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リデルハートの大戦略~勝利の法則とは何か?~

「純粋な軍事戦略は,より次元の高い大戦略という,より長期的で,より広範な見地から導かれる必要がある」(リデルハート「戦略論」)
 


はじめに


 日本はどうして戦争に負けたのでしょうか?それは,大戦略に欠けていたからです。政治には二つの目的があります。国家目的(national object)と軍事目的(military aim)です。軍事目的とは,力による意志の強制であり,伍長の理論です。国家目的とは,我々が望む平和状態の実現であり,将帥の理論です。優先順位は,国家目的>軍事目的であって逆ではありません。日本の間違いは,軍事目的を優先し,より高次の国家目的を忘れたことです。つまり,大戦略よりも戦術を重視し,手段を目的化してしまったのです。今回は,ベイジル・リデル=ハート(1895~1970)の戦略論を通して,勝利の法則について考察します。


ベイジル・リデル=ハート

間接的アプローチ


 リデルハートは,「古代ヨーロッパの歴史に決定的影響を与えた12の戦争」と「1914年までの近代史における18の大戦争」を徹底的に研究しました。つまり,計30の戦争,280件以上の作戦や遠征を精査したのです。その結果は?間接的アプローチで勝った戦争が大半であり,直接的アプローチで勝利した戦争は6件のみでした。間接的アプローチとは,外交や経済政策により相手を心理的に追い詰める方法です。一方で,直接的アプローチとは,軍事力によって相手を圧倒する方法です。つまり,歴史上のほとんどの勝利者は,敵を潰滅させる前に,敵を心理的に不利な立場に立たせたのです。敵を誘い,または驚かすことによって,わが陽動にひっかからせ,それによって柔術のように敵自身の努力を自ら転倒させる梃子(てこ)に変える。これが,勝利の法則である間接的アプローチです。
 ちなみに,直接的アプローチで勝利した6つの戦争についても考察してみましょう。イッソスとガウガメラの勝利は,アレキサンダー大王の間接的アプローチによって準備されました。フリーラントとワグラムの戦いは,確かにナポレオンの直接的アプローチによる勝利でしたが,彼は間接的アプローチも企図して作戦を立てました。サドウとセダンの場合はどうでしょうか?これらは直接的アプローチで計画されましたが,意図しない間接的アプローチとプロイセン軍の優位性で勝利しました。つまり,すべての軍事的勝利は,間接的アプローチによってもたらされたと言っても過言ではありません。 リデルハートが何度も強調しているように,生命の喪失ではなく希望の喪失が,戦争の帰趨を決する最重ファクターなのです。

「戦争の真の目的は敵側支配層の『心』にあり,軍という『身体』にあるのではない。勝利と敗北の間のバランスは心理的印象によって決まるのであり,物理的打撃については,それが間接的であった場合にのみ,その方へ傾くものである」

戦略の階層


「間接的アプローチは,戦争を野蛮な暴力の使用よりも高尚なものへ高めるような知性の資質を戦争そのものに与える」

 国家が戦争を遂行する際,4つの戦略的次元があります。最も優先すべきは「大戦略」です。大戦略とは,戦後に再び訪れる平和状態まで見通した長期的洞察です。具体的には,経済的・人的資源の開発,資源の配分,国民の意欲,外交的手段を指します。次に優先すべきは「戦略」です。戦略とは,政策上の諸目的を達成するための軍事的手段の適用です。戦略の下位にくるのは,戦闘の仕方である「戦術」です。そして最後に,テクノロジーである「技術」がきます。
 歴史上の多くの国々は大戦略を優先して勝利し,日本も含めた敗戦国は戦術を優先して敗北しました。大戦略と戦術の関係は,目的と手段の関係と同じです。大戦略は戦争の目的であり,敵が自国に反対の政策を追求する決意を固めている事態に直面して,自国の政策の継続を確保する行為です。一方で,戦術は目的を達成する方法であり,経済的圧迫や宣伝・軍事行動です。
 クリミア戦争では,ロシア軍もイギリス軍も直接的アプローチにこだわり,不毛な戦いを続けました。日露戦争では,日本の戦略はモルトケ流の直接的アプローチであり,多くの流血を伴いました。大戦略(間接的アプローチ)は,戦争に勝つだけではなく,無駄な血を流さないためにも必要なのです。

