落ちこぼれが【早慶上智】に【現役】合格したワケ(前編)
はじめに
今まで主にスタディチェーンでは、受験勉強の一般論や豆知識、参考書などの紹介をしてきましたが、今回は個人的な経験から受験生の皆さんに役立つ情報をお届けしたいと思います!
偉そうに「早慶上智に現役合格」とうたっていますが、いかに僕が落ちこぼれでダメ人間だったか、知っていただくことで、意識さえ変えれば誰でも大学受験は突破できるのだということを示すために、小学生時代から振り返っていきます。
少々長くなるので、読みやすさを重視し、前編と後編に分けていくので最後まで目を通していただければ幸いです。
▼本編はこちら▼
それでは、いきましょう!
小学生時代
小学生の頃の僕は、勉強がお世辞にもできる方ではありませんでした。
習い事漬けの毎日で、野球、水泳、空手、そろばん、中国語を同時に習っていました。
習い事は熱心に通っていた一方で、学校から出された宿題を怒られない程度にこなす典型的な小学生で、成績はさほど良い訳でもなく、勉強も嫌いでした。
そんな僕でしたが、小6になると中学受験のために塾に入り、野球以外の習い事を全てやめました。
しかし、その習い事をやめたことでできた時間全てを、受験勉強に費やせるほど当時の僕はストイックではありませんでしたし、考えも幼かったです。
そして何より、中学受験をしたかった動機が「地元のヤンキー中学に行きたくない」という不純な動機であり、基本的に受験勉強も受験校選びも受け身だったんですね。
そんな感じで緊張感もなく、ダラダラと受験生活を過ごしてきましたが、最後の最後で大逆転!!!なんてこともなく、当たり前に第1志望校には落ちてしまいました(笑)
しかし、当時真面目系クズだった僕は、頭が悪いのに「どうしても地元の中学に行きたくない」という、確固たる意志だけは持っていたので、第一志望校以外にも受験直前に、ある新設の中高一貫校に願書を出していました。
そしてなんの因果か、その学校には運良く引っかかり、受験当日にはじめて学校を見たものの、なんとなく雰囲気も良かったので入学を決めました。
こんな軽いノリで決めた中高でしたが、この偶然の選択が今に至るまでの僕の人生を大きく変えることとなりました。
中学生時代(前半)
もともと人見知りの激しい人間のため、友達作りに一抹の不安を抱えながらも、新品の制服とローファーに身を包まれながら入学式に向かいました。
緊張しいでもあった僕は、かなり緊張しながら入学式に参列していたのですが、すぐに何人かの友人ができ、不安はあっという間に解消されました。
それから、中学生になってからの新生活は毎日が新鮮で、驚きにあふれていました。
今から振り返っても、とても充実した日々であったように思います。
しかし、中学1年生の時はまだ小学生の頃の惰性から抜けきれず、成績も上位50%に入れれば御の字くらいにしか考えていませんでした。
そんな僕の勉強観が変わったのは、中学2年生の時でした。
中学時代(後半)
中学1年生の時に多くの友達ができたため、僕はクラス替えは誰と一緒になるのかな、と少し楽しみに新学期初日に登校していました。
しかしそんな僕の期待を、現実は無残にも打ち砕きました。
クラス替えしたクラスには、せっかく1年生の時にできた友達が一人もいなかったのです。
今でこそ笑い話にできますが、当時は冗談抜きに絶望しました。なんなら家に帰ってシクシク泣きました。
もし、今のパーソナリティでこの状況に直面したとしたら、うまく切り抜けたかもしれませんが、当時の僕はそんなに器用ではありませんでした。
ショックから立ち直れないまま、新クラスで顔合わせをし、ふてくされていた顔をしていたからか、誰にも話しかけられることもなく、初日を終えました。
しかし、これがあとあとまで響くことになります。
人間関係というのは始めが肝心です。始めの印象が悪ければ、よほどの挽回をしない限り、それが好転することは稀でしょう。
それは、僕に対するクラスメイトの印象も例外ではなかったようで、結局このクラスでは友達という友達は一人もできませんでした。
しかし、エゴの強い僕はそのような状況でもなんとかして目立とうとしました。
「友人のいない、なんの取り柄もない可哀想な奴」として、クラスメイトの目に映るなんてことは、断固として避けなければなりませんでした。
そこで、手っ取り早く成果が出て、それをクラスメイトが認識せざるを得ないものはなにか、と考えた時に思いついたのが試験で1番をとることでした。
そこからは、「勉強命」みたいな、クラスメイトから見れば多分、キモチワルかったであろう中学生に成り果てました。
結構こんつめて勉強していたので、当初の目標であったクラス1位は簡単にとることができ、クラスの中では「単なるキモチワルい奴」から「勉強できるキモチワルい奴」に格上げされた、ように思います。
そこらへんから、あくまで手段であったはずの『良い成績を出すこと』自体に快感を覚え始めました。
キモチワルさに磨きがかかってしまったような気もしますが、そこはご容赦ください。
しかし、快感というものはすぐに慣れてしまいます。
そして、「慣れるとさらに大きな刺激を求めたくなる」というのが悲しいかな、人間のサガであります。
「全教科でなくとも、何かの教科で学年1位が取りたい」と、ふと思い立った僕は当時一番好きだった数学に狙いを定めました。
今でこそ英語は人並みにはできると自負していますが、受験生時代、最後まで英語に苦しめられたのは、中学時代に数学ばかりに興じ、英語には目もくれなかったことが間違いなく原因であります。
兎にも角にも、数学に熱中し始めた中2の僕は、1日2時間前後を数学に使い、年に5回あった考査のうち3回?(記憶が定かではない)学年1位を獲得しました。
そんなこんなで、少しずつ醜い自尊心を醸成し、自分に自信がついた僕は晴れて中3になりました。
1年前とは打って変わって外交的になっていた僕は、新しいクラスではうまくやっていたと思います。
文化祭実行委員とかもして、学生生活を結構エンジョイしていました。
かといって、この1年でとった成績にはプライドがあったので勉強をおろそかにするようなこともなく、満遍なくいい成績をとっていました。
特に数学は、数学検定2級(数学ⅡB修得程度)を取得するなど、我ながら頑張っていたと思います。
しかし、それが高1になると突然、万事がうまくいかなくなっていきました。
(後編につづく)
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