笑いに国境はあります
3年前くらいだったでしょうか。中国人の嫁と一緒に、中国の動画サイトで日本のドラマ、「孤独のグルメ」を見ていた時のことです(ちなみに中国では一時期「孤独のグルメ」が話題になっており、中国版が制作されるなどの人気を博していました)。動画には、中国語の字幕がついていました。
詳細は忘れてしまったのですが、たしかこんな感じです。その回では松重豊さん演じる井之頭五郎が、いつものようにどこぞの小さいが雰囲気の良い食堂で、牛肉を使った料理を食べつつ、心の中でこうつぶやいたのです。
……つまりは、ダジャレというやつです。
嫌な予感を感じつつ嫁を見てみると、顔いっぱいに「?」を浮かべて不思議そうにしています。字幕のほうも気を遣って何かしらの解説くらい入れといてくれればいいのに、「虽然它叫牛 但是很好吃!」のように、普通に直訳してやがります。仕事しろよ。
そして嫁は僕に聞きます。「いまの「牛なのに、ウマい!」って、どういう意味?」
僕は困りながらも、できる限り応えようとしてみました。
「えーと……いま彼が食べているのは牛肉だよね。つまり「ウシ」、牛なわけだ。でも、「ウマい」っていう言葉の中には、「ウマ」っていう言葉が入ってるでしょ。これは日本語だと、動物の「馬」と同じ音なのね。ほら、牛と馬って同じ4本足の動物だし、ちょっと似てるでしょ。だから、二つの動物を対比させてるんだよ。「ウシ」なのに「ウマ」ってね、ははは」
説明を聞き終えた嫁は、わかったようなわからないような表情で「这样啊」(ふーん)とだけ言い、少しの沈黙のあと、また黙ってドラマを見始めました。言葉にこそしなかったものの、嫁の語気と表情は「で、それの何が面白いの?」と如実に語っていました。
気まずい思いで取り残される僕。なぜ僕が、つまんねえダジャレを説明させられて、しかも自分がスベったみたいな地獄のような空気に身悶えしなければならないだ。
僕は恨めしげに画面の中の井之頭五郎を睨みつけましたが、五郎はあいかわらず能天気に、目の前のグルメに舌鼓を打っていました。こっちの苦労も知らずに、何をのうのうと飯を食ってるんだ。五郎よ。こっちを向け、五郎よ。
それ以来僕は、「孤独のグルメ」という作品がちょっと嫌いになりました。
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逆恨みはさておき、逆に僕自身にも中国の「笑い」がわからなかった経験が多々あります。その一つを紹介します。
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