佐藤あおい

短歌結社「かりん」・「シナモン歌会」所属 / 東大文学部美学芸術学卒

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短歌結社「かりん」・「シナモン歌会」所属 / 東大文学部美学芸術学卒

マガジン

最近の記事

エッセイ|浅瀬の硝子Ⅶ_歯科衛生士の人

母が歯医者に行っている。 昔入れた詰め物を水銀の含まれないものに取り替えるのだとかいうことで、「けっこう大きい穴なの、子どものときにやっちゃったのかなぁ」とつぶやきながらいそいそと身繕いをして一時間ほど前に出て行った。 その歯科医院は私も子どもの頃からずっと通っていたところだ。実家を出てからの二年半はかかっていないが、その直前、大学時代の後半の二年間は、親知らずの抜歯と予後の観察のために頻繁に通っていた。 母はその医院の話になると「あそこはスタッフの人の入れ替わりが激しい

    • エッセイ|浅瀬の硝子Ⅵ_行きつけのカフェ

      行きつけのカフェにいる。 田園調布の駅前にあるペリカンコーヒー。 飲み物も食事もスイーツも美味しく、店内はデザインが行き届いて雰囲気も良いし、中の席は埋まっていてもテラス席ならたいてい座れる。 今日もテラス席に座って、ラズベリーティーソーダを飲んでいる。夏のリップオイルのようなあざやかな赤。自然な甘みが美味しくて、すぐになくなってしまう。さっきまで食べていたバニラアイストッピングのシュガーバタークレープも、恋人から一口もらったエスプレッソシェイクも、思わず「おいしい」と声が出

      • 短歌5首|春の指紋

        ぞうがめの眠れる甲のふちけずれさざめきながら人は過ぎゆく 父買いしカメレオン型リュックサック母はカフカと呼びてながむる くぐもってゆく夕間暮れうろ覚えの住宅街をほろほろ歩く そこここに春は指紋を残しおりかき撫でらるる街はうすべに はさはさと芍薬おもく散るように手放してゆく天使の記憶 ——— 「かりん」2024年4月号〜8月号掲載作より編みました。

        • 短歌8首|アイスミルク

          身投げするときも眼鏡は外してね あなたのまっさらの顔が好き ひなたぼっこしながら行こう冬晴れのまんなかを往く各駅停車 自販機の前で踊っているボーイその四肢にみなぎる黄金比 ピンクのかば緑のかばとキリンいてしずか阿佐谷南公園 どちらでもよいことばかり書いている夕暮れ象の背中のまるさ なにがよごれでなにがわたしかわからないままくるくると小鼻を洗う 明日には働く人になっているそれまでに書き尽くしたいかなしみ アイスミルクだんだん水になるみたい大切だったものをちょうだい

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        • 浅瀬の硝子
          7本
        • 旅香記
          11本

        記事

          エッセイ|浅瀬の硝子V_運動音痴だったこと

          今日の午後、窓を開け放していたら小学生らしい男の子たちの元気な声が聞こえてきた。なんとか君への応援と、運動会の歌。私にも歌った覚えのある白組の応援歌だった。もうすぐ運動会なのだろうか。たしかにそんな季節だ。 小学生の頃の私は運動がからきしだめで、足も遅ければボールも投げられず、体育は唯一の苦手教科だった。自分は「勉強はできて運動はできない子」だと思っていた。 中学に上がってもその苦手意識は拭われなかったけれど、少し変化もあった。練習を重ねて技術を習得するという体験があったの

          エッセイ|浅瀬の硝子V_運動音痴だったこと

          エッセイ|浅瀬の硝子Ⅳ_ミモザ

          近所に、ミモザの咲いている家がある。 スーパーへの行き帰りでよく通る場所だ。 私の住んでいる沼部駅前と違い、その辺りにはアドレスを裏切らず田園調布の雰囲気を備えた家が並んでいる。 その家も淡色にまとめられた端正な外観で、その二階の高さに枝をのぞかせるミモザの明るい黄色がちょうど映えている。 三月八日が国際女性デーでありミモザの日であるということを、私は女子高に通っていた頃から知っている気がする。どういうきっかけだったかは憶えていない。先生の話か、図書室などの掲示などかもしれ

          エッセイ|浅瀬の硝子Ⅳ_ミモザ

          エッセイ|浅瀬の硝子Ⅲ_好きな色

          恋人が、出かけたついでにお菓子を買ってきてくれた。三駅先のショッピングモールに入っている洋菓子店のギモーヴとケーキ。おやつの時間に、さっそくギモーヴを開けた。 立方体のギモーヴが並び、ピンクやベビーブルーなど、それぞれに淡い春の色をしていた。 好きな色は何か、と問われたら、少し迷ってしまうような気がする。 たぶん最初に出てくる答えはおそらく白で、でももう少し考えると青緑も好きだったことを思い出すと思う。 名前に入っている青は、好きな色には挙がらないけれど、憎からず近しく思っ

          エッセイ|浅瀬の硝子Ⅲ_好きな色

          エッセイ|浅瀬の硝子Ⅱ_沈丁花 別編

          昨日は友人のことを書いたが、沈丁花の花に呼び起こされる思い出がもう一つある。 高校生か大学生の初めの頃の夏のことだったと思う。母のお下がりの、胸元がざっくり開いた黒いワンピースを着ていた。(そういえばそのワンピースは、その日一度きりであとは着ていないような気がする。) ボーイフレンドと会った帰りに恵比寿の駅前を歩きながら——もしかしたら、わざわざ足を止めていたかもしれない——花のついていない沈丁花の植え込みに目をやっているときに、声をかけられた。顔はまったく覚えていないけれ

