人生は50から! 信長公、アフリカへ行く 十話「ジョアンが仲間になる」
登場人物紹介
織田信長(おだのぶなが): みなさんご存知、尾張(おわり)生まれの第六天の魔王。この神話×歴史ファンタジー小説のなかでは、本能寺の変で天使に救ってもらう。一般人、一介の冒険商人となって一番のお気に入りだった黒人侍弥助(やすけ)をアフリカへ送り届ける旅を始める。
弥助(やすけ): 本能寺の変でも、最後まで戦い、信長を守ろうとした黒人侍。気は優しくて力持ち。明智勢に捕まったが放たれ、その後は故郷アフリカへ信長とともに発(た)つ。
ジョアン/ジョヴァンニ: 没落する故郷ヴェネツィアでの商売に見切りをつけ、アフリカは喜望峰回りの航路を確立し勃興するポルトガルの帆船に乗って、はるばる日本へやってきた十七才の少年。宣教師ルイス・フロイスの依頼によって信長をサポートすることに。
助左衛門(すけざえもん): 堺の港で頭角を現し始めた商人。ジョアンと同い年。この物語では、大商人、今井宗久の弟子。海外への強い憧れから、信長たちと旅を始める。のちの納屋(なや)または呂宋(るそん)助左衛門。
九話のあらすじ
海坊主の恋の悩みを解決した信長一行は、その礼としてついに帆船を手に入れました。海坊主の念力によって新品同様となったキャラック船「濃姫号」に乗り、いよいよ船旅の始まりとなったのでした。
十話
紀の国の浜をあとにして、順風満帆、ほどなくして堺の港に信長一行は入った。戦国の世に会合衆(えごうしゅう)という商人たちの集まりによって、さまざまなところからの船、そして物資を集めて栄えているこの街は、信長という武将の影響下に入ったのちも、盛んにひとびとが往来をしていた。
本能寺の変と、その後の西国からの大返しによる山崎の戦いを終え、時代は秀吉を選ぶに至っている。堺の街は今のところまだ、ザンク船やキャラック船など世界からの大きな帆船も、戦に用いるための漕ぎ手を多く使う武装船、安宅舟(あたけぶね)など日本各地の船も数多く入港することを許されていて、そのひとつとして信長一行が乗るキャラック船「濃姫号」も、ルイス・フロイスの名を告げると、するりと入港することができた。
堺の街の教会にいたルイス・フロイスは、彼の名を呼ぶ西洋帆船が入ったと知らせを受けて、港へと急ぎはせ参じた。
「おう、ルイス! 首尾よくいったぞ!」
弥助を連れて船から降りた信長が、ルイス・フロイスに手を振った。天使ナナシとゴブリンのゴブ太郎も、信長のうしろにやって来る。
「おお、上様……!」
新品のように美しいキャラック船を見て、ルイス・フロイスは微笑んだ。
「本当に船を手に入れなさったのですね。我々の船として組み入れておきますので、渡航先のポルトガル海上帝国の港では、書状をお持ちください。……ジョアン、持って来なさい」
「はい……!」
ルイス・フロイスのうしろに控えていた少年が、書状を携えてやって来た。赤毛のくるくるとした巻き髪が可愛らしさを感じさせる、透き通った青い瞳の男の子だ。
「のぶな……いえ、信春公! これからともに行くことが出来て、とても光栄です! 書状をどうぞ」
少年が航海用のルイス・フロイスの書状を信長に渡した。
「……この若者は? ルイスよ」
「私は日の本の地を離れることが出来ませぬゆえ、アフリカまでの航海を助ける者をと選びました。いくつかの土地の言葉も話せますし、計算にも明るい子です。ジョアンと言いまして、ヴェネツィア商人の末裔になります」
「はい、僕はジョアンです! これはポルトガル語の名前で、故郷の読み方はジョヴァンニです。ヴェネツィア商人の大先輩、マルコ・ポーロに憧れて日本にやって来ました、上様!」
……上様。
若々しい少年にそう呼ばれ、小姓の蘭丸(らんまる)のことを思い出して信長はとても切なくなった。
