誰に「大丈夫」と言われれば、 私は足を止められるだろうか。
誰に「大丈夫」と言われれば、
私は足を止められるだろうか。
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スマホを落とした。
手が滑って。
いや、
手放したかったのかもしれない。
なにもかも。
地面に落ちたスマホは
なぜかカメラが起動していて、
画面には青空が写りこんでいた。
その青から視線が動かせない。
吸いこまれる。静寂。
もうずっと空なんて
見ていなかったんだ。
上なんて見られなかった。
モノクロの世界が
当たりまえになっていても。
目の前に壁しか見えなくても。
明るい気持ちなんて、
とっくに忘れていても。
今、止まっている。
歩みを止めている。
それが、尊いことだと
今なら思える。
「立ち止まって大丈夫。」
未来のあなたはきっと、
そう声をかけるから。
あの日のことを思い出したのは、久しぶりだった。静香さんに、「立ち止まった瞬間っていつ?」と訊かれたときだ。
自分でも気づかないうちに、蓋をしていた記憶なのかもしれない。これが誰かの役に立つのか分からないけれど、書いてみようと思う。
社会人三年目。
今までに増して、忙しくなった。忙しくしていたのは自分でしかないと今なら分かるけれど、圧倒的な上司と中途採用メンバーの中、たくさん働くくらいしか貢献できないと、意地になっていた。
応援してくれるお客さん。
工数の多い作業仕事。
よりよく出来そうな企画。
ごちゃごちゃになった私は、期限ある重要な仕事をすっぽかしてしまった。年一回の大きなイベントの直前。必死で動いている上司からは、当然のように叱責された。そのあたりから、一気に訳が分からなくなった。
毎日やらねばならないことはたくさんあって終わらなくて、よく考えて対応したいこともあって。いつ寝て、いつ休んでいたのか記憶にない。頭の中が常に騒がしくて、不安に追いかけまわされていた。
しんどい、と思う余裕もなかったように思う。
学生時代からお世話になっている先輩から何度も着信が入っていたけれど、合わせる顔がなくて出られない。こんな状態になっていることが恥ずかしくて、認めたくなくて。やっとの思いで出た電話では、何とか空元気で隠して笑った気がする。
でも、その次に電話に出たときには空元気も出せなくて、京都から来た先輩に言われるがまま、東京駅へと向かった。
「すず!よう来たなあ」
笑いながらそう言った先輩は、すでに新幹線のチケットを買っていて、私は半ば強引に京都行きの新幹線に乗ってしまった。
動悸がする。何やってるんやろう。やることいっぱいあるのに。PCも社用携帯も持ってきていたし、途中の仕事はあったものの、身体が急に軽くなった気がした。
新幹線に乗ると、2時間半は動くことができない。物理的に止まる。先輩が隣にいるから、仕事もできない。
「止まっている」
それが、涙がでるほど嬉しかった。
駄目だ駄目だと思って、非効率なままに動き続けてきたけど、私は立ち止まりたかったんだと思った。
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返事がないことを「異変」だと思っていくれる人がいる。返事がないことを「異変」かもしれないと思える人がいる。
それで、十分だとおもう。
「大丈夫やから。もう、大丈夫やから。」
新幹線の改札口を通ったとき、無意識に戻ろうと振り返った私に、先輩は隣で強くこう言った。その声は、まるで私の中から聴こえてきたような感覚だった。
だから、新幹線に乗れた。
誰に「大丈夫」と言われれば、
私は足を止められるだろうか。
やっぱり私は、「私」だとおもう。
自分で自分に「大丈夫」と言うことはなかなか出来ないから、誰かに頼ったり、本を読んだり、SNSで発信したりしているのだと。
足を止めることは難しい。
つい、急いで先を追いかけてしまう。同じことを繰り返すことで安心したくなる。でも、本当は私の真ん中が気づいている。
「立ち止まっても、大丈夫。」
その声を聴くためにも、立ち止まってほしい。
今、止まっている。
歩みを止めている。
それが、尊いことだと
今なら思える。
「立ち止まって大丈夫。」
未来のあなたはきっと、
そう声をかけるから。