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さようなら香港、変わってしまったのは君ではなくて
一時帰国のための経由地として、3年ぶりに香港に寄りました。いまこの文章は、香港から日本に向かう機内で書いています。
久しぶりの香港で見たものを振り返りながら、自分の中に生じた率直な思いを、書いていこうと思います。
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記憶よりも若干、物々しい気がしたイミグレーションを経て、僕は香港へと足を踏み入れました。
イミグレを抜けるやいなや、僕は何をするよりも先に、降り立った高速鉄道の駅構内のコンビニ(日本では今はなきサークルK)に飛び込み、レッドブルを買って飲みました。これは、僕がいつも香港に入るときのルーティーンです。
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僕はもともとエナジードリンクの類が大好きなのですが、普段は超健康志向の嫁に止められてしまっているのと、なにより中国(大陸)で売られているレッドブルには炭酸が入っていなくて、普通のレッドブルとは似ても似つかない奇妙な味がします。だから、大陸のそれを進んで飲むことはほぼありません。
3年ぶりにありついた、炭酸の効いたレッドブルが全身に流れ込むのを感じながら、僕は香港の空気を吸いに、駅を出て行きました。
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駅の建物を出ると、そこは見覚えのない風景でした。3年間来ないうちに、すっかり風景も変わってしまったか……と思いましたが、どうもそういうことではなく、よく知らないマニアックな出口から出てきてしまっただけのようでした。久しぶりの香港に、少し緊張しているのかもしれません。
スマホの地図を頼りに、何度も歩いた彌敦道を目指します。
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平日の真っ昼間、昼食に出かける人々で賑やかな街並みは、僕のよく知る香港の風景そのものでした。
日本でも中国大陸でも感じたことのない、おだやかな猥雑さが流れる街。各々が気ままに歩みを進めながら、それでもぶつからずに過ごす人々。よそものである自分が、よそもののまま存在することを許される場所。そんなことを感じさせてくれる風景が、そこにありました。
2月とは思えない暑い日差しと、重たいスーツケースに汗を流しながらも、僕は久しぶりの街並みと香港ならではの高揚感を堪能するように、どこへともなく歩き続けました。
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そうして歩いていると、ふと気づいたことがありました。ネットで見聞きしていてすでに知っていたことですが、香港を象徴するようなネオンサインが、かなりの場所で撤去されているのです。
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昼間なのでその変化を強く感じることはできなかったのですが、たしかに立ち並ぶビルを見上げたときの光景は、以前よりも寂しげでした。
夜にここを通ったら、その寂しさをもっと強く感じることになるのかな。次に香港の夜を歩く時が、なんだか怖いな。そんなことを思いました。
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見るからにハズレの茶餐廳で詐欺みたいなチーズサンドイッチ(これで21香港ドル(≒350円)もしました)をつかまされたり、ヨボヨボの老夫婦が切り盛りする、広東語しか通じない店で炸酱麺をかきこんだりしながら、またどこへともなく歩き出しました。そしてしばらくすると、ふとあるものが目に飛び込んできました。
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道をまたいで五星紅旗、つまり中国の国旗と、香港の旗が交互に架かっていました。中国の国旗は大きく、香港の旗はそれに比べて小さいものが使われているようでした。それが意味することを考えながら、僕は無意識にその写真を撮っていました。
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また歩いていると、とあるバス停に、こんなものが貼られていました。
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香港政府による、一国二制度を称揚するポスターです。わざとらしく強調された「一國」の文字に胸のざわつきを感じながら、こんな公益広告やプロパガンダみたいなものがバス停に貼られていることなんて以前の香港にあったっけ、と思いました。
そして、そういえばバス停に公益広告やプロパガンダがよく貼ってある国を僕は知っているな、と思い出しました。
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そうこうしているうちに、空港に行くバスに乗らなければならない時間になりました。
なかなか来ないバスを待ちながら、僕は前回香港に来たときと、いま自分に見えている風景の違いに気がつきました。
それは前回はそこかしこにあったデモの痕跡が、どこにもなくなっていたということでした。
僕が最後に香港を訪れた2019年の終わり頃、日本でも大きく話題になったあの大規模なデモはすでにかなりの部分で沈静化していたように思うのですが、それでもその時には街中のいたる所の壁に剥がされたポスターの跡や、消しきれていない落書きがあったと記憶しています。でも今回街を歩いた時、そんなものはどこにも見られませんでした。
たしか僕がいまバスを待っている道の中央分離帯にも、スプレーで書かれたメッセージがまだ残されていたはずです。でもいま僕の目の前にあるのは、ただのコンクリートの塊でした。
3年も経っているんだから当たり前なのですが、なぜか僕はそのことに当たり前以上の意味を見出してしまったような気がして、また胸がざわつきました。
そして、気がついたらバス街の列を離れて、近くのコンビニで維他のレモンティー(香港のソウルフード的な定番のドリンク)を買って、それを飲んでいました。
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そもそも僕はレモンティーがあまり好きではなく、実はこの維他も数えるほどしか飲んだことがないのですが、なぜだかこれから香港を離れる前に、「香港」を体の中に取り込んでおかなければならない気がして、夢中で飲み干していました。
甘ったるいレモンティーの残り香を口の中に噛み締めながら、僕はようやく来たバスに乗り、空港を目指しました。
そして無事空港にたどり着き、いまこうして雲の上で、さっきまでのことを文章にしたためています。
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香港で国家安全維持法(国安法)が施行され、以降は大陸側の影響が強くなることが避けられなくなった2年半前、僕はコロナのせいで行けなくなった香港を想いながら、noteにこんなことを書きました。
在住者でも利害関係者でもなく、ましてや「薄いつきあい」しかしてこなかった自分が香港に関して何か言ったり思ったりすることは、軽率で不誠実な態度かもしれません。それでも、「これからも僕の好きな香港の風景がそこにあってほしい」という願いが頭を離れません。
いま、香港が変わってしまったのかどうかは、どこまでいっても「薄いつきあい」でしかない僕には判断できません。たしかに以前と同じでない部分があるということは感じましたが、それが香港の存在を揺さぶる本質的な変化なのかどうか、本当のところは僕にはわかりません。
普段からこの場所について深く考えてもいない人間が、たった数時間、街を歩いただけでそれをジャッジするのは、おこがましいことです。だから、その判断はここではしません。
ただ、ひとつだけ、決定的に変わってしまったといえるものがあります。
それは、僕自身が香港を見つめる、その目線です。
街を歩いていて、僕は自分の目が、むしろ「変わってしまった」香港を探そうとしていることに気がつきました。香港に変わらないでいてほしいと願いながらも、まるで不安を現実のものとして確かめてしまうかのように、「ああ、こうなってしまったか」と粗探しをするように、香港のある種の変化を見つけようとしていたのです。
そうしてしまうのは、僕の心の弱さからなのか。中国大陸という土地とそこの人々、そのやり方を多少なりとも知っていることから来る、先行きへの絶望からなのか。あるいは、単に香港という場所に対する無知がもたらす、取り越し苦労なのか。
とにかく、香港がこれからどのように存在していくのであれ、僕は前と同じような目線で香港を見つめることが、もうできなくなってしまったのかもしれない。
そんなことを感じてしまう、短い滞在でした。
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そろそろ飛行機が日本に着きます。僕はすでに消えてしまったレモンティーの残り香はとともに、しばし香港のことを忘れます。
さようなら香港。次に来る時はこんな気持ちじゃなく、もっと楽しいことを考えていられたらいいな。僕自身がこれまでと変わらない目で、香港を見つめられたらいい。
できるかどうかわからないけど、そんなことを思います。
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