「むぅ、ジョアンよ。年はいくつじゃ」
「えっと……? 十七才ですけど」
「なんと……蘭丸と同じか。思い出すはずじゃ」
信長は苦い笑みを見せた。本能寺の変で斃(たお)れた、かの少年を想ったからだ。悲しみをそっと押し殺し、信長はジョアンに告げた。
「よし! 儂(わし)は、蘭丸と呼ぶ! ジョアン、おぬしはこれから蘭丸じゃ!」
「ええ……! ジョアンでも、ジョヴァンニでもなくて、蘭丸ですか、僕!?」
「儂にとっては、とても大切な名前なのじゃ。光栄に思え!」
「……はぁあ。分かりました、僕はジパングでは蘭丸なんですね、上様?」
「うむ。そのため息も、よく蘭丸に似ておるのう」
「……上様が人を振り回していそうな性格で、その蘭丸さんが苦労していたみたいだな、っていうことは分かりますよ」
クスクスとジョアンは優しく笑った。
「ジョアン、これから上様のことを頼みましたよ。……さて、上様。船は何とかなったようですが、商売用の積み荷はどうされるおつもりですか?」
ルイス・フロイスの問いに、信長は快活に答えた。
「うむ、焼き物の茶器など、どうかと思っているのだが」
「おお、明の国の焼き物(陶磁器)は、我が国だけでなく世界中で人気があります。日の本にもそのようなものが?」
「我が領地であった尾張(おわり)や、家康殿の治める三河(みかわ)・遠江(とおとうみ)の地は、古くから焼き物が盛んなところでな。瀬戸(せと)焼、常滑(とこなめ)焼、渥美(あつみ)焼といった、各地の新品から古きものまで名器がたくさんあるのじゃ。茶器はほかにも越前(えちぜん)焼、信楽(しがらき)焼、丹波立杭(たんばたちくい)焼、備前(びぜん)焼もあるゆえ、これらをかき集めて我がキャラック船「濃姫号」に乗せようと思うておる」
「それは良いことですね、上様! さすが、茶器についてはよくご存知です」
「明の焼き物がよく売れるのなら、日の本の焼き物はそれらに加えてちょっと変わったものが欲しいという御仁(ごじん)の望みと合うこともあろうぞ。今から、儂は密かに堺の商人に会うつもりじゃ」
「……と、いいますと、どなたに?」
「堺を治めておる大商人といえば、宗久(そうきゅう)じゃろう」
「今井宗久殿、ですか!」
「なんとかなるか、ルイス?」
「ええ、教会の設置を堺の街に許して頂いておりますし、面会のお願いはもちろん出来ましょう」
「それでは頼む。もはや儂は一介の商人じゃ。皆が味方となってくれのうては、何の力もないわい」
大きく息を吐く信長。しかし、皆の力を強いリーダーシップでまとめていたのも信長であったし、その魅力は今もありますよ、とルイス・フロイスは言ってやりたかった。
「分かりました。さっそく、私から宗久殿に連絡をいたしましょう。だんだんと、船での商売が形になっていきますね」
「そうじゃな。行き先の国や土地で、我が日の本の茶器が飛ぶように売れたらいいがのう! ハハハ」
こうして、信長たちは大きな商(あきな)いの話を、堺の筆頭商人、今井宗久とすることになったのだった。
(続く)
※ 信長公が話している焼き物の産地、渥美焼を除いた六ヶ所は六古窯(ろっこよう)と呼ばれ、場所によっては古墳時代のころから焼き物をやっていた器(うつわ)の産地です。渥美焼だけは、鎌倉のころまでにいったん製造を終えてしまっていて、戦国のこの時代には平安時代、鎌倉時代に愛用された古い名品が流通している状態として描いています。渥美焼は戦後、1970年代に入って注目され、有志の方々が集まり、陶芸家に焼き方を教わり、素材も厳選して窯を復活させました。
次回予告
西洋帆船に、日の本の茶器を集めて運び海外で売る話を、信長公は今井宗久氏に持ちかけます。
どうぞ、お楽しみに~。
※ 見出しの画像は、みんなのフォトギャラリーより福耳の犬さんの作品をお借りしました。ありがとうございます。