「被告人」 - 短距離を全速力で駆け抜けるような達成感、爽快感
★★★★
なんとなく見始めたのに一気に最後まで完走せずにいられなくなってしまう、うっかり沼落ちドラマでした。初めはもっと人情要素が多く刑務所や法廷が主な舞台の比較的「静」なドラマなのかしらと思っていたのですが、蓋を開けてみるとゴリッゴリに「動」のエンタメサスペンス。「TWO WEEKS」(日本版しか観ていませんが)のような逃走劇の雰囲気もありつつ、コロンボ的な、最初から犯人が分かっているいわゆる倒叙ミステリーでもあるので、もうとにかく憎たらしい敵をどう追い詰めるのか、ずっとじりじりさせられて早く結末に辿り着きたい欲求をやたらとかき立てられます。
決して悪を許さない熱血漢でソウル中央地方検察庁のエース検事、パク・ジョンウ(チソン)。妻と娘を何より愛する彼は、娘・ハヨンの誕生日を祝い幸せに満ちた気持ちで眠りにつきます。ところが翌朝、目覚めるとなぜか彼は刑務所に収監されているのです。どうやら彼はここ4ヶ月の記憶を失っており、同部屋の囚人たちの話などを踏まえていくと妻と娘を殺した容疑で裁判中。控訴審を控えているとのこと。そして記憶を失うのはこれが初めてでもない様子。しかしジョンウはハヨンの誕生日を祝って以降のことがどうしても思い出せず、自分が妻子を殺すとはとても考えられません。視聴者側も全く同じ気持ちになります(そして平和な誕生日シーンからの落差が激しすぎて呆然としました)。
ですが実はこのくだりの前に、冒頭でジョンウはチャミョングループの副社長であるチャ・ミノ(オム・ギジュン)を殺人容疑で追っているのです。このミノが相当にクセの強い悪人で、軽々しく人を殺しながらも財力にものを言わせて涼しい顔でシラを切るタイプ。彼はジョンウに追い詰められる中で双子の兄でありグループの社長であるソノを殺害し彼になりすますという超大胆なテに出ます。当然ジョンウはそれを察するのですが、そのためにミノに陥れられ、結果として刑務所で記憶を失っている現在に至るという、そこまでが序盤で概ね分かります。とはいえ、じゃあどう嵌められたのかは全くの謎ですし、弁護士や検事仲間、刑務官などもあれこれ出てきますが誰が味方なのか読めない状況。なかなか痺れます。
ジョンウの記憶にない真相は視聴者にも見せてもらえないので、妻子の殺害状況やジョンウが逮捕された顛末がまず分かりません。これが結構不思議な感覚でした。ミステリーって観ている側も無意識に材料を集めて推理していくものですが、記憶がなくてずっと刑務所にいるジョンウはそんな素材をちっとも与えてくれず、というか本当に妻子は死んだのか?とすら思わされる状況なのです。そして周囲はジョンウの記憶喪失すら疑っており、刑務官のひとりはなんとジョンウの亡くなった妻の弟、つまり義弟なのですが、完全に鬼の形相でジョンウを見てきてなかなかに孤立無援。ジョンウの混乱と家族を失った(らしい)ことへの恐怖、自暴自棄な気持ちが伝わってきて観ていてとても不安になりました。
チソン演じるジョンウがいい塩梅に人間らしいのも深く感情移入してしまう所以かもしれません。エース検事とは言っても天才的な頭脳があるとかウルトラC的な人脈があるわけではなく、そこそこに等身大だし感情的になったり弱さも見せる普通の人なので心から幸せになって欲しくなるキャラクターでした。
一方で、チャ・ミノのおぞましいまでの悪役ぶりなくしてはこのドラマは成立しません。彼の犯す犯罪はちょっと大胆すぎる気もしますし、彼の汚れ仕事を引き受けている手先は一体誰なんだという感じだったりするのですが、まあとにかくミノならそれくらいはあるよね…と思わされました。大物悪党でもなく中身は実に小さい人物ですが、周囲の人々の複雑な心情や財力を存分に利用してジョンウを囲い込んで行く姿に憶える苛立ちこそが最終回で得られる爽快感に繋がるわけで、その確信がこのドラマの麻薬性を生んでいるのでしょう。ただ、そんなミノですら見せる父親としての顔が非常に印象的で、主役悪役がこれほど明確な中でもしっかりキャラクターの多面性を描くことが物語を骨太にするのだと感じます。
また一番最初にジョンウが自己紹介的に逮捕したヤクザや刑務所で同部屋にいるメンバーが思いのほか重要な役割を担っていくことになり、物語が進むほどに存在感を放つ人物は増えていくので目移りこそすれ飽きません(キム・ミンソク演じるソンギュは推さずにいられなくなる)。
観終えると裏切られることなくちゃんと悪が淘汰される爽快感を得られます。例によって睡眠を削って観ていたので疲労感も伴いましたが(笑)、それも心地いいもの。まさに一気見にぴったりな一作です。