旅香記Ⅲ_ヴェルサイユへ
ヴェルサイユへ向かうバスに乗っている。
メトロでパリを離れて三十分、セーヌにかかるセーヴル橋のたもとで西南西のヴェルサイユへ向かうバスに乗り換えた。
予約は十三時なのに三十分ほど過ぎての到着になりそうで、追い返されたらどうしようと落ち着かない。はるばる極東から来たのだと訴えるか? そうするまでもなく入れてもらえるだろうと思うのだけれど。
今夜がパリでの最後の夜だ。
シャルル・ド・ゴールに降りてから五日間、目まぐるしくも充実した滞在だった。
困ることは少なかったし、街並みもミュージアムも素晴らしかった。住みたい、とまで思っていないのは、やはり治安を気にして落ち着けなかったり物が高かったりするからか。街角で時折出遭う糞尿の臭いも、断続的な緊張の理由だろう。
東京はなんだかんだ清潔な街だと思う。
初めてパリの中心部を離れて郊外へ来て、こちらの方が日本の街に近いと思った。雑然としていて、アスファルトの面積が広い。
しかしヴェルサイユへ近づくと、緑が増えてまた景観が良くなってきた。品の良いアパルトマンが続き、アパルトマンと車道の間は芝生を敷いた並木道になっている。アパルトマンは四、五階の高さだが、とにかく幅が広くて巨きい。並木道の樹木の方がそれよりも背が高かった。漆黒と白の二色の羽根を持つ知らない鳥がいる。
と、ヴェルサイユの停留所に着いた。
降りた瞬間、巨大な——さっきのアパルトマンなど吹き飛んでしまうくらいの——宮殿に迎えられた。
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