犬は言葉がわかる


犬を飼っていた。

実家の隣に祖母の家があって、犬は祖母と一緒に暮らしていた。

子供の頃の噛み癖と吠え癖が大人になっても治らず、よく指を噛まれ、そのたびに祖母に怒られていた。その時はしゅんとして、ソファの下に震えながら隠れていたが、しばらくすると忘れて、また同じことを繰り返す。おバカ犬だが、いとしい。



ある時、犬が脱走した。


犬がずっと咳をしていたので、午後病院に連れて行こう、と祖母と話をして、午前中に簡単な用事を済ませて、さあ行こうかと思った矢先、犬がどこにもいない。

犬がいつでも庭に出て遊べるように、裏手にある窓はいつも少しだけ空いた状態になっていた。庭の柵が緩んだところがあって、おそらくその隙間から逃げ出したのだろうと思われる。


庭にも家のどこにもいないとわかった時、全身の血の気が引いた。近所を走り回り、ほとんど泣き出しそうになりながら、犬の名前を叫び、「おやつあるよーーー!」と叫びながら、探し回った(犬はおやつが大好きだった)。
「となりのトトロ」でさつきがメイを探す時もこんな心細さだったのかもしれない。家は住宅街の中にあるが、少し行けば大きな道路があって車通りも多い。車に轢かれたかもしれない、と途方に暮れていた時、祖母の携帯に電話がかかった。


電話は近所の動物病院からだった。
「◯◯ちゃん(犬の名前)、病院に来てますけど…」と看護師さんから。


なんと犬はひとりで近所の動物病院に行ってしまったようなのだ。


犬が病院の入り口の前でウロウロしているところを、不思議に思ったお客さんの一人に見つけてもらい、看護師さんがうちの犬のことを覚えてくださっていて、電話をかけてくれたのだった。急いで動物病院に迎えに行ったら、犬はバツの悪そうな、気まずそうな顔をして、看護師さんに抱き抱えられながら登場した。

ほっとして涙が出た。
そしてそのまま、咳の様子を獣医さんに見てもらった。


獣医さんは大笑いして、「一人で来たのーーー!?」と喜んでくださった。
病院嫌いの犬はいるけど、自ら診察してもらいに来た犬はなかなかいないだろう。

その時獣医さんが、
「犬は単語ならわかるんですよ」
「自分だけ置いて行かれたと思ったんでしょうね」と話してくださった。
確かに犬の前で病院の話をしたが、それを犬は聞いていたのだ。


動物病院が散歩コースの中にあったということも幸いして、犬は病院までの道のりがわかっていたのだろう。行く途中で車に轢かれたり、道を間違えたりすることもあったかもしれない、と思うとゾッとするが、とにかく犬はきちんと治療をうけ、薬をもらって家に帰ってきた。

不思議だけど、ほんとうにあった話。

それにしても
とことこ自分で病院に行く犬の姿を想像すると、
本当に犬という動物は、いとしい、健気な、切ない存在だと思い知る。

犬の前で、不用意な発言は慎まなければならない。




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