらいの時期。
坐禅で大きな気づきを得てスピリチュアル方面にも関心が湧きはじめてはいたものの、警戒心もまだ解かれていない頃だったので、そう言われてもな…という感じだった気がする。微妙な表情をしていたであろう私に、ヒーラーさんがアドバイスをくれた。
「いまのうちからやれることはやったほうがいい。あなたはオーラが大きいけど不安定で念がつきやすいから、定期的に浄化をしていかないと。まずはレイキを受けてみるといい」と。
レイキという言葉を、そこではじめて聞いた。確かに、不安定で念がつきやすいというのは自分でも納得感がある。人混みが苦手で(当時は会社に内緒でマイカー通勤をしていた)妙に疲れやすく、実際に原因不明の体調不良にもずっと悩まされていたからだ。
頭頂部が燃えるように熱い
東京に帰ってから、ネットでいろいろと検索してみる。レイキは日本発祥のもので、レイキ=「霊気」であるということもこの時知った。海外では保険適用になる国もあるほど補完医療としてメジャーになっているらしいが、日本では(発祥の地であるにもかかわらず)やはりまだ「スピ系」な扱いという感じだった。その中でもあまり怪しくなさそうなサロンを見つけたので、そこではじめてのレイキヒーリングを受けることにした。
赤坂にあるヒーリングサロンで、施術してくださったのは物腰柔らかな男性だった。クイーンズティー・主宰のTAKEさん。サロンの扉を開けるまでは警戒心を持っていたが、出迎えてもらって少し和んだのを覚えている。
(このnoteはレイキの詳細を書くものではないので、もし興味がある人はクイーンズティーさんのサイトで ↓ )
レイキは宇宙エネルギーをヒーラーが「管」となって手から流すという施術だ。初回体験ということで、簡単な説明を受けたあと、ベッドに横になってTAKEさんに手をかざしてもらう。
…驚いた。手は直接は触れていないはずなのに、すぐに頭頂部がカーッと熱くなる。身体の中にためこんでいた「よからぬ何か」が黒い煙になって頭から蒸発していくようなイメージ。熱すぎてヒリヒリと痛みすら感じた。施術が終わったとき、すぐに髪の毛が焦げていないか頭をさすって確認したほどだった。起き上がって見回しても何かしらの温熱器具を使っている様子もない。やはり手をかざしていただけだった。
デモンストレーションに納得
何しろ10年も前の話なので、この「頭が熱い」という体験以外はうろ覚えではあるのだが… もう一つ印象的だったのが、そのときにTAKEさんにエネルギーの仕組みを説明してもらったことだ。
施術後、「頭がとても熱かったから何かが起きたのはわかるし、スッキリした気がするけど、これをどう受け止めたらいいかわからない」とTAKEさんにわりと正直に伝えてみたところ、彼は頷いた。
「僕自身も昔はとても疑い深くて、まったくスピリチュアル能力のないところからレイキをはじめているので、どうしたら皆さんに疑いを持たずに受け入れてもらえるかを考えてきているんです」とのこと。
そこで「わかりやすいように試してみましょう」と、あるデモンストレーションをしてもらった。チャクラにレイキのエネルギーが流れるとどうなるのか、というものだった。チャクラは、身体に存在する7つのエネルギースポットのことで、それぞれのチャクラには異なった役割があって…というくらいは聞いたことがあったけど、まだ当時は意味がよくわかっていなかった。
私は自分の体に手を当てながら、離れた場所からTAKEさんにレイキを流してもらう。そこで「あなたの大切な人のことを思い浮かべてください」「あなたが達成したいことについて思い浮かべてください」と二つの質問を投げかけてもらった。すると、ハートチャクラ(胸の真ん中)が「私の愛」の質問の方に、セイクラルチャクラ(丹田)が「私のやる気」の質問の方にハッキリと反応したのだ。
チャクラにエネルギーが流れたときの体の感覚を、自分なりにキャッチできた。これは気のせい、というレベルではなかった。言葉に表しにくいが、ぐわっと込み上げるような、鼻の奥がツーンとして涙が滲んでくるような。
そういう仕組みだったのか、とはじめて納得することができた。
見えないものを信じるためには
以前のnoteでも書いたように、私は長年にわたって「宗教嫌い」だったこともあって「見えないものを迂闊に信じることは危険である」とずっと考えてきた。宗教も巷のスピリチュアル的なもの全般にも、懐疑的だった。
どんなに偉いとされている人の言葉であっても、どんなに親しい人から薦められても、周囲の人がうっとりと心酔していても… 私は「自分自身の心身でそうだと納得しない限りは、信じない」というスタンスを譲らなかった。
(はなから拒否するというよりは、何か導きがあるときには疑いを持ちながらも「試す」ことはしてきていた。違うと感じたらサッサと逃げてきていたという感じだ)
その点、TAKEさんによるレイキ体験は私にとっては大きな意味があった。変に大仰な言い方で説得されることもなく、ただ「私自身の感覚でエネルギーの仕組みを理解できるように導いてくれたこと」に感動したのだ。私が見えないものを信じられるようになるには、この方法しかないからだ。
このように案内してくれることはとても丁寧で親切だし、スピリチュアル界隈ではややおざなりにされてきた部分ではないかと思う。いつかレイキをちゃんと学ぶとしたら、TAKEさんにお願いしよう…と決めていた。
2020年、レイキに再会する
それからずいぶんと時間が空いてしまったが、「レイキ」というワードが再び降りてきたのが、2020年の秋頃のことだった。
冒頭でも書いたが、対人支援の仕事を視野に入れたときに、自身の軸を守る術を身につけておきたかったからだ。いよいよレイキを習得しようと思えるタイミングが来た。
TAKEさんに久しぶりに連絡し、今回はレイキの伝授(アチューンメント)を受けることにした。レイキを自分で使えるようになる「回路を開く」ためのセッションだ。TAKEさんのレイキ伝授はグループではなくマンツーマンであり(私にとってはマンツーマンはマスト条件だ)、3回のセッションの際にリーディングもしてくださるというのが特徴だった。
ちなみに、レイキの伝授について普通にネットで調べてみると、本当に数多くヒーラーさんの情報が出てくる。やり方も価格も幅があり、ウェブサイトの文章を読むだけではどうしたって胡散臭さも否めない。何も情報がなければ、どこを信じたらいいのか途方に暮れてしまっただろう。
かなりブランクはあったものの、2013年の自分自身の体験があったからこそ、ここでお願いしよう、と決めることができたわけだ。伏線がしっかり回収された、という感じなのかもしれない。
…と、前段として書くつもりがずいぶん長くなってしまった。
とにかく、もともとスピリチュアル全般に慎重だった私が「レイキを受ける」までに至るのには、相応のステップが必要だったということだ。
レイキの伝授とその後のことについては次のnoteで書いていこうと思う。
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