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「リアルな中国」というポジショントークに背を向けて

中国を語るものの口からは、「リアルな中国」というフレーズがしばしば飛び出します。あるいは「中国のリアル」や「中国の真実」などのように、そのリアリティを担保させるための言葉が伴うことが多いです(もしかしたら、僕も言った(書いた)ことがあるかもしれません)。

この「リアルな中国」というフレーズ、なぜか中国という国に関するものに限ってよく見かけます。「リアルなアメリカ」とか「リアルなインド」などというのもゼロではないですが、「リアルな中国」ほどの数は見かけません。

「リアルな中国」は、中国についてプラスの方面にも、マイナスの方面にも現れます。中国が国ぐるみでひた隠しにするおどろおどろしい真実の数々こそが「リアルな中国」だとされることもあれば、経済的に豊かになって久しく、人々がみんな優しい、素晴らしい国としての「リアルな中国」こそをみんなが知るべきだとするものもあります。

あるいは、そのどちらをも否定しながら中立に立つ自分こそが「リアルな中国」の姿を知っているのだ、という文脈の場合もあるかもしれません。

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なぜ中国という対象を語る時には、「リアルな」という枕詞がともないがちなのでしょうか。

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