「戦略家は,敵の殺戮という観点から考えるべきではなく,敵の麻痺という観点から考えるべきである。戦争を低い次元で考えてみても分かることは,一人の人間が殺されても,それは単に一人の人間の減少にとどまるが,しかし,一人の人間が気力を失うことは,恐慌の伝播能力を持つ一個の高度な恐怖の伝染源を作ることにある」

戦略の心得


 リデルハートの戦略論は,戦争だけではなく,企業経営や個人の人生にも役立ちます。以下,リデルハートが提唱した戦略の8箇条を列挙します。ちなみに,最初の6つが積極的側面であり,後半の2つが消極的側面です。

①  目的を手段に適合させよ。
②  常に目的を銘記せよ。
③  最小予期線を選べ。/敵の立場に立って物事を考え,敵が予測しない,あるいは,先制の可能性が最も小さいコースを選べ。
④  最小抵抗線を利用せよ。/敵の最も弱い部分を叩いて,隙を作れ。
⑤  代替目標を併せ持った作戦をとれ。/ひとたび敵がわが方の目的を確認してしまえば,わが方の単一目標の攻略は不可能である。
⑥  状況に適合するように,計画と配備の柔軟性を確保せよ。
⑦  敵が警戒している間は,わが兵力を打撃に投入するな。
⑧  一度失敗した後に,同じような方向,または同一の方式に沿って再び攻撃を行なうな。

中国の大戦略家


 リデルハートの前世は,春秋戦国時代の思想家・孫子です。

孫子


富国強兵のため諜報(インテリジェンス)を重視した斉(BC1046~221)の国に生まれました。孫子の兵法で有名な方です。孫子は,詭道という考え方を提唱しました。詭道とは,敵の意表をつくことです。つまり,力がないように見せかけたり,兵を動かしてないように見せかけたりして,相手を油断させる戦略です。では,どうすれば敵の意表をつけるのでしょうか?二つあります。第一に,利によって誘いの手をのばし,強い者は避け,充実している者には備えること。第二に,怒っている者をますます怒らせ,謙虚なものを傲り高ぶらせ,団結を分裂させること。いずれにせよ,孫子の兵法の本質は,相手を心理的に揺さぶり,勝利の条件を整えることです。
 孫子の有名な言葉に「彼を知り己を知らば百戦して危うからず」があります。この言葉の真意は,文化面でのインテリジェンスです。つまり,自己認識と敵についての情報収集だけでなく,敵の精神状態を知り,敵の思考を攻撃すること。敵の思考パターンを把握し,敵が脆弱性をさらすのを待つこと。いわば孫子は,大戦略の父と言えるでしょう。
 リデルハートの拡大急流システムは,孫子の「水の比喩」に似ています。また,リデルハートの間接的アプローチと直接的アプローチの使い分けは,孫子の奇正という二重概念に酷似しています(後の陰陽思想)。
 孫子→リデルハートと転生した魂の使命は,戦わずして勝つ大戦略を考案・流布し,勝利の法則を説くことにありました。できる限り戦争は避けねばなりません。我々は平和を希求しなければなりません。しかし,平和を求めるからこそ,我々は戦争の何たるかを知らねばなりません。

「平和を欲する者は戦争を理解せよ。―特に,ゲリラ戦の方式と内部撹乱方式の戦争を理解せよ」(リデルハート)
 

以下は関連書籍です。
① モーゲンソーに学ぶ国家安全保障

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② カール・シュミットに学ぶ民主主義の弱点

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③ ハンナ・アーレントに学ぶ全体主義の本質


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④ ホッブスに学ぶ政治権力の本性


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