マーケティングリサーチ一般の調査企画法:その原理・原則
「インタビュー調査のオリエンテーション」というテーマで書き進めてきていますが、ここで「調査企画」の一般的な原理・原則につiいて触れておきたいと思います。下図は、師匠の梅澤先生が作られた概念図に私が加筆修正を行った「マーケティングリサーチの構造図」とでも呼ぶべきものです。これは定性調査であろうが定量調査であろうが関係なくマーケティングリサーチが一般的、普遍的に持っているべき構造です。この構造を持たないものは、マーケティングに役立ちませんから有効な調査にはなりません。
このシリーズでは今までにオリエンテーションと調査企画における「状況把握」の重要性について述べたのですが、マーケティングリサーチはすべからく、その状況の中にある「マーケティング課題」解決のための一つの手段として存在するべきです。「マーケティング課題」とは、クライアントの「マーケティング現場」において、あるマーケティング上の目的(マーケティング目的)の達成を目標としたときに、その目標と現状の「ギャップ」を解消するために解決されなければならない問題です。例えば新商品を開発するというマーケティング目的に対して、その方向性が決まらないのでアイデアが出せないというギャップがあるのならば、その商品が目指すべき顧客ニーズを明らかにするといったことがあります。当然ですが、解決されるべきその目標・目的と現状のギャップが「マーケティング課題」として明確に把握されていないと、そもそも調査によって解決されるべきことがわからずに調査をすることになりますから、有効な調査になるはずがないわけです。これが「状況把握」の必要性です。企画書には一般的には「調査の背景」として記述される部分ですが、よりシャープにする場合には 「マーケティング目的」と「調査で解決されるべきマーケティング課題」を特記するべきです。また、これも既述の通り「調査結果の利用法」も明らかにされるべきです。
一方、繰り返しとなりますが、「マーケティングリサーチ」と呼ばれる限り、すべての「調査目的」は、「マーケティング課題解決に必要な情報を得ること」であると一般化できます。これがまず千差万別の個別の状況に応じて明確かつ具体的に規定される必要があるわけです。そこから調査が始まるわけです。
しかし、そこには落とし穴があります。それは、「調査目的」に対していきなりその手段として、「調査項目」とか、「設問」とか、「インタビューフロー」とかを考えることです。これは普通に行われていることです。しかし、その前に考えなければならないことがあります。それが「調査課題」です。
調査の設計に限らず、一般的に目的に対して直接その手段を考えることが行われています。しかし、そうすることによって、良いアイデアが出てこない、アイデアの数が出ない、あるいは、必要な項目が抜け落ちる、逆に、不要な項目が含まれる、といったことが起きてきます。調査の場面においては、何となく「聞きたい」とか「聞いておいた方が良い」と思われた設問が結局役に立たない一方で、「聞いておけばよかった」と後から思われるような重要な設問が本当は「聞くべき」だったのに脱落していることが少なからずあるわけです。
こういった問題が起きるのは、
①目的を達成するためには何が課題であるのかを、手段アイデアを考える前に洗い出して構造化する。
②それぞれの課題に対してそれを解決するアイデアを複数案出す。
③その中からメリットが多くデメリットの少ないものを選ぶ。
といったシステマティックなプロセスを経ずにいきなり、思いつきの手段アイデアを考えるからです。課題が明らかであれば、アイデアを出す方向性も明らかになるので質の高いアイデアが多数案出されるメリットもあります。
調査課題を考えるということは、調査目的に対しての答えの出し方、そのモデルやフレームワークを考えることでもあります。つまり、報告書の構成や章立てにも直結してくるのです。
クライアントから「レポートのイメージ」を出してほしいと要望されたとき、マヌケなリサーチャーはダミーのグラフや表を出したりするものですが、本当に求められているのはこの「答えの出し方」、すなわち調査課題のフレームワークなのです。下図はそのフレームワークの一例です。これは、「従来になかった新コンセプトの運動施設限定で売る新コンセプトの機能性飲料の受容性の調査」というかなり複雑な例です。当初は「飲料の受容性調査をしたい」というご要望だけで詳細は分からずにお伺いしたのですが、オリエンテーションの場でのヒアリングで、ある施設限定で売られること、すなわちその施設に来る人がターゲットであるという前提があること、しかし、その施設自体が応えているニーズが明らになっていなかったという状況が把握されました。つまり、どんな人がこの施設にやってくるのかがわからないので調査対象者が決められないわけです。これはC/S領域へのリスニングでわかるわけです。当方はそれがわかったので、それでは調査対象者の条件設定も妥当にはできないだろうということをS/C領域において申し上げて持ち帰りとし、その状況全体と調査課題について整理をしたこのチャートを折り返しで提示したものです。これを説明することで、一度の調査ではすべてを解決できないことがクライアントにも理解されました。その結果、調査目的を「新施設のコンセプト受容性調査」に切り替える中で、その飲料の受容性の確認はむしろ補足的な課題として位置づけられるという調査の企画に切り替えられることになったものです。このように状況把握の上でマーケティング課題と調査課題を洗い出すと、当初想定されていた目的すら変更されることがあるわけです。クライアントの当初の要望通りに、言われた通りに調査をしていたとしたら、決してクライアントが満足される結果にはならなかったでしょう。
下図は以前にもご紹介しました。調査としてはもっと単純な例ですが、「”CAS”によって『未充足の強いニーズ』を創造するためのインプット情報を得る」という目的に対して、「生活ニーズとその方向性」、「充足手段の実態」、「生活上の問題」を調査課題にし、その利用法と共にチャート化したものです。この場合はCAS理論に則って課題化されているわけですから、背景の理論とそれに基づいた調査目的や結果の利用法との間で調査課題が構造化されています。何が言いたいのかというと、調査目的に対しての調査課題の設定というのは、思い付きではなく、そういった実績の裏付けのある理論や、よく検討された論理との因果関係に基づいて行われるべきであるということです。
調査課題が定まって初めて、それをよりよく解決するための調査手法や手段のディテールが吟味できるようになります。納期やコストもここまで来て初めて計画できます。ところがここが一般的には順序が逆で、納期やコストや手法が先に決められていることが多いわけです。しかしそれでは有効な調査にはならないわけです。その順序の逆転は前回までにその問題を指摘している、リサーチャー側のクライアントのS/C領域に対しての「どんな調査がしたいのか」というアスキングに端を発していることが多いわけです。それにクライアントがS/C領域で答えたことが独り歩きし、最後までこの調査の価値や有効性を阻害してしまうわけです。クライアントが「アンケートをしたい」と言ったとしてもこのような企画作業の結果インタビューの方ががふさわしいと判断されるのならば、リサーチャーはそれをプロのプライドをもって忖度、躊躇なく提案するべきなのです。クライアントも実はそれをプロの見識として求めているのです。