ハートの奥に鎮座していた
この12日の新月前後、なぜだかとても自分自身がセンシティブになっていました。前回の投稿『自分を辿る』の続編のようなnoteになります。
ほんとの自分自身と対話するって、なかなかエネルギーのいることです。
自分でもこんなセンシティブになっている自分自身にビックリ。辿れば辿るほど、でてくるものです〜・・・。まさかのハートの奥々に鎮座していた、癒されていない自分自身を発見。よく世に言われる『インナーチャイルド』。潜在意識という場所はなかなかの場所です。。。。ハートの奥々に鎮座していた親玉的?!(子供なのに?!)なインナーチャイルドだと思っていますが、、
本当に世界は自分自身の延長線だ。1ミリも間違いなく、自分自身の身に起こる、感じる出来事、そこから沸き上がる感情は自分の潜在意識の中で自身が気づいていないものを気づかせてくれるように教えてくれる。。。
私の中には、まだまだ、「他者から認められたい」「気づいてほしい」といった、これもまた世でいう「承認要求」がヒリヒリするほどハートの奥に残っていた。。この「承認要求」ありありな自分自身を自分がどこか受け入れてあげてなかった。どこか、大人びようとカッコつけていた。なかったことに常にしているので、潜在意識の中で蛇の生殺しのように息をひそめています。ですが、その状態に気づいてほしいと自分自身が喚起されるかのように、出来事からわきあがる感情としてサインを送ってくるのです。それが今週やってきました。
自分自身を置き去りにしていたツケです。まあ、なんともかわいそうな子供がハートの奥に住んでいて、そこから、今の自分に訴えてきました。
最初はとっても怒っていて、その怒りが淋しさからきているものだったことをしっかり見つめてみました。何度もでてくるシーンがあります。
小学生のころ、放課後、同級生の友達の家に遊びにいった。ドアをノックしたら、その子のお母さんがでてきて『○○は宿題をしなきゃいけないから遊べないのよ〜』と。ドアが閉まったあと、ひとりポツンと残ったじぶん。
そのシーンを再生していたら胸の奥がツーンとした。。そのツーンをじんわり感じてみたら、チカラがすっと、抜けた。
小学生ながらに、自分にいいきかせてひとりぼっちの自分をなかったことに、言い聞かせてやりくりしていた。他にも同じようなケースがあったと思う。
私が私自身にしていた事です。ヨガ哲学の教え 八支則のなかのヤマ(道徳的基本)の中に
アヒンサ(非暴力)とありますが、これは他者への暴力の前に自分自身への暴力のことについて言われていることと思います。愛の反対は無関心。無視。自分自身を無視しないこと。泣いている自分を自分が気づいてあげること。
自分自身というのは、等身大です。何歳になってもこどもかもしれないし。
情けないかもしれないし。かっこわるいかもしれないし。愚かかもしれないし。
そんな自分に諦めました。
この淋しがりやの怒った小さな子供は(わたしのこと)どんな人も(家族、恋人、友達でも)、どんな偉大なヒーラーすらも癒すことができません。自分自身以外では。
他人に認めて、気づいてもらいたいって気持ちは自分が自分自身に認めて気づいてもらいたいって事。
自分のことを分かるってなかなかの根気と忍耐を必要とします。
今週はそんな自分を分かっていてか、エッセンスを選ぶ時にフィンドホーン フラワーエッセンスのデイジー(保護)にペンデュラムが振りました。
たくさん傷を味わって、エッセンスにも助けられた1週間でした。
エッセンスはわざわざ潜在意識をお掃除するために、わかりやすく顕在意識に浮かび上がらせてくれます。そこに気づくことがポイントです。
根気強く自分に注意を傾けて。それが自分自身への愛です。
にしても、、、あ〜疲れた 笑
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