不純喫茶
不純喫茶
「あっ、クリームソーダだ」
そう言って、彼は店の前で足を止めた。どうして?今公園に向かってたのに。そう思ったけど、彼の気まぐれはいつものことだから、口に出すことはない。
「めっちゃかわいい〜。入ろうよ、未来」
彼はいつも強引だ。
「いらっしゃいませー。当店はキャッシュレスのみとなっておりますが、お支払いの方よろしいですか?」
いかにも純喫茶のような店構えをしていたから少し驚いたが、よく考えると店名は「不純喫茶」なのだから、キャッシュレスの方がいいのかもしれない。
「はい、お願いします」
彼は私には気まぐれだけど、他の人、特に店員さんやお年寄りには丁寧だ。悔しいけど、そんなところが好きで付き合っている。前の彼氏とは全然違って、新鮮だった。
店内を見回すと、店員は若い人が多く、文化祭の時のクラスTシャツのような安っぽい服を着ている。失礼かも。不純喫茶と書いたTシャツ。
「あのTシャツ欲しい」
同じことを考えていた。彼と同じところに目がいっていた。なんにも考えてなさそうな彼と考えが合うとちょっと悔しい。
店内の雰囲気は落ち着いていて、店名とは裏腹に少しも不純そうなところはない。おそらくインスタ等で話題になっているのだろう、客層は大学生か20代の若いカップルが多い。そして、私たちもその1人だ。インスタで発見したわけではなかったが。
「いやー、いいお店見つけちゃったね。俺のおかげじゃん」
ニコニコ笑っている。褒めてあげると嬉しそうにしていた。犬っぽい。
「お待たせしました〜。ご注文のチョコレートパフェとクリームソーダメロン、ホットココアです」
7分ほどして、注文が来た。それまでの間、私たちは音楽の話をしていたが、お互い聴く曲のジャンルが違いすぎるので良いタイミングだった。着目するポイントは似ているのに、クラシックとK -pop。なぜここまで違うのか?
「うわー、美味そう!未来、写真撮ろう」
ハイテンションで彼がそう言う。本当はこういうの、彼女の役割な気もするが、令和の時代に性役割を意識するのもおかしな話だろう。
「いえーい、じゃあ未来も撮るね」
いいよ、私は。というと少し彼が不服そうな顔をした。
「そんなに可愛いんだから写真撮ればいいのに」
またこれだ。褒めているというより心底思っていそうな声で言うから、私は最近表情を読まれないための練習をしているくらいだ。悔しい。
でも、もしこれを他の女の子にもやっていると思うと、胸が、ざわざわする。
私がココアを飲むと、同じタイミングで彼もクリームソーダを飲んだ。少しニコッと微笑んでくる。何にも考えていなさそうなのに、本当にあざとい時がある。
彼の瞳は、飲んでいるクリームソーダと同じくらい透き通っている。私は、このココアくらい濁って、いやココアだと可愛すぎるかな。
「未来って本当にかわいい」
そういって、彼がそっと手を握ってきた。びっくりするけど、とっさに動けなかった。
「このあと、どうする?」
いつもの調子とは違って間延びしない彼の口調は、透き通った目の奥にあるものを分からなくさせた。
いや、私が分からない振りをしているのだろうか。なんにせよ、私はこれから決めなければいけない。いつまでも不純喫茶でココアを飲んでいてはいけない。
濁って甘いココアを飲んで、この店の4:30で止まった時計を眺めても、私たちの時間は進んでいく。時計は止まっても、私たちの時間は止まらない。不純を特別に扱えるのも、今日が私の人生で最後なのかもしれない。
どうせ不純が面白くなくなるのなら、今ここで、この澄んだ瞳に、賭けてみてもいいかもしれない。
「ありがとうございましたー」
店を出て、私たちは公園に向かおうとはしなかった。