墜落
『紙飛行機を上手く飛ばす科学(2)―――飛行機が飛ぶわけ』なるドキュメントを漫然と見ていた。紙飛行機の重心を後ろにずらすと、主翼にかかる揚力が尾翼に分散される。すると空気抵抗は小さくなるが、有人機の場合飛行機自体の操縦が難しくなって実用的ではないらしい。人生みたいだと思った。しかし人生みたいという言葉ほど使い古された、また卑怯で低俗な比喩もない。
飛行機に関するドキュメントを見ながら、2年前に一生懸命紐解いていたはずのランダウ流体を眺めやっていた。確かに私は上巻と格闘した過去がある、しかしそれを保証するものはどこにあるのだろう。なす術ない不安を咀嚼するしかなかった。下巻は外国語のようにすら見えた。名著を前に私が自身の中に育んだのは幼い自尊心だけだったのか。微かな絶望感が頭を掠めたが、そういう衝動を上手に処理できるようになった自覚は、幸いある。
過去の失敗を取り戻そうと躍起になるには、人生はあまりに短い。我々にできるのは反省、もう取り返しのつかないことと、これから改善可能な事実を弁別していくことだけだろう。私を評価するのは私ではない、当たり前だが気が付くのに数年を要したそういう事実を前に、何か形になるものを残したいという強烈な感情に襲われた。
私たちの生活を静かに抑えつけている負荷に、もっと敏感になりたい。ただ敏感になればそれでよいのではない、大切なのは重力に抗して立ち上がろうとする姿勢を見せること、墜落しまいとバランスを取り続けることだ。眼前の具体的事物以上の真実は確かに存在する。しかし存在するか分からない夢や理想を語り続けても意味がないか、勝算のない博打でしかなくなる。希望を述べるなら、真実に対して奮闘するなら、まずは足場の確かなところから始めていくべきだ。
研究室であれ、一ベンチャー企業であれ、私は何かしらの目的を共有してそれに邁進するコミュニティを欲しており、曲がりなりにも所属出来ていることに感謝している。これは学部生の頃と比較した時一番劇的にみえる考えの変化だといえよう。文句を言いながらも、冗談じみた愚見を吐き散らしてばかりいたとしても、与えられた使命を着実に果たしていく人が一番偉い。理想の構築だけに躍起になってはいけない、理想があるなら盤石なところから歩き始めたいものだ。そして空気抵抗や不安定性に対してすべきことは嘆いたり自傷に走ったりすることではない、理性的に確実に対処を続けることだ。
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