          エッセイ|浅瀬の硝子Ⅱ_沈丁花 別編

          エッセイ|浅瀬の硝子Ⅰ_沈丁花

          買い物に行く道で、沈丁花の花が一つだけ——蕾があつまった房の中の一輪だけ、咲いているのを見つけた。 もう桜でも咲きそうな暖かさの日には、あまりしっくりしない出会いだった。 沈丁花を見るたびに思う友人がいる。 それは彼女が沈丁花について書いた短歌を読んだことがあるからだが、それがどんな歌だったかは思い出せない。 彼女は中高の同級生だ。中学一年生のときに同じクラス・同じ図書委員・同じ文学部(文芸部のような部活)になって知り合った。あまりにも必然的だった。 受験塾での少しの知り

          エッセイ|浅瀬の硝子Ⅰ_沈丁花

          旅香記Ⅺ_退職 もしくはパリ編に代えて

          十二月二十一日から一月二日にかけての二週間、ヨーロッパを旅行した。その間の記録がこの旅香記である。 断片的ながらある程度旅の記録をまとめられた気でいるのだが、もう一章、これを書かずにこの記録を閉じるべきでないと思っていることを記す。 この旅行の間に、仕事を辞めた。 あまりにも狭い業界なので職場の仔細は省くが、そこは業界の中では世界一の仕事をするところだった。(その思いはヨーロッパ旅行を経てさらに強まった。) その会社に私は大学卒業直後の一昨年の春から一年半勤めて、最後に二

          旅香記Ⅺ_退職 もしくはパリ編に代えて

          旅香記Ⅹ_PVG→NRT

          上海時間午後十七時。成田への飛行機が動き出した。二時間半で到着すると機内アナウンスが告げている。 飛行機が走りながら、翼の向こうの空が暮れてゆく。機内の照明も暗めで、Yは舟を漕ぎ始めた。 周りの乗客は見る限りアジア人ばかりだ。中国人か日本人かははっきり見分けられない。そういえば、アブダビ行きの便以来何の乗り物に乗っても漂っていた甘い香水の匂いは、この機内にはなかった。アジアに帰ってきた、と思う。 今回パリに行って、フランス人にとっての香水は自分を作るファッションの一部であるの

          旅香記Ⅹ_PVG→NRT

          旅香記Ⅸ_FCO→PVG

          疲れで無気力になっていたが、機上から見えた月が綺麗で気を持ち直せたので、筆を執る。 今はローマの時間で二十三時。フィウミチーノ空港を二十時半に離陸してから、二時間半が経っている。一時間ほど寝て、そのあと機内食を食べた。Yは私の腿に頭をのせて、また眠りに落ちている。 ローマを発つときに、ショッキングな出来事があった。 空港へのシャトルバスに乗るために中心駅の前を歩いていたら、泥棒の一味にソースのような液体をかけられたのだ。 スーツケースを引いて歩いていたら、ふいに背中に水鉄

          旅香記Ⅸ_FCO→PVG

          旅香記Ⅷ_ローマ

          ローマの中心部、サンタマリアマッジョーレにほど近いホテルのベッドにいる。 家具は古びているが広くて湯船もある一室。十日ぶりに湯船に浸かってゆっくり足を休められた。パリではセージの香り・アムステルダムではマンゴーの香りだったソープは、ローマではバニラの甘い香りだった。 フィウミチーノ空港に着いたのが午後三時前。そこからシャトルバスで中心部まで移動してチェックインをしてから、五時半頃に夕食に出た。 シャトルバスの中でのリサーチ結果は、「美味しそうなお店はいくらでもある」というも

          旅香記Ⅷ_ローマ

          旅香記Ⅶ_AMS→FCO

          アムステルダムを離れている。 中央駅からスプリンター(国営鉄道の各停)に乗ってスキポール空港を目指す。 朝九時半、車窓の朝日が眩しい。オランダの晴れた空を四日目にして初めて見た。八時半にホテルの部屋で朝食を食べていたときは青い夜空に美しい月が出ていた。 朝食は昨夜スーパーマーケットで買ったカットマンゴー。夜のデザートに食べるつもりだったが、疲れとグリューワインの酔いで食べないまま眠りに落ちてしまった。 出発のためのパッキングを終え忙しなく食べ始めると、日本で食べるものよりも

          旅香記Ⅶ_AMS→FCO

          旅香記Ⅵ_アムステルダム

          右足の人差し指と中指が痛い。先の方はここ数日ずっと痺れたようになっている。ネットで調べたら、やはり歩きすぎによる症状らしい。ヘルスケアアプリを確認したら、旅行が始まってからの八日間で毎日二万歩前後は歩いているようだった、それだけ歩くと足にもガタが来るということか。今回持ってきた靴は二足、ショートブーツとローファーの形のレインシューズ。どちらもチャンキーヒールなので歩きやすくはあるが、スニーカーよりは負担がかかっているらしい。スニーカーで来ているYには特に足の不調がないようだ。

          旅香記Ⅵ_アムステルダム

          旅香記Ⅳ_パリ食記

          パリで美味しかったものの記憶を、忘れないうちに記しておく。 ・DALLOYAUのクロワッサン パリでの最初の朝の朝食。東駅のDALLOYAUで買って食べた。フランス語で注文できて嬉しかった。 Navigo(IC乗車券)を買う列に並びながら食べて、パリのパンはこんなに美味しいのかと感動した。細やかな層のなす軽やかな食感とほのかなバターの香りと小麦の味、それだけでこんなにも美味しい。 ・オランジュリーカフェのキッシュ オランジュリー美術館内のカフェで食べたサーモンとほうれん草

          旅香記Ⅳ_パリ食記