隣り合わせの廃と青春15 火竜を狩るモノ達
「nikita」。
当時を知る人の中には、この名前を覚えている人もいるかもしれない。
カノープスワールドで、「世界初」、最強のドラゴンである火竜ヴァラカスの討伐が成功した。その指揮を取ったのがnikita氏である。
前述の通りリネージュは韓国のゲームなので、当然韓国のワールドの方がずっと成熟しているし、先行して新エピソードも実装されている。
それでも一度たりとも倒されたことのなかった火竜ヴァラカスを、日本の、それも2番目にできたワールドが初討伐したのだ。
狩り方は至って単純。
ヴァラカスは、遠距離にいる間でこそメテオストライクを連打してくるが、一旦前衛がBOX(八方を囲んで殴ること)を決めると、広範囲の攻撃頻度が落ちる。
そこを見計らって、ウィザード部隊が一斉に魔法攻撃を浴びせかけるというものだ。
大袈裟でなく、このニュースは世界を駆け巡った。
この戦略を立案し、実行に移したNikita氏は本当に凄い。今でも尊敬する。
世界初のドラゴンスレイヤーの誉れは筆舌にし難いものだったろう。
さて、話がこれで終われば良いのだが、ところがそうはいかない。
想像してみてほしい。
ボスは押し並べてドロップが良いのは前述の通り。それが、倒されるなどと想定していなかった、最強のボスだとどうなるか?しかもエピソードアップしたての頃。
竜がもたらす莫大な富。それらはワールドを大きく変えた。
竜成金。
そう、一旦討伐方法が確立されるや否や、ヴァラカスは乱獲されるようになった。
火竜ヴァラカスは、トッププレイヤーが苦労を重ねてようやく作成できるツルギを容易くドロップし、幻のアイテムと謳われたCOI(クロークオブインビジビリティ。切ると透明になれる非常に有用なマント)をもぼろぼろとドロップしたのだ。
※PKの時に隠れてターゲットを切る、暗殺に用いる、攻城戦で隠れて進む等、戦略の幅が劇的に増加する素晴らしいアイテム。ヴァラカスがボロボロと落とすようになる前までは、デスナイトの激レアドロップくらいしか入手する手段がなかった。その有用性は言うまでもない。
想像に難くないと思うが、竜討伐がもたらす富は、それまでの経済を根底から破壊した。
苦労して制作したツルギがボロボロドロップされたらそりゃショックである。
勢力に関わらず、古参のプレイヤー達はこれに萎え、カノープスワールドを去っていった。
一方で、ヴァラカスからのドロップを複数回ゲットし、莫大な富を得た人物もいた。(後年に有名になる「Its」氏などはその筆頭。)
また、あまりにも莫大な富がもたらされるので、利益分配も問題となった。
そもそも50人単位で組織立って戦わなければヴァラカスは倒せないので、当時としては必然的に公募のような形となっていた。
当時のアイテム獲得の仕様は、ドロップアイテムが床に落ちるなんてことはなく、「モンスターが死んだ際に3セル以内にいたプレイヤーに、与ダメージを考慮してランダムにドロップを割り振る」というものだった。
つまり、BOXを決めている間に運良く生き延びたナイト達がドロップを総取りするということになる。
ドロップアイテムを集め、正しく売却し、公平に分配するのが討伐の理想。だが、公募の討伐でそんなことは到底不可能だった。
考えてもみてほしい。気心知れた仲間達で討伐するならいざ知らず、その場限りの討伐隊で、これまで手に入れることの叶わなかったCOIが転がり込んできたら?
果たしてそれを差し出すだろうか。どんな人かもよく知らない、指揮者が公平に分配してくれると信頼出来るだろうか?
少なくとも私は、祝福されたツルギ(ヴァラカスのドロップ以外では手に入れられなかったレアアイテム)やCOIは差し出さなかった。
当時ドロップをきちんと提出していた人はあまりいなかったのではないだろうか。
また、竜討伐の指揮者にも黒い噂が絶えなかった。Nikita氏は攻略方法を確立したところであまり目立たなくなった覚えがあり、その後は「オラクル」氏がよく指揮を取っていたが、氏には色々な噂が付き纏っていた。勿論、今となっては真実は確かめようもないが。
世界初のドラゴンスレイヤーの美談は束の間、人間の本性が剥き出しになり、引退者が続出したのが新エピソード「火竜の棲処」。
カノープスワールドの常識は根底から覆り、新しい時代が始まろうとしていた。